◆151話◆痕跡と仮説
「やっぱり小屋の残骸だな、こりゃ。
屋根、柱、壁、床それぞれに加工した奴が混ざってる」
ゼップがファビオと共に木材の山をざっくりと仕分けしながら言う。
「どれくらい前のものか分かる?」
「大工じゃねぇから正確な年数まではさすがに分からねぇ・・・
ただ傷み具合からすると、割と新しいんじゃねぇかな?
床だった材木の様子から、壊されてから数ヶ月経つか経たないかってとこじゃねぇかな。
屋根とか外壁だった材木の様子から、小屋自体も長くて数年ってとこだと思うぜ」
文乃の質問に、専門じゃないと言いつつも的確に答えるゼップ。
小さな村の男は、村の建物を大工と共に建てることが多いし、自分の家のメンテナンスは基本全部自身で行うため、知識もスキルも豊富なのだ。
「何らかの実験とか観測のために建てたけど、不要になったから壊した、ってとこかしらね」
「だろうね。わざわざ手間掛けてまで壊したってことは、証拠隠滅を図ったんだろうね」
「しかも証拠隠滅だったら火を掛けるのが一番手っ取り早いのに、わざわざ手作業でやってる・・・
煙が出たり火事になったりして目立つのを避けたかったからでしょうね」
「なんだそりゃ。ロクなもんじゃねぇことは確実じゃねぇか」
文乃とジャンの予想に、ファビオが呆れ返る。
「少なくとも人工的に魔物を強化してるのと、魔物を魔石に封じ込めてるような連中だもの。まともじゃ無いわ。
この近辺にいた魔物が一斉に逃げ出したとみて間違い無いから、多分魔物の強化実験をしてたんでしょうね。
それに・・・」
文乃は一度そこで言葉を区切り、険しい顔で続けた。
「強化した魔物が暴走したら、逃げた魔物のお陰で周りに被害を出せる・・・
わざわざ敵国の中でやってるのは、それも目的としてたんでしょうね。
ここの小屋が壊されたのが数か月前だとすると、ある程度強化実験に目処が立ったから、小屋を放棄、魔物もそのまま放置して逃亡・・・。
おそらくそれを、同時多発的にやったのが、この前の小物騒動の真相でしょうね。
全く、本当にロクでもない連中ね・・・」
静かに、しかし強い怒りを滲ませる文乃に、全員が険しい顔で頷いた。
「そういや、一つ不思議に思ったんだけどよ・・・
こいつら、なんでここから動かなかったんだろうな?
何喰ってるか知らねぇけど、ずっとここに居る必要なんて無いだろうに」
「確かにそうね・・・
全く動かないのかどうか分からないけど、最初の様子を見た感じ遠出して戻っているようには見えなかったわね」
「ひょっとしたら、コボルトたちが逃げた原因になったヤツと、コイツらは別なのかもしれないね。
まぁ、言う事を聞かせているような使い方じゃ無いから、偶々ここに居ないだけかもしれないけど」
「いずれにせよ、もう少し別の小物騒動現場も調べてみるべきね。
ほぼ間違いなく、同じような状況になってるでしょうけど、国の中に何箇所もこんな所を作られてたのであれば、大問題だし・・・」
「どうやって入り込んだんだか・・・。
流入経路もちゃんと押さえておかないと、根本解決できないし、まだまだ課題は山積みだね」
「そうね・・・
さて、それじゃひとまず帰りましょうか。検体も手に入ったし、ひとまずの成果としては上々でしょ」
こうして文乃たちの最初の調査遠征は、実験に使ったと思われる小屋の発見と、強化されたコボルトの検体を手に入れての帰還となった。
翌日、別の小物大量発生地点を調査していたワルター達と共に、調査結果の共有会が行われた。
場所は太一の商館の会議室だ。宰相のユリウス、ロマーノ辺境伯、ギルドからはツェツェーリエとヨナーシェスが参加している。
カモフラージュのため、それぞれ異なる用向きで太一の商会を訪れたことになっていた。
出来たばかりの商館へ、当たり前のように国の重鎮が集まってくる状況に、太一は「どうしてこうなった?」と愚痴っていた。
「やっぱりワルターさん達の方にも、強化種が居たのね」
「ああ。ゴブリンの上位種に魔石埋め込んだ感じだな、ありゃあ。
そっちと違って1匹だったからまぁ何とかなったけど、複数いたら逃げてたね」
苦笑いを浮かべながら、ワルターが説明する。
「なるほど・・・第一線を離れていたとは言え、元C級が3名いても手古摺る相手だということですか。
まぁ、王城に現れたオーガも大概だったので、さもありなんですが・・・」
ユリウスも難しい顔だ。
「問題は、どの程度の数がいるかじゃな。
この調子だと、残りの数十か所の小物大量発生も同様の手口じゃろうから、その後どれだけ量産されたのか・・・」
ツェツェーリエも面白くなさそうな顔で口を開く。
「そうそう、タイチから頼まれていた件、面白いことが分かりましたよ?」
「お、そうなんですね」
ヨナーシェスが思い出したかのように話を切り出した。
「何か頼んでたの?」
「ああ。ファビオが、コイツら何食べてるんだとか言ってたって言ってたでしょ?
