◆146話◆調査開始
国王から、魔物の兵器転用についての調査を依頼された日の夜、太一と文乃は商館の2階で意見の擦り合わせを行っていた。
「聖魔教を興したウルグリムってさ、召喚者だよねぇ、きっと。。。」
「前世の記憶があって、高い魔力があって、さらにそれを利用して宗教を興す・・・可能性は高いわね」
「この世界はリアルに神様がいて、ご利益の範囲がはっきりしてるから、信仰はあっても宗教って感じじゃないんだよね。
倫理やら道徳やらも宗教ベースにならないし、一神教も成り立たないと言うかそんな概念は生まれない。
そんな中、この聖魔教ってヤツだけがあまりに生臭いと言うか、俺らの知ってる“宗教”っぽいんだよね。
まぁ教義自体はカルトのそれだけどさ、この世界の在り方に上手いことアジャストさせたもんだわな」
「そうね。まぁ本人はもう亡くなってるから、今どんな感じなのかは分からないけど・・・
他国への布教が始まったっていうのはマズイわね。
いわゆる宗教的なものに対する耐性が無い人がほとんどだから、トンデモな教義でも信者が増える可能性があるし」
「うん。
それに、今回はたまたま未遂で済ませられたけど、何かしらの成果が出てしまったら・・・
それこそ神の御業だとか言って正当化されて、一気に盛り上がっちゃう可能性が高いんだよなぁ。
特に皇国みたいにさ、戦争に負け続けて上層部にも国民にも不満が溜まってるような国だと、捌け口求めちゃうし」
「宗教戦争みたいな状態になる前に止めないと、大変なことになるわね、これ」
「そう思うよ。まぁだからこそ素直に受けたって話でもあるけどさぁ、正直荷が重いよなぁ・・・。
完全に後手に回っちゃってるもの。
冗談じゃなくワルターさんの言う通り、近々聖魔教国に潜入しないと駄目かもなぁ」
「根本を絶つならそうなりそうね。
まずはその前に皇国の状況からになるでしょうけど」
「待ってはくれないもんなぁ・・・
まぁいいか。ひとまずは昼に言った通りに動こう。
文乃さんはジャン達と小物大量発生事件の方を洗ってもらっていい?
ワルターさん達のチームと2チーム体制で手分けして探って貰えると助かる」
「分かったわ。太一さんはどうするの?
例の検体の調査はするとしても、付きっきりになる訳じゃないでしょ?」
「情報収集と餌撒き、かなぁ。
皇国にしろ聖魔教国にしろ、上辺の情報しか無いからさ。
大きめの商会から色々情報を集めるつもり。ウチの商会も閉めるわけにはいかないしね」
「餌撒きっていうのは?」
「今回の暗殺未遂事件ってさ、あまりに鮮やか過ぎたと思わない?
レンベック救出作戦が決まってから、それを実行して、その後すぐに式典でしょ。一月も経ってない。
住民であれば式典がいつあるかくらいは分かるけど、式次第なんて知りようもない。
なのに今回、敵国のエージェントが準備を整えた上でばっちり場所とタイミングを合わせてきた・・・」
「・・・・・・情報を漏らしている者がいる、と?」
「人なのか物なのかは分からないけどね。情報が漏れる前提で、どこから漏れるのかをある程度特定しようと思ってる。
国王様周辺、騎士団周辺、宰相閣下周辺、ロマーノ様周辺、ギルド周辺にそれぞれ別の偽情報を流して、どれに食いつくか見てみるつもり」
「なるほどね。情報が漏れてるならそこを押さえないと今後も動けないものね・・・
分かった。そっちは任せるわね」
「うん。そっちも大変だと思うけど、よろしくね」
翌朝、文乃はジャン達ステラカナルの面々と、彼らの馬車で移動していた。
まずはある程度土地勘のある所の方が良いだろうということで、以前文乃と太一が依頼をこなしたハイデン村へと向かうことにしたのだ。
「アヤノと一緒に出掛けるのも久しぶりだねー」
「そうね。顔は合わせても一緒に行動することはほとんど無かったわね」
御者台に並んで座ったアンナと文乃が、会話に花を咲かせている。
動物好きの文乃が、お願いして御者のやり方を教えてもらいながら移動しているのだ。
「あ、そう言えば聞いたわよ?C級へ昇格したんですって?おめでとう!!」
「あははー、ありがとう!
この前の救出作戦への参加と、一昨日の事件でのオーク討伐が大きかったから、アヤノとタイチのお陰だけどねー」
「そんなことないと思うわよ?どっちも実力が無ければ参加したって大して評価されないもの。
多少のきっかけくらいにはなってるかもしれないけど、正しくアンナの実力よ」
「えへへー、そうかなぁ」
嬉しそうにはにかむアンナ。
本人の言う通り、直近で起きた二つの出来事で活躍し、つい昨日晴れてC級へと昇格していた。
レンベックでの作戦では、ジャンと共に宿営地の警備について何体もの魔物を仕留めていた。
また、先日の国王暗殺未遂事件においては、持ち前の索敵能力の高さを生かして早々にオークを捕捉、早期撃破に貢献していた。
それらが評価されポイントが加算された事で、C級昇格への条件を満たしたのだった。
「まーでも、こっからがまた大変だけどねー。せっかく昇級できたんだから、ちゃんと維持したいしさー」
C級は1年以上維持できてこそホンモノと言われている。
ワンチャンスを物にしC級に上がることは出来ても、継続して成果が上げられずに降級する者が多いためだ。
「そうね。でも当面心配いらないんじゃない?
今回の任命もギルドマスターの推薦でしょ?真面目に任務をこなしてれば、また評価されるはずよ?
まぁ面倒事に巻き込んじゃった訳だから、ちょっと申し訳ないけど・・・」
「んーーん、アヤノにもタイチにも感謝してるんだ、あたし。
D級までは割とスムーズに来てたけど、ちょっと頭打ちになってたところだったし・・・
こうやって巻き込まれでもしなければ、ずっとD級で燻ってたと思うんだ」
「そう。お役に立てたのであれば良かったわ。
これからもよろしくね」
「うん、こちらこそー」
道中、特にトラブルも無く1時間半ほどでハイデン村へと辿り着いた。
「まだ一月前くらいだけど、懐かしいわね・・・」
挨拶のため、村長の家へと馬車を向けながら文乃が零す。
麦の収穫が無事に終わり、村には明るいムードが漂っている。
村長の家に近づくと、見知った顔が暇そうに門番をしているのが目に入った。
少し離れた所で馬車を止めると、文乃がその男に声を掛ける。
「ニコラスさん、お久しぶりです!」
急に声を掛けられたニコラスは、びくっとして文乃の顔をまじまじと見つめる。
「あん?だれ・・・ってアヤノさんじゃないか!!!
久しぶりだな!今日はどうしたんだ?」
「前のコボルト大発生について、ちょっと原因を調べようと思ってるの。
それで村長に一言挨拶しておこうと思って」
「そう言うことか。あんたなら問題ないと思うが、念のため確認してくるから待っててくれ。
あぁ、きっとお嬢さんが大喜びするだろうな」
そう言ってニコラスが小走りで館へと駆けていく。
そして数分後。
「おねーさまーーーーーーっっ!!!!」
嬉しそうに手を振りながら、村長の娘であるクリスタが館から飛び出してきた。




