◆159話◆初月の収支
強化種対策魔法具の量産方針も決まり、ここ1週間ほど太一達は立ち上げたばかりの商会の本業である看板馬車事業に、ようやく集中できるようになっていた。
そして月が替わって9の月。
月初ということで、宿では出勤前の文乃が初月の収支の最終確認を行っていた。
「うん。初月としては出来すぎな収支ね」
確認を終えた損益計算書を見ながら、満足気に文乃が呟く。
宿の個室の中なので、ノートPCに入ったエクセルでの作業だ。
「どれどれ・・・おー、順調そのものだなぁ」
隣で書類整理をしていた太一が、PCの画面をひょいと覗いて感想を漏らす。
「よし。みんなどんな結果になってるか楽しみにしてるだろうから、今日は朝一で報告会だな」
「そうね。給料も歩合給だし、その辺も合わせて伝えましょ」
エクセルの計算結果を紙に書き写すと、2人は商館へと出社していった。
「は~い、みんな集合~。
今日は、皆さんお待ちかね、看板馬車初月の営業結果発表をするぞ~」
「お~、ついにか。どんな感じになってるか楽しみだな」
「ふふふ、そうですね。
毎日かなりお客さんは来ていましたから、どうなったかとても楽しみですね」
ワルターとフィオレンティーナが目を輝かす。他のメンバーも同様に、期待に満ちた顔をしていた。
「じゃあ、まずは全体の売上からだけど、合計で大体300,000ディル。ウチへの収入が約90,000ディルだったわ」
用紙を見ながら文乃が数値を読み上げる。
「「「「は??」」」」
その数字を聞いてワルター、レイア、モルガン、タバサが目を丸くして驚きの声を上げる。
「ざっくりの内訳は以下の通りよ」
そう言って文乃が売り上げの概要を説明していく。
まず掲載する馬車の種類によって、大きく3つに分けられる。
定期的に街の中や外を行き来している“乗合馬車部門”、街中で個人を乗せて走る“辻馬車部門”。
そしてトミー商会のような商会が保有する輸送馬車へ掲載する“商会馬車部門”だ。
初月からあまり手広くやっても、需要や効果が読めないので、ひとまず全部門で合計20台に限定してのスタートだ。
掲載料は基本1週間単位で500ディル。乗合馬車と辻馬車への掲載は、運営に公費が投入されている関係で1割引きとしている。
ありがたいことに、初日から掲載の申し込みが多数あったのと、
ロマーノの派閥への貢献を兼ねて一部商会への先行受付を行っていたため、月の中頃には枠が全て埋まっていた。
月に均すと、稼働率はおおよそ70~75%と言ったところだ。
それらを合計すると、看板の売上自体が300,000ディル強、商会の取り分が3割なので収入としてはおおよそ90,000ディルとなる。
日本円換算だと1千万円弱といったところだろう。
「細かい数字は、後で事務所に張っておくから、興味があれば見ておいて頂戴ね。
ということで、みんなの給金は収入の5%と決めていたから、一人当たり4,500ディルになるわ。
この後渡すから、ちょっと待っててね」
淡々と数字を発表していく文乃。
「よ、よんせんごひゃく・・・」
金額を聞いたレイアが思わず零す。
「あーー、初月だからな。
馬車の台数も絞ったし、稼働率が100%になったのも月中だったし。
ちょっと少な目だけど、来月からはもっと増えるはずだから我慢してくれ」
その呟きを拾った太一が、苦笑いしながらそう弁明する。
「いやいやいやいや、ちげーよリーダー!!逆だよ逆!!」
太一の返答を聞いたワルターが、即座にそれを正す。
「逆??」
「当たり前じゃねぇか!4,500つったらD級冒険者より少し少ないくらいだぞ!?」
「ああ、D級の平均は6,000くらいって話だよな?それくらいは稼がせたいと思ってたから、少ないなと・・・」
「はぁぁぁっ?何言ってんだよリーダー・・・。
冒険者の稼ぎは、危ねぇことをやってるからの金額だぜ?
