◆155話◆緊急回避アイテム
総合評価が1,000を超えました。
ありがとうございます!!
「さて、では最後の一つだ。これも中々の自信作だよ」
ワイアットはそう言って長さ40cmほどの筒を取り出した。
直径は5cm程度、1.5リットルのペットボトルを細くしたようなサイズ感だ。
「こちらは粘着筒ですねぇ。
前の二つは投げて使いましたが、これはこの筒から粘着質の塊が飛んでいきますぅ」
簡易な射出機構を備えた道具のようだ。おそらくこの世界では画期的なギミックだろうか。
「ジャイアントクロウラーの粘着糸を濃縮した液体が主戦力ですがぁ、オマケ機能も付いてるのでお楽しみにぃ。
じゃあ、行きますよぉ。3、2、1、そいっ!」
三度の掛け声とともに、5mほど先の低木に筒を向けると、底にある紐を引っ張った。
一瞬筒の底面が光ったかと思うと、シュッ、と言う風切り音と共に筒の先端から何かが飛び出す。
想像以上に静かだったことに太一が驚いていると、木の手前で飛んで行った何かがパンと弾けた。
と同時に進行方向側に白い液体のようなものが放射状に広がるのが一瞬見えたかと思うと、直後にその周りが闇に包まれた。
直径2mほどの闇の玉が宙に浮いているようだ。
太一が唖然として見ていると、タバサが声を上げる。
「驚いたね。こりゃあダークスフィアの魔法かい?」
「ふふふ、大正解ですぅ。
糸で絡め取るついでに、視界を奪うことが出来ればさらに効果がありそうじゃないですかぁ?
その代わり、玉を飛ばすのも魔法の力を使わなくちゃいけなくなったので、完全に魔法具になっちゃいましたぁ」
イルマが説明している内に、黒い球は徐々に霧散していく。効果時間は20秒程度だろうか。
太一は、闇が晴れて見えるようになった、白い糸が絡まった低木へと近づいていく。
直径3mほどの範囲に、粘つく糸がびっしりと絡まっている。
軽く指で触れてみたが、かなり強い粘着力だ。
人差し指と親指で輪っかを作るようにして指をくっつけると、かなり力を入れないと離れないくらいだ。
「これも間違いなく使えるな。
直接的な殺傷力は弱いから、暴動鎮圧とか対人戦にも良いんじゃないかな」
「ダークスフィアを魔法具に出来ただけでも大したもんだよ。
コイツは色々と応用が利きそうで楽しみだね」
「ふむ。これで三つとも合格ということだね。良かった良かった。
ひとまず10個くらいずつ作ろうと思うが、足りるかね?」
「ああ、それだけあれば十分だ。
これ、量産して商業ベースに乗せるとしたら、売値ってどれくらいになる??」
「売値か・・・原料費だけでも良いかね?」
「ああ、原料費でも大丈夫」
「一番安いのは芥子玉だね。雷茸の入手が少々手間だが・・・
全部ギルド経由で仕入れたとして、1個100ディルというところかな。
次が閃光弾だ。コイツは光の魔石とガスを錬成する錬金素材の値が少々高い。
一つ当たり250は掛かるだろうね。
最後の粘着筒だが、コイツは筒と玉で別料金だ。
筒は使い捨てでは無いが魔法具だからどうしても値が張る。1,000くらいが底値だろうね。
玉も闇の魔石が使われているから、一つ400といったところだね」
「芥子玉で原価100か。最低でも売値は200くらいだなぁ。
まぁポーションが100って考えれば、緊急回避の護身用としてはそこまで高くは無いか」
「1人1つ、お守り代わりに持つならそんなとこだろうね。
もう少し数が出るようになれば、150くらいまでは下がるだろうし、割と現実的だと思うよ」
「その辺が落としどころだろうなぁ。
閃光弾も4~500ってとこだから、駆け出しには厳しくても、E級以上ならパーティーに1つは全然買えるな」
「だろうね。芥子玉はどうしても二次被害が出やすいし、洞窟なんかだと使い辛いからね。
