◆158話◆対強化種魔法具の実験
ヨナーシェスとの約束を取り付けた太一達は、午後から試作品一式を持ってギルドの地下にあるヨナーシェスの研究室へと来ていた。
冒険者ではないノアは、いきなりサブマスターが出て来ただけでなく専用の研究施設に通されて緊張気味だ。
「やあやあ、よく来ましたね。
おや、そちらの女性は若き天才魔法具師と話題のノア殿ではないですか!?
いやぁ、初めまして。サブマスターのヨナーシェスです。いやぁ、会えて嬉しいなぁ」
ノアの様子は意にも介さず、ヨナーシェスは相変わらずのマイペースだ。
握手されたノアは緊張のあまり固まってしまった。
そしてその横で茶を飲んでいる人物が、ノアの緊張感をさらに高めているのだった。
「で、またしても当たり前のようにツェツェーリエさんは居るんですね・・・。
やっぱり暇なんじゃ??」
当然のような顔でお茶を飲んで待っていたツェツェーリエに、無駄とは思いつつ突っ込みを入れる。
「何を言っておるのじゃ。強化種の問題は冒険者ギルドの総力を上げて解決せねばならん問題じゃ。
ギルドマスターが力を入れるのは当然じゃろう」
もっともらしいことを言っているが、顔がニヤけているので説得力は皆無だった。
「それで今日は、強化種を弱体化させる魔法具の実験ということだったね?」
「ああ。正確には、強化種の力の源となっている闇魔力を吸収することで、どのような影響があるかの実験だね」
ウキウキが止められないといった感じのヨナーシェスにワイアットが答える。
「3種類あるから、早速実験してみるか。
まずは効果が分かりやすそうな、この杭からかな?」
そう言って太一が選んだのは、相手に直接打ち込んで魔力を変換させる魔法具だった。
「ふむ。確かに空間のリソースを使う前に、まずは直接打ち込むタイプを試したほうが良さそうだね。
ここなら、今の射程距離でも安全に試せるからありがたいな」
「ヨナーシェスさん、まだオークの強化種は残ってますよね?」
「ええ、もちろんです。
どうせなら、追加で確保してきてもらった活きの良いほうで試しますか。
何やら物騒な見た目なので、弱ってる方だと直接の打撃の効果なのか良く分からなくなりそうですし・・・」
そう言いながら、ヨナーシェスは研究室と並びの檻を通り過ぎ、その奥にある頑丈そうな扉に手を開けた。
「こちらは手前の檻より一段頑丈な檻でしてね。
万一があるといけないので、オークはこちらに隔離してあるんです」
中に入ると、外の檻よりさらに太い金属で作られた檻があった。
前室が付いた2重構造になっているのを見ただけでも、厳重さを物語っている。
その中には手足を鎖に繋がれたオークがいた。
薄っすらと黒い靄が漂っているので、すでに闇の魔力による強化状態になっていると思われる。
先日太一達が生け捕りにしてきたオークで、苦労の末なるべく傷をつけることなく捕獲した貴重な検体だ。
「さて、じゃあコイツに杭を打ち込んでみるか。
ヨナーシェスさん、闇の魔力はいつ頃与えてます??」
「実験すると聞いて今朝与えたばかりだから、ほぼ最大値と思って貰って構わないよ」
強化種は、一度に貯めておける魔力の量には上限があるようで、この個体はその上限に近い魔力が充填されているとのことだった。
「直接魔石を砕かないように、脇腹辺りに打ち込みますね」
檻の中に入っていった太一が、そう言いながら射出装置を構えた。
ボフン、というくぐもった音と共に杭が飛び出し、オークの脇腹に突き刺さった。
『ブギャギャーーーーッ!!!!』
と大声を上げるオークだったが、弛んだ脇腹に深々と刺さった杭からは一滴の血も出てこない。
代わりに薄っすらと黒い靄が漏れ出していた。
「ワイアットさん、これってもう発動してるの??」
「この杭タイプの方は、衝撃が加わったら発動する設計だから、間もなく発動するはずだよ。
お、そう言ってる間に発動したね」
ワイアットがタイチの質問に答えていると、尖っている方とは反対側にあるスリットから淡い光が漏れ始める。
すると、まずオークの傷からうっすら漏れて漂っていた黒い靄が、再び傷口に吸い込まれていくのが見えた。
「おお、この魔法具は、先端の方から闇の魔力を吸収するのかね!?」
それを見たヨナーシェスが興奮気味にワイアットに尋ねる。
「ああ、打ち込んで使うタイプだからね、その方が効率が良い」
「ほぅ、あの隙間から変換された魔力を放出しているんじゃな。
確かに、闇以外の魔力になっておるの」
じっと見ていたツェツェーリエも感心しきりだ。
高位の魔法師は、魔力の流れを視る事が出来ると言われているが、S級ともあればその属性も分かるらしい。
「ふむ。ツェーリが言うのであれば変換自体は上手く行っているようだね」
「良かったです!」
ツェツェーリエのお墨付きを得て、ようやくノアの表情が緩む。
「これ、時間当たりの魔力変換量ってどれくらいなんだっけ?」
「杭型の方は計測していないが、元になった箱型の方が半刻で大魔石1個分だ。
こっちはそれよりは小型だから変換量は少ないはずだが・・・
直接刺している分で効率が上がるかどうかが未知数でね。何とも言えないところだ」
「しばらく様子見、と言ったところじゃな」
『ブギャギャギャーー』
相変わらず大声を上げていたオークだったが、半刻が過ぎた辺りで様子が変わってきた。
『ブギャ、ブギョ』
