◆16話◆身体能力の検証~プチチート?
動かないと思っていた水瓶が動いてしまったことに、太一も文乃も固まる。
「・・・動いたわね」
「動かせちゃったね」
「この短時間で、どうやって筋力つけたのかしら?」
「いやいやいや、そんなレベルの話じゃないでしょ、これ」
「冗談よ・・・でもほんとにどうやった訳?水位も完全に戻ってるから、さっき運んだ時より重いはずでしょ?」
「いや、特に変わったことは何も。しかも、いきなり全力で行くと腰痛めそうだったから、様子見で軽く押してみただけ」
「え?全力じゃ無くて動かせたの?呆れたわね・・・」
「うーーん、どうなって・・・あ・・・」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと・・・・・・文乃さんも、試しにあの水瓶押してくんない?」
「私が?別にいいけど、やっても無駄よ」
「まぁ、ちょっとした確認だからさ。あ、くれぐれも全力は出さないでね。軽く力入れるくらいでいいから」
「それは別にいいけど、そんな弱くて意味あるの?ってあれ!?」
腰を落として文乃が水瓶を押すと、太一の時と同じようにずずっと音を立ててまた10cmほど水瓶が動いてしまった。
「やっぱりかぁ」
「ちょっと、やっぱりってどういう事?一人で納得してないでよ!!」
頬を膨らませた文乃に軽く睨まれ、慌てて太一が答える。
「ごめんごめん。いやね、他の荷物をさっさと片づけたでしょ?
何も気にせず片づけてたけど、よく考えるとあの時点でちょっとおかしかったんだ」
「おかしい?何が?」
「あの荷物をさ、魔法陣に運び込むのにどれくらい時間かかったっけ?」
「そうね・・・大体1時間くらいかしらね」
「ああ、それくらいだと思う。じゃあさっき荷物を片付けた時にかかった時間は?」
「うーーん、10分くらいのものじゃ・・・えっ、10分!?」
「そう。10分しかかかってないんだ。運び込んだ時は移動距離もあったから単純比較は出来ないけど、
それを差っ引いても早すぎる・・・」
「・・・・・・」
絶句している文乃を見ながらなおも太一は続ける。
「なんで早かったんだろうって思い返してみたんだけどね、俺も文乃さんも、一度に運んでいた荷物の量が凄く多かったんだ。
あと、荷物を抱えた状態での移動も早かった。どちらも無意識でね」
「言われてみればそうかもしれないわね・・・」
「でしょ?文乃さん本を運んでたじゃない?あの時はスルーしてたけどさ、相当な量を一度にかつスムーズに運んでたんだ」
「確かに・・・本の山を一つ抱えたらまだ行けそうだったから追加したけど、向こうじゃそこまでの量運べなかったわね」
「それを思い出したから、力が強くなったのは俺だけじゃないと思ってね、試してもらったの」
「なるほどね」
「あー、力が強くなったってのは、正確には仮説の一つか。
単純に“今までより重いものが運べるようになった”っていう状況を説明できる仮説って何だと思う?」
「・・・一つは伊藤さんも言った単純に力が強くなった、って事ね。
あとは・・・そうね、モノが軽くなってれば別に力が強くなってなくても運べる量は増えるかしら?
あ、結果としてはそれに近いけど、重力が軽くなったとしても似たような結果になりそうね」
「俺も同じ考えだよ。ただ、重力が軽くなってた場合、もっと影響が大きいはずなんだ。
体重も軽くなる訳だし、歩く時の違和感だってあるはずだ。でもそこまでの変化は感じられない。
だから、重力の線はまず無いだろうと思う」
「重力云々は一面だけで見た仮説だもの。私も無いと思うわ」
「そうなると残り二つ。ものが軽くなったって話だけど、これは確かめようが無いけど・・・」
「まぁ普通に考えると、まずあり得ないわね」
「うん。重力が変わってないのに、水の重さが変わったりしたらもはやそれは別の液体だからね。まずあり得ないわな」
「そう考えると、力が強くなった、と考えるのが妥当ではあるわね。何故、って言うのは全く解決していないけど」
「まぁね。ただそれもね、一応仮説はある。ほら、例の肉体強化ってヤツ」
「私もそれは真っ先に考えたけど、それだったら向こうにいたときも力が強くなってないとおかしくない?」
「確かにそうなんだけど、何らかの条件とか制約があるって事は考えられないかな?」
「制約?」
「そう、制約。単純な話だと、あの召喚された建物内では肉体強化は発揮されない、とか。
一定時間が経過しないと発揮されない、とかね」
「それはあり得ない話じゃないわね。もう一度向こうに戻って試してみる?