主流は閃光弾で、お金が無い場合や予備用が芥子玉という流れが出来るだろう」
「粘着筒は高いだけあって、効果も使い道も多いな・・・
冒険者ならD級以上が持つ感じだろうけど、これは騎士団とかに売り込んで数を作れるようにして、原価を下げるのが良いかもなぁ」
「ふむ。確かに騎士団であればまとめて納入できるし、運用方法も色々考えてくれるだろうな。
今度、ユリウスあたりに捻じ込んでみるか・・・」
「あー、ユリウスさんに直接伝手があるなら話が早いな。
うん、これで全部目処が立ったんじゃないか?」
「ああ。これまでに無かった考え方の道具だ。
ジワジワと広がっていくだろうから、焦らず売るとしよう。
さて、じゃあ緊急回避アイテムについての確認はお終いだ。
戻ってゴーレム擬きの対策方法について話そうじゃないか」
「了解だ」
「・・・まったくホントに慌ただしいったらありゃしないねぇ」
用事が終わったらさっさと戻ろうとするワイアットの切り替えの早さに、またしてもタバサがぼやくのだった。
「闇の魔力で動く魔物、という話だったね?」
ワイアットの店に戻った太一達は、お茶を飲んで一息吐きながら強化種についての話をしていた。
「ああ。首筋とかに魔石っぽいのが埋め込まれていて、そこから出てる黒い靄みたいなので強化された魔物だ。
斬っても血が出ず、その靄っぽいのが傷口から出るのを確認してる。
あと、闇の魔力を与えないと3日目で動かなくなったのも確認済みだ。
どうやって吸収してるか知らないが、森の中なんかの魔素が濃い所だと、ずっと動けるはずというのがヨナーシェスの見解だよ」
「あらあら、それは完全に闇魔法のネクロマンシーを応用してますねぇ」
太一の説明を聞いたイルマが首を傾けながら言う。
「ネクロマンシー?」
「ええ。大雑把に言えば、死体を操る魔法の総称ですねぇ。
レンベックを始め多くの国では禁忌とされていますので、あまり有名ではないですが・・・
聖魔教国では、魔物に対して使うことは許されていますよぉ」
「やれやれ、やっぱり聖魔教国に行きつくのか・・・。
ワイアットさんは多分もう聞いてると思うけど、強化種の話は聖魔教国が裏にいると予想していた。
今回のイルマさんの話で、さらにその可能性が高くなったよ」
「ネクロマンシーでは、死体を操り人形のように動かすそうでぇ・・・。
命令を忠実にこなす代わりに、自分で考えて行動するような複雑な動きは出来ないと言われていますねぇ」
「ふむ。ゴーレム擬きは、自立して戦闘をしていたという話だったな?」
「ああ。単純な近接戦闘だったら、普通の魔物と全く同じと思っていい」
「生きた魔物を使ってるのはその辺りを狙ってのものなのだろうな。
命令を聞かせる代わりに、肉体の強化に闇の魔力を使い、行動自体は魔物の肉体を使う・・・
代償として、魔物は闇の魔力が無いと動かないゴーレム擬きにされる、と。
全く、胸糞の悪い話だ・・・」
ワイアットが吐き捨てるようにそう言った。
「イルマさん、そのネクロマンシーで操られてる死体を止めるにはどうしたら良いんですか?」
「私も実際に見たことは無いから確実じゃないけどぉ・・・
バラバラにするか、埋め込まれてる魔石を抜き取るか、って話よぉ。
あと、魔石の魔力が無くなったら、元の死体に戻るらしいわぁ。
でもネクロマンシーの場合は、空気中の魔素から魔力を補充するって話は聞かないわねぇ」
「なるほど・・・」
「やはり闇の魔力を絶つのがポイントのようだな。
であれば、一つ試してみたいアプローチがある」
腕組みをしながらイルマの話を聞いていたワイアットがそう零す。
「さっきもそんなことを言ってたな」
「ああ。闇の魔力で動いているのなら、それを無くしてやれば良い、という単純な話だ」
そう言いながら、ワイアットがニヤリと笑った。




