◆150話◆強化種とステラカナルの本気
「確かに手強いけど、何か知ってるのか!?」
文乃の忠告にファビオが反応する。
「仕組みとか理由は知らないけど、似たようなのとやり合ったのよ。
例のオーガと同じ。斬っても血が出ず、黒い靄みたいなのが代わりに出るのが特徴よ。
オーガの時は、途中から変わったんだけど、変わった後は力も速さも跳ね上がったから注意して!」
油断なくコボルトの動きを観察しながら文乃が説明をする。
「なんだそりゃ。確かに血が出て無ぇけど・・・
パワーアップするとか勘弁してほしいぜ」
同じく油断なくコボルトを遠巻きにしながらファビオが零す。
「情報ありがとう、アヤノ。
みんな、今からこいつ等はオークの上位種同等に扱う。
ナタリアとアンナは、最優先で奥の1匹の動きを封じてくれ。2匹同時はキツイ・・・
僕とファビオは、手前の奴を最速で片付ける。
アヤノは僕らの援護を優先させつつ、臨機応変に奥のヤツも牽制してくれ」
「「「「了解!」」」」
「出し惜しみは無しだ。最大戦力で行く!」
ジャンの指示に従い全員が一斉に動き出した。
最初に動いたのは文乃だった。
リスクを承知で、さらに射線の通る場所まで近づきながら、立て続けに矢を放つ。
頭上が少しクリアになったことで、手前のコボルトに対しては頭部も射程に捉える。
移動しながら放たれた5本の矢の内3本が手前のコボルトに、残り2本が奥のコボルトへと飛んでいった。
『ギャワオッッ!!』
まず手前のコボルトの右目、右肩、右腕に1本ずつ矢が命中し、叫び声を上げる。
『ギャギャッ』
奥のコボルトに対しては、今度は右の太ももに2本とも突き刺さった。
奥のコボルトに矢が刺さるのとほぼ同時に、今度はナタリアの魔法が発動した。
文乃が動き出すのと同タイミングで、呪文の詠唱を始めていたのだ。
「ピットフォール!」
コボルトの足元の地面が一瞬盛り上がったかと思うと、そのまま直径・深さともに1mほどの穴が開く。
『ギャワオッッ!?』
急に足元が無くなり落下したコボルトは、何が起きたか理解できず困惑の声を上げる。
穴からは胸から上が見えているような状況だ。
ようやく状況を把握したコボルトが、穴から這い上がろうとしたところへ、アンナからの追撃が飛ぶ。
アンナが弓につがえて放ったのは、目の粗い網だった。
一見細い糸で編まれていて頼りなく見えるが、特殊な金属が練り込まれた糸で編まれていて非常に丈夫だ。
無理に引き裂こうとすると、逆に肌が切れる。
『ギャ?ギャギャッ!?』
這い出そうとしていた動きを妨害され、さらに困惑するコボルト。
そこへ再び、ナタリアの魔法が飛ぶ。
「マッドネス!」
コボルトがはまっている穴を中心に、地面が一瞬で沼地のようにドロドロに変化した。
どうやら穴の中も泥沼化したようで、コボルトの体がもう一段穴底へと沈んでいく。
こうして、奥にいたコボルトはほぼ無力化される。
一方、目を潰されて怒り心頭のコボルトが、アヤノに向かって突撃してくる。
『ギャガーーーーーッ!!!』
「させないよっ!」
その側面から、盾を構えたジャンが体当たりを見舞う。
ドン、という鈍い音と共に、コボルトが5mほど吹っ飛ばされた。
『ンギャッッッ!!?』
良く見ると、ジャンの持つ盾が、うっすらと光を帯びているように見える。
一流の重戦士の証である、シールドバッシュの魔技だ。
魔法と加護スキルの中間のような技術で、魔力を使って物理的な技を発現するものの総称だ。
魔法程高い魔力は消費しないが、魔力さえあればある程度習得可能な魔法と違い、身に付けるのには訓練が必要なものが多い。
