◆144話◆黒幕
翌朝二の鐘が鳴る頃、ケットシーの鞄の商館前には大型の馬車が3台並んでいた。
近隣の商館や住人が、何事かとザワついている。
貴族街に近く、裕福な層が住んでいるエリアなので、豪華な馬車が停まることなど珍しくは無いのだが、問題はそこに描かれている紋章だ。
流石に王家の紋章の入った豪華な馬車が複数台、朝から迎えに来ることはそうそう無い。
「タイチ宮廷爵様、お仲間の皆様、おはようございます!
本日は私シルヴェスタ以下6名の第一騎士団員にて、お送りさせていただきます!」
しかも王国の騎士団付きだった。
褒賞式の日に門衛をしていた、ピアジオの学友だったというシルヴェスタが代表として挨拶をする。
「シルヴェスタさん、お久しぶりです。
わざわざのお出迎えありがとうございます。
ただ、もうちょっとこう、控え目なお迎えは出来なかったもんですかね・・・?」
挨拶を受けながら苦笑する太一に、シルヴェスタはニヤリと笑い返す。
「何を仰います。昨日ルディガー国王陛下をお守りした英雄なのです。
この程度の事は当たり前ですよ」
「か~~、英雄だってよリーダー。
こりゃあ、吟遊詩人の歌になる日も近ぇな」
いつも通り、ワルターが茶々を入れてくる。
「うへぇ、勘弁してよ・・・
あーっと、すいませんシルヴェスタさん。人だかりが出来そうなので、行きましょうか」
「はっ!かしこまりました!!」
こうして太一達一行は、3台の馬車に分乗して王城へと向かっていった。
王城へ着いた太一達は、応接室へと案内された。
何度か王城を訪れている太一だったが、応接室へ通されたのは初めてだった。
「はー、こりゃまた広い応接室だな・・・」
思わずそう零すワルターの言う通り、10m四方はありそうな広々とした応接室だ。
王城の応接室だけあってさすがに豪華だが、過度な装飾はされていない調度品の数々はセンスが良い。
「何かこの部屋、涼しくないですか?」
触って壊したら大変なことになりそうだと、挙動不審になっているレイアが言う。
「冷風機を使ってるわね、この部屋。
確か四季天井、だったかしら?トミー商会の最新型冷風機よ。
まさかもう王城で使われてるなんて・・・」
天井を指差しながら文乃が答える。
「えぇっ!?あの天井に埋まってるのが冷風機なんですか??
お店とかで何度か見たことありますけど、貴族様向けの冷風機って、もっとこう、派手だったような・・・?」
レイアが首を傾げていると、奥にある扉が開き人が入ってきた。
「はっはっは、あんな派手な冷風機を置くと、他の調度品も派手にせねばならんからな。
部屋中が派手になりすぎて、落ち着かなくて敵わんのだ」
比較的ラフな服装で出て来てこう言い放ったのは、レンベック現国王ルディガー・レンベルバッハその人だった。
「こっ、国王陛下っっ!!!???」
突然の国王の登場に驚愕し、慌てて片膝を付く一行。
「あー、よいよい。立ってくれ。非公式な場だ。堅苦しいのは嫌いでな」
「いや、しかし・・・」
立って良いものか困惑する一行に、ルディガーのすぐ脇に控えていた人物が溜め息交じりに話し掛ける。
「だから申し上げたんですよ、陛下・・・。
いきなり登場されたら、何を言ったところで皆さま恐縮される、と」
苦言を呈しているのは、宰相のユリウスだった。
「すみませんねタイチ殿、皆さま。
少しで良いからどうしても顔を出すと言い出して聞かなくて・・・」
「はっはっは、そういうことだ。すまんなタイチ。
今日皆にも集まって貰ったのは、他でもない余の我儘でな。
今回の一件を解決するには、騎士団以外にも自由に動ける部隊が必要だと考えておる。
あらためて募っても良かったのだが、ツェツェーリエの奴がそれならと其方らを推挙してきおった。
実力のある若手と実績十分なベテランでバランスも良いし、何より事件の概要をすでに知っていて最適だ、とな。
急な抜擢故、余から直接伝えたかったのだ。其方らの力を貸してくれ」
「「「か、かしこまりました」」」