水瓶だけ一緒に転送したらあの建物内だけが対象かどうかくらいは分かりそうだけど」
「確かめたい所だけど、万一魔石の残量が足りなくなったら面倒だしさ、理由が分かったところで何か出来る訳でも無いから保留かな。それよりここを調べることを優先させたい」
「それもそうね。力が強くなってる、って前提だけ頭に入れておけば良いわね」
「あ、強くなってるのが力だけなのかどうかは、簡単に調べられる範囲で調べてもいいかもしれない・・・」
「どうするの?」
「簡単なスポーツテスト、かな?ほら、垂直飛びとか反復横跳びとか、学校でやったの覚えてない?」
「あぁ、あったわね、そんなの・・・」
「まぁ全部はもちろん無理だから、簡単にここで出来るヤツだけでもやろうかなぁと。
何となく高校生の頃の記録を覚えてるから、ひとまずそれと比較できるし」
そして狭い地下室でも出来る簡単な体力測定が始まった。
とは言え短距離走や長距離走、ボール投げなど広さが必要なものは出来ないため、
垂直飛びと立ち幅跳び、反復横跳び、それと水瓶を使った筋力測定と視力測定程度のごく簡単なメニューとなった。
その結果、垂直飛びは1m以上(天井の高さの関係でそれ以上は計測不能)、立ち幅跳びが6mほど。
反復横跳びが20秒で150回程度、水瓶も抱えて簡単に持ち上げることが出来てしまった。
現在は最後の視力測定を行っていた。スマホの画面に文字を一文字だけ表示して、どれくらいの距離まで見えるのか測っているのだが、通路上の地下室の端と端でも見えたところで打ち切られるのだった。
「・・・なんだかなぁ」
「あきらかに異常よね、これ。反復横跳びなんて、もはや残像だったわよ?」
「世界記録がどの程度か知らないけど、俺が高校の頃の垂直飛びが75cmくらい、立ち幅跳びが2m70cmくらいで、両方とも平均より結構よかった覚えがある・・・
視力も普通に計る距離の2倍はあるでしょ、コレ。地球基準だと人間やめてるレベル?」
「それ男子の記録よね?伊藤さんとほとんど変わらない数字が出てる私なんて、どうなるのよ・・・」
想像以上の数字が出たことに戦慄する二人。特に女性でありながら太一とそん色ない数字をたたき出した文乃は、そのショックが大きいようだ。対する太一は楽観的だ。むしろ喜んでいるようにさえ見える。
「どんな危険があるのか分からないし、弱いよりいいんじゃないの?幸い見た目がゴリマッチョになってる訳でも無いんだし。
それにさ、あくまで地球基準だからね。この世界では平均値そのものが高い可能性だってある。
ひとまず地球より2倍くらいは運動能力が上がっている、って覚えておけばいいんじゃないの?」
「んーー、まぁいっか。何か言ったところで状況が変わる訳でもないし、力の加減とかに気を付けていくくらいかしらね」
「うん。あとは現地人を見たり話したりしていけば、色々分かってくるでしょ」
「そうね。じゃあ、早速上の調査を続けましょ。今度は私が行こうと思うけど、いいわよね?」
「え?文乃さんからいくの?危なくない?」
「大丈夫よ。危ないって言うなら伊藤さんも一緒だし。それに、いい加減待ってるのも疲れたの」
「そう。じゃあ気を付けてね・・・」
「分かったわ。1時間交代くらいで良いかしら?」
「そうだね。それくらいかな。あ、万一誰か入ってきたらまずいから、このローブだけ着て行ってね。
フード被ればぱっと見は大丈夫でしょ」
「・・・あまり気は進まないけど、仕方が無いわね」
ローブの出どころを思い出して眉間に少し皺を寄せつつも、太一が渡したえんじ色のローブを着て、文乃は調査へと繰り出していった。