シールドバッシュの魔技は、盾と足腰に魔力を纏わせ、相手を吹き飛ばすものだ。
魔技の中では中級程度の難易度とされ、これが使えて初めて重戦士として一流だと言われている。
「おらぁぁっ!」
ゴロゴロと地面を転がるコボルトに、ファビオが追撃を掛ける。
こちらも薄っすらと全身に光を帯びている。
「くたばりやがれっ!!!」
滑るようにコボルトへと肉薄すると、体の前でクロスさせるように左肩に担いだ右手の剣を右下へと一気に振り下ろした。
淡い光の軌跡を残した剣は、ザン、という音と共にコボルトの首を斬り落とした。
片手剣を使うものが習得を目指すことが多い、スラッシュの魔技だ。
低い姿勢で素早く相手に近づき、その勢いを斬撃にも乗せて単発の斜め斬りを見舞う。
距離を詰めつつ強力な斬撃を見舞う事が出来るため、ファビオのような軽戦士に打ってつけの技と言えるだろう。
万能に見える魔技だが、いくつかリスクも存在する。
まず、そもそもの習得が難しい。
魔法のように明確な体系が無いため、当人の感覚を頼りに真似をして身に付けるしかない。
二つ目が、魔力を消費する点だ。魔法程ではないとは言え、そこそこ消費が激しい。
しかも元々、魔力の多い者は魔法師になることが多いので、魔技を使う物理職は魔力が少ない者が多い。
そのため、連発することは出来ずここぞと言う時にのみ使うことがほとんどだ。
また、決められた動きを強制されることが多く、途中で止めることが難しい。
使いどころを間違えると、大きな隙を晒してしまいかねないのだ。
もっとも、そうしたリスクを踏まえても強力であるが故、皆魔技の習得を目指す。
今回のように、上手く使えば一瞬で局面を打開できる、まさに“必殺技”だ。
首を刎ねた後もしばらく構えを解かず様子を見ていたファビオだったが、完全に動きを止めたのを見て、標的を奥のコボルトへと変える。
とは言えこちらはすでに無力化されいるものの、回りが泥沼化しているので迂闊に近づけない。
「おーい、アヤノ。こいつに止め刺して貰っていいか?
俺とジャンは届かねぇし、ナタリアの魔法だとバラバラになるか消し炭にしちまうからな・・・」
「分かったわ。アンナも手伝ってくれる?」
「はいはーい。じゃあ私はナイフで喉を狙うね」
「ええ、私は頭ね」
まともに身動きが取れないコボルトは、文乃の近距離からの弓とアンナの投げナイフをもろに受け、絶命した。
「ふぅ。何とか片付いたね・・・」
「初めて本気で戦ってるの見たけど、流石C級パーティーね。あっという間だったわ」
文乃が素直に賞賛の言葉を贈る。
「ありがとう。でも言うほど余裕でも無いんだよね・・・。
僕もファビオも、魔力が少ないから、魔技は3回も使うと魔力切れを起こすし」
「それでもノーダメージで2匹を綺麗に倒したんだから、大したものよ」
謙遜するジャンに尚も賞賛を送る文乃。
今回は、検体としてなるべく綺麗に倒すというハンデがあったが、ただ倒すだけであれば更に余裕があっただろう。
「さて、これで魔物は片付いたから、一旦引き上げようと思うけど・・・
あの木の板の山が気になるわね・・・」
コボルトの死体を沼から引き揚げながら、文乃が呟く。
「そうだね。怪しい魔物が居た所に偶々板が置いてある、なんて偶然は無いからね・・・
小屋みたいなのが潰れたか壊したかして放置されてると見るのが妥当だろうね」
「私もそう思う。こっちがひと段落したら、最後にあの木の山を調べてみましょうか」
「分かった」
30分ほど死体の引き上げと持ち運べるよう布に包んだり簡易な担架を作ったりした後、一行は小屋の残骸と思われる木の山の調査を開始した。