◆145話◆聖魔教国
聖魔教国。正式名称、聖ウルグリム国はタケンテス皇国のさらに西方に位置する小国だ。
聖ウルグリムという聖人を戴く宗教、聖魔教を国教とする宗教国家のため、聖魔教国と呼ばれている。
地球にも過去~現在にかけて宗教国家は数多あるし、そもそも日本も神道をベースにして国家が纏まった経緯がある。
宗教国家だからと言って、太一には特段思うところがある訳ではない。
しかし、教義を絶対とする国、特に一神教の国は他の宗教を受け入れられないため、中東紛争のように対立しやすいのは事実だろう。
また、宗教を発端にした争いというのは、その国の在り方そのものを賭けた争いであり、国民一人一人にまで波及するため、凄惨な争いになることが多い。
そして一番問題だと考えているのが、上層部の暴走だ。
性質上、上層部に権力が過度に集中し、全てが神の名のもとに正当化されるため、上層部の方針を止める事が出来ないのだ。
聖魔教国はまさにこの状態で、周辺国と常にきな臭い関係が続いている。
「魔物を利用する、という時点でそうじゃないかと危惧してましたが・・・
嫌な予感ほど当たりますね」
これ以上ないほど渋い表情で太一がそう零す。
「全くです。関わり合いたくないことこの上ないのですが、事が起きてしまった以上無視できませんし・・・」
そう言うユリウスの表情も、この上なく渋い。
聖魔教国が、それほどまでに関わり合いたくない国なのは、聖魔教の教義に原因がある。
聖魔教の教義では、人が進化・退化したものが魔物なのだと定義している。
堕落した者は来世で下位の魔物に退化し、徳を積んだ者は上位の魔物へと進化するらしい。
この上位の魔物のことを聖なる魔物、聖魔と呼ぶことから聖魔教と名付けられている。
そして最終的に人は全て魔物になり、上位の魔物が支配するのがこの世界の正しい在り方なのだとか。
ゆえに、下位の魔物は忌むべきもの、支配すべきものであり、上位の魔物は崇拝し、従うべきものなのだと言う。
それを理解していない者は全て下位の魔物と同じであり、改心しなければ滅ぼすべき存在としているため、他国との軋轢が絶えない。
ちなみに聖人として聖魔教を起こしたウルグリムは、自身を聖魔神だと嘯いていた。
強大な魔力を持っていた彼は又、前世の記憶も持っていると言い、教えを広めて信者を増やし、小国とは言え一代で国を作り上げた。
ウルグリムが亡き後は、彼ほど強力な力を持った指導者が現れることはなかった。
しかし、宗教国家ならではの団結力で半ば鎖国状態ながら今に至るまで何百年も国家の体を維持しているのは、見上げたものだと言える。
「でも、皇国と聖魔教国って、国交ありませんよね?
と言うか、聖魔教国って対立してる国こそ無数にあれど、友好国なんて無いはずでは?」
「ええ。ですが、半年ほど前に皇王が倒れてから方針が変わったようです。
皇王の命に別状は無いようですが、公務をこなせる状態ではなく、第一皇子が摂政を務めていますが、その第一皇子が国交を樹立したそうですね。
どちら側から持ち掛けたものなのかは分かりませんが・・・まぁ聖魔教国からでしょうね。
皇国は皇国内での聖魔教の布教を認める代わりに、聖魔教国の持つ魔物研究の成果を手に入れました」
「なるほど・・・。
相当思い切った舵取りをしましたね、皇国は。それだけ聖魔教国のやり方が巧みだったのか、第一皇子の思慮が足りないのか・・・
いずれにせよ、皇国の危険度は聖魔教国と同程度以上と見た方が良さそうですね」
「はい。聖魔教国は国力が無かったため、良くも悪くも現状維持でしたが・・・皇国は大国ではありませんが、国力は聖魔教国とは段違いです。
近いうちにまた、何かしらの行動を起こすことは間違いないでしょうね」
「面倒なことになりましたね・・・」
「全くですよ」
再び2人で渋い顔を見合わせて溜め息を吐いた。
「それで、私達はどういった任務に就くことになるのでしょうか?」
事件の裏側を理解した太一は、今度は自分たちのミッションについての話を切り出す。
「現時点では、これと決まった任務がある訳ではありません。
皇国が表立った行動をするまでは、タイチ殿たちの判断で、本件に関する調査を進め、週1回報告をお願いします。
騎士団が動くと、どこかで必ず皇国にも動きが漏れますからね・・・
もっとも、国王暗殺未遂事件が起きたのですから、騎士団が動くこと自体は当然で不自然ではないので、当然表向きの調査は開始します。
ですが、その裏を突くことが出来る別動隊も必要です。
タイチ殿たちは、商会の商い的にも王都を離れて行動しても怪しくありませんし、レンベックに滞在しても不自然さがありません。
我々はそれを利用させて貰いたい、という腹づもりです」
「なるほど、そういうことでしたか・・・
分かりました。そのお話正式に受けさせていただきます」
「ありがとうございます。
調査にかかる費用は全てこちらで持ちますので、ひとまず全て商会の支払いとしておいてください。
ああ、後ほど前払いの軍資金として、ある程度お渡ししておきます。あ、返金は不要ですし、何に使ったかの報告も不要です」
「それはさすがに・・・・・・。いえ、ありがとうございます」
あまりの待遇の良さに断ろうとしたが、おそらく国王を守ったことへの恩賞が含まれているのだろうと気付き、ありがたく頂戴することにした。
「よろしくお願いしますね」
こうして、国王直下の秘密部隊としての任務を受けた太一達は、再び商館へと戻っていった。
「悪いな、ジャン。何かとんでもないことに巻き込んじゃって・・・」
商館に戻って早々、完全に巻き込まれた形のジャン達に謝罪する太一。
「はっはっは、何を今更。2人の後見を頼まれた時から、色々あるだろうとは思ってたからね。問題ないよ」
「そうそう。それにね、これは私達にとっても出世の大チャンスなんだから、逆に美味しい話でもあるのよ?」
しかし当のジャンもアンナも、迷惑どころか逆に嬉しそうなくらいだった。
「そう言うこったな。てか今に始まったことじゃ無いしな。もう慣れたぜ」
「うん。思えばタイチたちは最初からおかしかった」
ファビオもナタリアもそれを肯定する。
「だとよ、リーダー。良かったじゃねぇか。
で、まずはどっから手ぇつけるつもりだ?まさか聖魔教国に潜入するとか言わねぇよな??」
これまたいつも通りに、ワルターが軽口交じりに問い掛ける。
「お?ワルターさん潜入したいんだ??」
「いやいやいやいや、勘弁してくれよ!!」
「あははは、さすがにいきなり潜入はしないよ。
まずは3つほど手を付けるつもりだ。
一つ目は冒険者ギルドの方で進めている、特殊個体についての調査。
特にオーガはまるまる1体氷漬けにしてるから、何らかのヒントがあるはずだ。
二つ目は、前に逃げてきたクリムゾンベアがいた西の森。あそこを再調査しようと思ってる。
で三つ目。少し前にあった小物の大量発生があった場所の近辺調査。
二つ目と三つ目の出来事は、今回の件に絡んでる可能性が高いと見てる。
まぁ西の森は全員で行かないと危険だから後に回すとして、それ以外を手分けして進めるつもりだ。
ついでに普通の依頼もこなせば一石二鳥だし。
皆、明日から早速よろしく頼む」
軽く頭を下げる太一に、全員が頷いた。