まず、嘶きに最初のような力強さが無くなり、鎖を引きちぎろうとしていた動きも緩慢になる。
そのままさらに様子を見ていると、目が虚ろになり手足から力が抜けているのがはっきりと見て取れた。
そしておよそ一刻が経過した辺りで、完全に動きが止まった。
念のためそのまましばらく放置して様子を見てみるが、それ以上の変化が見られないため、ヨナーシェスが確認のためオークへと近づいていく。
「ふむ・・・
完全に活動を停止していますね。やはり、闇の魔力で動いているという仮説は正しかったようです」
動きを止めたオークをペタペタと触りながら、ヨナーシェスが満足げに呟く。
「念のため、この状態で魔力を与えても復活しないかだけ確認しておきましょうかね。
よっ、と」
そう言ってオークに刺さったままだった杭を引き抜くと、懐から袋を取り出した。
中から出てきたのは大型の闇の魔石だった。
「そのままで持っていると魔力を放出してしまいますからね。それを防ぐための袋ですよ」
太一が興味深そうに見ていたのを察して、説明をしてくれる。
そして取り出した魔石をオークの首元に近づけてしばらく様子を見るが、オークは二度と動くことは無かった。
「うん。一度魔力が枯渇すると、やはりもう動くことは無いようですね」
「少なくとも、現状のものでも一刻で完全に無力化できる、ということだね。
それに半刻くらいでも大分弱っていた様子だったから、相手をするのが兵士や冒険者ならもっと短い時間でも効果が期待できるだろうね」
一連の結果を見て、ワイアットが効果をあらためて確認する。
「そうじゃの。即効性とまでは行かぬが、かなり効果が期待できるな。
半刻粘れば何とかなることが分かって戦うのとそうでは無いのとでは大違いじゃ」
ツェツェーリエもその効果に満足そうだった。
「さて、では次の魔法具の検証と行きましょうか」
こうして箱型、簡易結界型の実証実験も続けて行われるのだった。
まず、杭型と同じ檻で、箱型の実験が行われた。
閉鎖空間での利用を想定しているため、そこそこの広さの空間であるここの都合が良かったためだ。
残念ながら、活きの良いオークは1匹しかいなかったため、少々弱ったオークとゴブリンで実験は行われた。
最初は、鎖に繋いだオークの近くに魔法具を置いての実験だった。
現実的なシチュエーションでは無いが、最大限に威力を発揮した場合の効果を見るためだ。
結果、およそ1刻で弱り始め、2刻でほぼ無力化、3刻で完全に活動を停止させた。
直接打ち込むタイプと比べると、やはり効率は落ちるようだ。
続いて、現実に近い状況を作るため、2重になった檻の奥にゴブリンを放ち、手前側の檻に魔法具を設置した。
こちらの陣地に魔法具を設置した上で、それを守りながら戦うのが、最も現実的なシチュエーションだろう。
しかしこの実験では、2刻程度でようやく少し弱り始めたかな、というのが分かった時点で、全員での実験は打ち切られた。
夜も更けて来たので、交代で様子を見ながら仮眠を取ることとし、夜通し実験を続けた結果、6刻ほどで弱り始めた。
そこから完全に活動を停止させるには、さらに10刻ほどを要したのだった。
「ふ~む。内包する魔力での稼働限界が3日程度ということだから、それを1/3程度には縮める効果はある、か・・・
正直これは、使いどころが難しいな」
2日掛かりの実験を終えて、ワイアットが渋い顔で思案する。
「重要拠点に集中配備した上で、籠城戦なんかの持久戦を前提に運用する。
もしくはそう言う場所を作っておびき寄せて、有利な状況を作るのに使うが正解じゃの」
ツェツェーリエの言う通り、効果範囲があまり広くなく即効性も薄いのであれば、分散配置は得策では無く、効果を高めるための集中運用は必須だろう。
「箱型の運用については、ひとまず棚上げして、ロマーノ様へ報告だけしておきます」
「それが妥当なとこじゃろうの。
で、問題は最後の1つじゃな・・・」
並行実施している結界型の魔法具は、想定利用場所が屋外のため、門の外かつ街道から外れた人目に付かない場所で行われていた。
10m四方程度の大きさになる正方形の頂点に1本、各辺の中間地点にそれぞれ1本ずつの計8本で結界を作る。
そしてその中に、動けないようにしたゴブリンを放置して、様子を観測していた。
箱型の検証を終えてから移動してきたので、実験開始から半日は経過している計算になる。
この段階で、やや弱ってきたかなという程度だ。
「やはり外だと、空気中の魔素が濃いため、効果が薄いですね」
「ふむ。これまでの状況を考えると、完全に活動停止するまで1日半くらいだろうな」
ヨナーシェスとワイアットが、状況を見て予測する。
「本数を増やせば効果を上げるか範囲を広げられる事を考えると、戦場に予め張っておいて空気中の魔素を減らすのが良さそうだな。
相手は屋外なら3日以上動くものとして作戦を立てるだろうから、それを狂わせることが出来るし。
多少なりとも弱らせられるのであれば、集団戦では効果が高いかもしれない」
「そうじゃな。コイツは量産して戦場となりそうな所に予め張っておくのが良さそうじゃ」
「ふむ・・・
では、杭型の量産を最優先、結界型もある程度量産して、箱型はそこそこ、というところで良いかね?」
「ああ、それで良いと思うぞ」
3種を実験した結果を踏まえて、対強化種向け魔法具のひとまずの製造方針が決定、量産が開始されるのだった。




