◆153話◆強化種の生態
杜撰な作戦は、驚くほどスムーズに終わった。
ツェツェーリエとヨナーシェスがこういう時のために決めている場所の一つに太一達が辿り着くと、依頼通り樽が二つ置いてあった。
だけでなく、おそらく瞬間移動で運んできたのだろうツェツェーリエもまだそこにいたが・・・
「・・・ツェツェーリエさん、仕事は良いんですか?」
「お主は何を言っておるんじゃ。これほど優先度の高い仕事なぞ、現状存在せんわ」
当たり前のようにそう言って、嬉々としてゴブリンを調べて樽に詰めるツェツェーリエ。
見た目が少女なだけに、絵面がバグっている。
「ふむ。そこそこ活きが良いから、これで色々分かるじゃろ。助かったぞ。
じゃあワシは一足先に戻るからの。ギルドまでよろしく頼むぞ」
一通りゴブリンを見て樽詰めして満足したツェツェーリエは、転移して帰っていった。
何とも贅沢な加護の使い方だ。
ゴブリンを詰めた樽を馬車に乗せると、一行は再び王都へと向かった。
入門時のチェックは、これと言った荷物が無い場合は身分証の確認と馬車内をざっと黙視する程度だ。
積荷がある場合、それに加えて荷物のチェックが行われる。
今回は樽が積まれているので、普通は中身を軽く確認することになる。
しかし今回は・・・
「ああ、樽の中は研究用に採取してきた素材です。光に当てると変色するので、このまま持ち込んで構いませんか?」
「はっ。問題ありません!お通り下さい!!」
と、サブマスターが居ることでほぼ素通り状態だった。
こんな杜撰なチェックで大丈夫なのか?と太一が聞くと、ヨナーシェスの場合が特殊なのだとか。
ギルドで様々な調査や研究をしているヨナーシェスは、光に当てると劣化したり、空気に触れると変質したりする素材を普段からよく持ち込んでいる。
また、魔物の素材などは匂いがきつかったり毒だったりするものもある。
それを開けて惨事になったことが何度かあってからは、ヨナーシェスがきちんと管理した状態で持ち込むものはアンタッチャブルになっているとのことだ。
「私以外の場合は、貴族であってもちゃんとチェックはしていますよ。
まぁこれも、日頃の行いという奴ですかね。はっはっは」
笑いながら言うヨナーシェスを見て、ツェツェーリエも大概だがこの人も大概だな、と再認識する太一だった。
樽詰めされた強化種は、ギルドの地下にあるヨナーシェスの研究施設に運ばれた。
小型の魔物や動物を使った実験も行われるため、いくつか檻のようなものが作られている。
現在は生き物を使った実験は行われておらず、大きめの檻に1匹ずつゴブリンが入れられた。
「さて、今日からしばらく観察を続けることにします。
片方のゴブリンには何も与えず、もう片方には一応水や肉を用意しますが、恐らく食べないでしょう。
その状態でどの程度動いていられるのかを調べます。
合わせて、行動パターンなんかも調べてみます。何か分かったら商館へ連絡しますね」
「分かりました。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「ふふふ、何、久々に調べ甲斐のありそうな実験ですからね。逆にお礼を言いたいくらいですよ」
「そう言ってもらえると気が楽になります。では、あらためてよろしくお願いします」
ゴブリンを預けた一行は、何事も無かったように依頼の達成報告をし、それぞれ帰路に就いた。
東へ強化種の調査へ向かった騎士団が、野盗の襲撃を受けたと一報を受けたのは、翌々日の夕方だった。
報告を受けた関係者は、ロマーノの屋敷に集まっていた。
太一達が襲われたのなら王城へ、騎士団が襲われたらロマーノの屋敷へ集まることを事前に決めていたのだ。
王城側から宰相や騎士団長が出向くと勘付かれるため、ロマーノの息子であるピアジオが代理で出席している。
後は、ツェツェーリエ、ヨナーシェス、太一、文乃、ロマーノといういつものメンバーだ。
「さて、敵が撒き餌に引っかかったな」
「はい。こうもあっさり引っかかるとは思いませんでしたが・・・」
そう言うロマーノと太一の表情は苦笑いだ。
「よほど自信があるか、焦っているのか、バカなのかの三択じゃな」
ツェツェーリエがバッサリと切り捨てる。
「ピアジオ殿、襲ってきたのはどんな連中だったのですか?」
ヨナーシェスが質問する。
今回ピアジオは、強化種との戦闘経験者だということと、襲撃された場合の情報収集を行うため、調査隊に選ばれていたのだ。
「襲ってきたのは20名程でした。
そこそこの手練れで魔法師も混ざっていたので、冒険者崩れが中心の野盗と思われます」
「こちらの被害は?」
「重傷者が4名、軽症者が5名です。襲撃をある程度折り込んでいたので、死者は出ていません。
また、野盗には数名正規の騎士か兵士が紛れ込んでいたと思われます」
「何?」
ピアジオの言葉にピクリとロマーノが反応する。
「おそらくタケンテス皇国の者と思われます。
古めかしく見せてはいましたが、装備品が新しかったことと、剣筋が対人戦の正式な訓練を受けた者のソレでした」
「どの程度捕らえられた?」
「野盗を5名、皇国の者を2名捕らえています。討伐数は8。