街の中で安全に暗くなる頃には終わる仕事、しかも週に1日休みまであって4,500ってありえねぇよ・・・」
「そうなのか・・・?」
冒険者は、ちゃんと依頼をこなしさえすれば収入だけは他の商売より良いのは事実だろう。
駆け出しの冒険者はまだしも、E級になれれば3,000ディル/月くらいが平均で、D級ともなればタイチの言う通り6,000ディルが平均だ。
レンベックで最もオーソドックスな商売と言える露天商の収入が2,000ディル平均であることを考えるとそれが良く分かる。
しかし冒険者は、常に危険と隣り合わせの商売だ。
比較的安全な近場の採集依頼であっても魔物に襲われる可能性はある。
命までは落とさないまでも、怪我など日常茶飯事だ。
また、自分の命を守るための装備品は消耗品だ。出ていく金額も必然的に多くなる。
太一は、ワルター達が冒険者であることから、収入の基準も常に冒険者目線だった。
採集部隊の給金は、まだ冒険者の仕事と同じだったので問題無かったのだが、商会での業務となると話は別だ。
冒険者稼業と比べて圧倒的に危険が少なく肉体的に楽な仕事で、少なくて4,500というのは破格の収入なのだ。
「う~~ん、まぁ他所は他所、ウチはウチってことで。
多分今月は稼働率が100%になるから、6,000はいくんじゃない?」
「ろ、ろくせん・・・」
何も問題無いとばかりに言い切る太一に、レイアから表情が抜け落ちる。
「それに、それだけ給金を出しても商会としての利益はきちんと取ってるから問題無いんだわ、これが。
確か利益率30%超えてたよね、文乃さん?」
「ええ。皆に給金を払って、商館に正規の家賃である20,000ディル払ったとしても、利益率は33%ね。
今年いっぱいは家賃がタダだから、実際は50%超えてるわ。
仮に、私と兄さんが皆の倍の給金を貰ったとしても、まだ10,000は商会の利益として残る計算よ」
「「「「・・・・・・」」」」
太一と文乃の説明に、冒険者組は最早言葉が出ない。
この世界には代理店業は存在していないし、何か形のあるものを売ると言うのが商売という認識だ。
冒険者であっても、自分の体と時間を金に換えている側面が強い。
それに対して太一の始めた商売は、広告枠というモノでは無いものを売り、しかも自身ではそれを掲載する馬車すら持たず手数料のみで収入を得ている。
人件費と家賃以外はほとんど費用が掛からない上、宣伝行為は他の人がやってくれるので、単位時間当たりの収益倍率が異常に高い。
この世界の既存の商売と比べて圧倒的に利益率が高くなるのも当然だろう。
「なるほど・・・タイチ様が自分で馬車は持たないと仰っていた意味がようやく分かりました」
これまで太一や文乃の言うことを黙って聞いていたフィオレンティーナが、真剣な表情で言う。
「たとえ手数料が3割だったとしても、自分たちで馬車を運用しようと思ったら、多分3倍以上の手間と費用が掛かるのですね」
「さすがフィオだ。その通り。
上手く回ってる時は多分自分たちで運用したほうが利益は大きいだろうけど、初期投資と広告主が減った時のリスクが大きすぎる。
それにやらなくちゃいけない事が増えるから、人もいるし覚えることも増えて効率が悪いんだわ。
しかも広告枠が増えてくると、手間がとんでもないことになる。今の形が、バランスとしては丁度良いんだ」
太一に褒められて嬉しそうに目を細めるフィオレンティーナ。
貴族の令嬢、しかも母親が商売をやっているだけあって、中々に飲み込みが早い。
「さすがタイチ様とアヤノ様ですね・・・そんなところまで考えていらっしゃったなんて・・・。
では、先月後半辺りから出て来た模倣犯についても、対策はすでに考えてあるのでしょうか?」
そう、やはりと言うか当然と言うか、月の後半になると、ほとんど同じ商売を始める者がついに出てきたのだ。
パッと見、とても簡単な商売なので、ただ真似るだけだったらそれほど難しくは無い。
「まあね。まぁ対策と言っても、この商売を始めた時点で手は打ってあるから、基本的には様子見だけどねー」
しかしそんな商売敵の登場にも、太一は問題無いとばかりにのほほんとしていた。