確かにそうだ、と思ってね。
ヨナーシェスさんに、この前のオーガと文乃さん達が持って来てくれたコボルトの腹の中の内容物を調べてもらったんだ」
「調べた結果ですがね、まずオーガの方は、普通の魔物とそう変わらない食生活と思われました。
肉だとか、他の魔物だとかを食べていたようです。
対してアヤノが持ち帰ったコボルトですが、驚くことにほぼ何も食べた痕跡が見つかりませんでした」
「えっ!?」
「腹の中がほぼ空っぽだったんです。
ほとんどの魔物は、いわゆる“食い溜め”が出来るので、1週間くらいなら平気なんですが、あの2匹はそれ以上の期間何も食べていないでしょうね」
「やっぱりか・・・心臓もおかしくなってませんでしたか?」
「その通り。血液がほぼ無くなっていたからかもしれないけど、もはや心臓とは呼べない状態に変異していたよ」
それを予想していたかのような太一の問いに、ヨナーシェスが驚いた表情で答える。
「やっぱり、とはどういうことだ?タイチよ」
同じくそれを不思議に思ったロマーノも太一へ質問を投げ掛ける。
「テラスでオーガと戦った時のことですけど、最初の1体は斬ったらちゃんと血が出たんですよ。
オーガのことは良く分からないですけど、動きも別に生き物として普通の動きでした。
ところが、黒い靄みたいなのが出て来てから、別物になったような感覚だったんです。
まずおかしいのが、斬っても血がほとんど出なかったことですね。
ロマーノ様もご存じの通り、代わりに黒い靄が出てましたよね?
後、痛みに対する感覚が鈍くなってた気がします。
いや、痛みの優先度が下がったと言うか、なりふり構わなくなった、って言い方の方が良いですかね。
それで思ったのが、あの黒い靄に浸食された個体は、もはや別の魔物に変化してるんじゃないか、という仮説です。
だって、普通に考えて血液が無くなったら生き物は生きてられないですよ」
「なるほど。確かにその通りか・・・」
「文乃さん達が持ち帰ってくれたコボルトは、割と長い期間黒い靄状態だった。
血が無いだけじゃなく、食べることも不要になってるなら、いよいよ生物じゃないと言えるなぁ、と」
いつのまにか、皆一言も喋らず太一の説明を真剣に聞いていた。
「で、調べてみたら大当たり、ですよ。
食べなくても動いて、通常の魔物より強くて、痛みもあまり気にしない・・・
そんな奴が相手だってことです」
その一言に、場が凍り付く。
「ただ、多分そんなに稼働時間が長く無さそうなのと、命令を聞くような奴等でも無さそうなのは救いですね」
「どうしてそう思うのだ?」
「無限に動けて命令も聞くなら、最初から黒い靄モードにしとけば良いんですよ。
なのにそれをしなかった、ということは制限かリスクがあるからです。
文乃さん達の話だと、狭い範囲をウロウロしてるだけだったって話なんで、近くに来た物と戦うこと以外はほとんど出来ないんじゃないでしょうか?」
「ふむ。確かにわざわざ弓で投入してきたことからも、その可能性は高そうか」
「はい。なので、黒い靄の軍団が陣形を整えて突っ込んでくる、とか戦略的な起用は当面無いと思いますよ。
その代わり使い捨て出来ますから、色々厄介ですがね・・・」
「こうなってくると、その黒い靄とそれを生み出している魔石のようなものの正体を突き止めたいですね。
徐々に数が増えていっている所を見ると、おそらく人の手で製造していると思われるので、それを止めねばなりません」
重い空気の中、ユリウスが言葉を紡ぐ。
「これまでの調査で、どうやら闇属性の魔力が封じられている事までは分かりました。
まぁ、黒い靄で闇属性なので、見たままだったりします・・・」
自嘲気味に笑いながらヨナーシェスがそう答える。
「タイチの話と合わせると、闇属性の魔力で動くゴーレムに近いのかもしれません。
一度生け捕りにして、闇属性の魔力を与え続けたら生き続けるのか、実験した方が良いかもしれませんね」
「そうですね。動かなくなってからでは遅いので、近いうちに全員で生け捕りにしてきます」
「ほほぅ。それは面白そうですね。私もついて行って良いですか?」
「ヨナーシェスさんが来てくれると助かりますね。生け捕った後の輸送も凄く楽になりますし」
どうやらヨナーシェスも乗り気なようだ。
彼の加護があれば、確かに輸送の課題はほぼ解決したも同然だ。
「では、強化種についてはそれで行きましょうか。
もう一つの懸案、封魔石についてはまだほとんど分かっていないので、次回以降ですね」
「あ、生け捕り作戦ですが、ギルドとロマーノ閣下の周りには2日後に私達が西側へ行く、と情報を流してください。
王城関係には、4日後に東側へ、騎士団の特別編成部隊が向かう、とお願いします。
そろそろ妨害工作に出て来ても良いはずなので、ここいらで一つ攻めに回りましょう」
「分かりました。王城の方はお任せください」
「ふむ。ギルドの方は任せるのじゃ」
「ワシは自分の周りだけだからな。楽なものだ」
「いやー、偉い人がいると話が早くて助かりますね!
願わくば、自分の商館以外でやってもらえたら、言うことありませんけどねぇ・・・」
苦い顔で言う太一に、ようやくこの日初めての自然な笑いが場を包んだ。