野盗と皇国の者を数名ずつ取り逃してしまいました」
「ふむ。こちらの方が数が少なかったのだから十分な成果だな。死者が出なくて良かった」
「内部調査の方はどうなっているんでしょうか?」
「宰相閣下を中心に、内偵を進めております。
捕らえた賊の尋問も進めておりますが、野盗たちは“ただ襲えとしか聞いていない”の一点張りですね。
皇国の者も同じことを言っています」
「こちらは少々時間が掛かりそうですね・・・」
「慌ててボロを出してもいかんからな・・・ここはユリウスとレイバックに任せて待つしかないか。
ピアジオ、また何か分かったら教えてくれ」
「はい、もちろんです!」
どこから情報が漏れたのかについては、宰相と騎士団長に任せてしばらく待つこととなった。
それからさらに4日後、今度はヨナーシェスから強化種の状況に変化が現れたと連絡があり、太一たちはギルドへと向かった。
「やあやあ、お待ちしていましたよ!」
研究室へ向かうと、少々興奮気味のヨナーシェスが迎えてくれた。
その横にいるツェツェーリエは苦笑いだ。
「変化が現れたと伺いましたが??」
「ええ、ええ、そうなんですよ!」
太一に水を向けられたヨナーシェスが、嬉しそうに話し始める。
早口でどんどん語られる内容をまとめると、以下のような感じだ。
・やはりエサも水も全く食べず、興味すら示さなかった
・睡眠も全く取らない
・時折檻の中をウロウロと歩き回るが、何もせずただボーッと突っ立っている時間の方が長い
・人が檻に近づくと、敵意を向けて襲ってくる
・偶々別の実験で持ち込まれたキラーラビットにも激しく興奮し襲い掛かろうとした
・2日目頃から弱り始めた
・闇の魔力を与えると元気になった
・片方には闇の魔力を与えず放置したところ、3日目で動かなくなった
「やはり闇の魔力で動いている感じなんですね・・・」
「そのようです。
森の中はこの辺りより空気中の魔力が濃いですからね。
おそらく空気中の闇の魔力を吸収して生きていたんだと思います。
与えた魔力が、彼らにとってどの程度の量なのかは分かりませんが、無補給では3日程度が稼働限界といったとこでしょうね」
「なるほど・・・
市街地や街道のような魔力の薄い所であれば、持久戦に持ち込めば何とかなりそうですね」
「ええ。逆に森の中や洞窟の中など、魔力の濃い所であればかなり長時間稼働すると思います。
肉体が劣化していくかどうかはまだ分からないですし・・・
また、魔力の薄い所でも闇の魔石なんかを持ち出されると厄介なことになりますね。
まぁ闇の魔石に限らず、魔石は高価なので、それほど数は無いとは思いますが・・・」
「ひとまず何を糧に動いているのか分かったのは大きいですね」
「ええ。あともう一つ分かったのは、人と強化種以外の魔物に対してのみ強い敵対行動を示すところです。
普通の動物や、強化種に対しては全く敵意を見せないのです」
「強化種は分かりますが、動物もですか・・・」
「はい。何かしら指示や命令に従っているような感じはしないので、本能と言うか機能がそうなのだと思います。
そもそも命令を聞いてくれるなら、もっと運用方法が変わりますからね」
「確かに・・・。
“近くにいる人や魔物を襲う機能を持った、闇の魔力で動くゴーレム”と考えて対応する感じですかね」
「はい。概ねそれで問題無いかと。
特性がある程度分かったので、どう言ったシチュエーションで使うのかも予想できるようになると思います」
「ありがとうございます。
ただ、おそらくコイツ等を実戦投入するようになったのは、例の封魔石によるところが大きそうですね」
「ええ。多分魔物を闇の魔力で動かすこと自体は、前から出来ていた可能性が高いでしょう。
しかしイマイチ使いどころが無かった・・・
それが、封魔石が出来たことで一気に使える目処が立ち、複数個所で実験と生産を始めた、というところでしょう」
「そんな気がしますね。
ヨナーシェスさんは、この情報をロマーノ様経由で宰相閣下や国王陛下に上奏してください。
戦略的な対応はあちらに任せます」
「タイチさんはどうするので?」
「私は、戦術的な対応策を練るつもりです。
どこまで効果があるか分かりませんが・・・」
「分かりました。何か協力できることがあったら、何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます。では早速・・・。
残ったゴブリンですが、もう少し生かしておいてもらっても良いですか?
戦術的対応策の実験に必要なので・・・」
「ええ、構いませんよ。
元々そのつもりでしたし、私もまだ試したいことがありますからね。
場合によっては、追加で生け捕りにしてきても良いかもしれません」
「また入り用になったら教えてください」
「ええ、そのときは声を掛けますよ」
「では、ありがとうございました。
私はこれからワイアットさんの所へ行ってきます。
あの人なら、対強化種用のアイテム造りの相談に乗ってくれそうなので」
ギルドを後にした太一は、強化種との戦いで使えそうなアイテムが作れないか相談するため、ワイアットの工房を訪ねることにした。