◆154話◆魔法具師イルマ
「闇の魔力を糧にして動く魔物、か・・・
さしずめゴーレム擬きというところだね」
「そうなんだ。色々と強化もされているから厄介で・・・。
何かそういった魔法生物?的な相手に有効な魔法具や薬品が作れないかなと思ってさ」
ワイアットの工房を訪ねた太一は、事のあらましをワイアットに説明していた。
いつも通りタバサも同行している。
「ふむ。なるほどね。
考えられるアプローチはあるにはあるが・・・
しかし何だね、タイチは随分と忙しないな。
つい最近クリムゾンベアの対策道具を請け負ったと思ったら、今度はゴーレム擬きと来た。
そういう体質なのかい?」
ワイアットは困った子供を見るような表情で少し笑っている。
「全く、その通りだよ・・・
よくもまぁ次から次へと厄介事を持ってくるもんさね」
タバサもやれやれと言った表情だ。
「そう言われてもなぁ・・・向こうから勝手にやって来るんだから仕方ないじゃない」
口を尖らせた太一がぼやく。
「はっはっは。まぁ私は退屈しないし、新しい研究のテーマが貰えるから感謝しているよ。
君もそう思うだろ、イルマ」
面白がりながら、ワイアットが隣に座っている女性に話を振った。
「うふふ、そうですねぇ。必要とされる研究というのは、やっぱりやり甲斐があって良いですよねぇ」
イルマと呼ばれた女性が、微笑みながら独特の間で答える。
ロマーノやワイアットと共に、ダレッカで冒険者パーティーを組んでいたスカウトの女性らしい。
年相応の落ち着きはあるものの、見た目は30代にしか見えない。
本職は魔法具師で、自作の魔法具を実戦で使うため冒険者をやっていたと言う変わり者だ。
しかしその腕はホンモノで、最近頭角を現したノアと共に、天才魔法具師と呼ばれている。
普段はダレッカに店を構えているが、ひと月ほど前太一からの依頼を受けたワイアットに声を掛けられレンベックに出てきた。
その後すぐにダレッカの洪水騒ぎがあり、ワイアットと共に作戦に役立つ道具を提供、そのまま居ついているらしい。
「悪いな、前の依頼の確認も出来ないまま・・・」
「はっはっは、こう騒動が続いては仕方が無いさ。
丁度良い、先に前の依頼で作った方から見てもらうとしよう。
なに、クリムゾンベアにも効果があることを目指して作った物だ、ゴーレム擬きにだって効果はあるよ。
少し待っていてくれ」
そう言って店の裏手からいくつかの道具を持ち出してきた。
「ひとまず実戦投入できそうなのが3種類出来た。まずはそれを見て貰おう」
言うが早いか、スタスタと店の外へと歩いていくワイアット。イルマも当然のようにそれに続く。
「ちょ、ちょっとワイアットさん!どこ行くんだ!?」
「流石に街の中で試すわけにも行かないからね。少し街の外へ出よう」
その後を、太一とタバサが慌ててついて行った。
ワイアットの馬車で街の外へ出た4人は、街道から少し外れた岩草原に居た。
「うん、ここなら誰にも迷惑を掛けないね。順番に見て貰おう」
周りを見渡したワイアットが、満足げに準備を始める。
「全く、職人とか研究者とかって連中は、相変わらずこれと決めたら強引だねぇ」
あまりの慌ただしさにタバサが溜め息を吐く。
「さて、まずはコイツから行こうか。イルマ、説明を頼む」
そう言ってワイアットが取り出したのは、直径5~6cm、長さ15cm程の筒だった。
少し細い500mlのペットボトルくらいの大きさだ。
「これは、閃光筒と言う仮称を付けた魔道具ですねぇ。
この後ろから出ている紐を引っ張ってから相手に投げつけて使うんですよぉ。
相手に当たると、魔法による強い光が発生すると同時に、直径1メルテくらいの範囲にものすごく熱いガスが噴出しますぅ」
おっとりとした口調だが、言っていることは相当に物騒だ。
「相手の顔目掛けて投げる想定だ。
光だけでも良かったのだが、顔付近だったら高温のガスは効果が高いと思ってね。
こちらが巻き込まれないよう、狭い範囲に限定させるのに苦労したよ」
「なるほど、確かに目の前で高温のガスを撒かれたら堪らんな・・・」
「では、試しに投げてみますねぇ。
あ、まともに見るとしばらく目が眩んじゃうので、薄目でみてください~。
じゃあ、行きますよぉ。3、2、1、そいっ!」
少々個性的な掛け声とともに、紐を引き抜いて前方へと筒を放り投げる。
放物線を描いて10mほど飛んで行った筒が、カン、と言う甲高い音をさせて地面に落ちた瞬間、パン、と乾いた音と共に辺り一面が白色に染まった。
「ぐっ・・・」
薄目で見ていても思わず目を逸らすレベルの眩さだ。
ある程度視力が戻った太一は、筒の落下地点を確認しに行く。
落下箇所と思われる辺りは、完全に草が無くなっており、残っている岩に手を触れるとまだかなりの熱を帯びていた。
使い捨ての筒は、8つに分かれて辺りに四散している。
「これは間違いなく使えますね。
実戦では、投げた後目を逸らした方が確実ですが、隙が出来るので盾か何かを構えた方が良いかもしれません」
「目の良い魔物は、コイツを食らったらしばらく無力化出来そうだね。
夜間の奇襲にも使えそうだし、色々と使い勝手が良さそうだね」
太一もタバサも実用性十分と判断する。
「ふむ。まず一つは合格といったとこだね。
では、次へ行ってみようか」
そう言って今度は、一つの玉をイルマへと手渡す。
直径8cmほど、野球ボールより一回りほど大きい、表面がゴツゴツした玉だ。
「こちらは芥子玉ですねぇ。その名の通り、芥子の粉と偽胡椒の粉をばら撒きますぅ。
さらに、鼻がツーンとする雷茸の粉末も入っているので、鼻の良い魔物には良く効くと思いますよぉ」
偽胡椒は、苦みが強く食用に向かないが、胡椒に似た強い刺激がある木の実だ。
雷茸は、食べると少量でも鼻を突き抜けるような強烈な刺激があるキノコだ。
毒は無いが、あまりに刺激が強いため食用されることは無い。
「こちらも、紐を引いてから衝撃を与えると破裂しますぅ。
風下に居ると危ないので、皆さんこちらへ移動してくださいねぇ。
じゃあ、行きますよぉ。3、2、1、そいっ!」
再びの個性的な掛け声とともに、15mほど先の岩目掛けて芥子玉を投げつけた。
岩に当たった芥子玉は、ボン、という小さな破裂音と共に、直径2m程の範囲に煙のような粉をばら撒く。
今日は風が弱いため、煙はゆっくりと風下方面へと漂っていき、30秒ほどで辺りから粉が消え去った。
芥子玉が当たった岩へ近づくと、まだほんのり芥子と偽胡椒の香りが漂っている。
まだ雷茸の刺激も少し残っており、太一はくしゃみを連発させる羽目になった。
「あ゛ーー、ごれも効果は高そうだ・・・二次被害に気を付けないと駄目だけど・・・」
「まったく、何をやってんだいアンタは・・・」
涙目で総評する太一に、タバサが呆れて溜め息を漏らした。