「「「「はは、はい!!」」」」
突然の王からの依頼に、慌てて返事を返すのが精いっぱいの一同。
「やれやれ、順序立ててお話しするつもりだったんですが、いきなり結論をお話ししてしまいましたね・・・
まぁそういうことです。すぐに戻ってきますので、詳細はそこでお話しします。
さ、陛下参りますよ」
「うむ。突然悪かったな、許せ。今後とも頼む」
そう言い残すと、ルディガーは颯爽と立ち去っていった。それを呆然と見送る一行。
「・・・・・・まぁ、そういうことらしいから、よろしくね」
太一も苦笑しながらそう呟くのが精一杯だった。
言葉通り、10分ほどでユリウスが戻ってきた。
ロマーノと騎士団長のレイバックも一緒だ。
「お待たせしました皆様。そして先程は驚かせてしまい申し訳ありません」
苦笑いしながらユリウスが申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「いえ。まぁ確かに驚きましたけど、陛下の口から直接お伺いできて良かったです」
「そう言っていただけると助かります。
大枠は陛下のお話にあった通りなので、私からは具体的なお話を詳しくさせていただきます」
「お願いします」
ユリウスの言葉に、全員の顔が一段引き締まった。
「まずは、捕らえた賊から得られた情報からお話しします」
とは言え、多くのことが分かった訳では無いですが、と前置きしてユリウスが話し始める。
「今回の事件を引き起こしたのは、皇国であることは間違いありません。
捕らえた実行犯の2人も、冒険者などではなく皇国の特務部隊の一員だそうです」
「特務部隊・・・」
「はい。魔物の軍事利用を研究する部隊だそうです」
「魔物の軍事利用ですか・・・何となくそんなことだろうと思ってましたが、やはりそうでしたか」
「ええ。最初は魔物を調教したり洗脳したりして、奴隷のように扱おうとしていたそうですが、成果の割に犠牲が多いため断念。
それからは、魔物を敵陣に放つ方向で研究を進めたそうです」
「なるほど・・・それで出来上がったのが、魔物を封印するような魔法具ですか」
「はい。封魔石、と言うそうですよ?ようやく最近、実用レベルに扱ぎつけたとか。
今回捕らえたのは研究部隊ではなく実働部隊なので、作り方やどの程度の魔物が手駒にあるのか等、詳しいことは依然不明ですが・・・
少なくとも皇国は、オーガクラスの魔物を複数、ほぼノーリスクでこちら側へ送り込めるということです」
「・・・・・・厄介ですね」
「ええ、全くもって・・・
また、基本相手方へ送り込んで暴れさせる使い方になるので、人工的に魔物を強化する研究もしているようです」
「今回のあの黒い煙のようなものが・・・?」
「おそらくは。
そして、ここからが一番大事なところなのですが・・・
“皇国の”狙いは、我が国への軍事侵攻による領土拡大です。
陛下を暗殺し、混乱に乗じて兵を挙げる予定だったとか」
「なるほど・・・戦闘にも投入できるし、今回のような使い方も出来る、と。
でも、ちょっと違和感がありますね」
「・・・やはりタイチ殿もそう思いますか?」
「ええ・・・」
一見、魔物を投入できることは、戦争において強力な手札のように見える。
しかし、奴隷のように使役している訳では無いのであれば、大きなリスクも伴う。
「だって、仮に戦線に強力な魔物を投入して、相手方を倒したとして、その魔物は誰が処分するんでしょうか?
敵の軍勢を倒したら、次に狙われるのは自分たちですからね。共倒れになる可能性が高い。
封魔石、でしたっけ?今回投入された数量から考えると、魔物を取り出すのは簡単でも、封じ込めるのは難易度が高そうですから・・・
無視できないはずです。
それに、今回の暗殺未遂もそうです。
確かに一見、国王陛下を低リスクで暗殺できて良さそうですが、仮に暗殺できた場合、魔物は次々と人を襲います。
ましてや街にも魔物を放ってますからね。被害は甚大なものになるでしょう。
そんな魔物に滅ぼされたような街を得ても、今までと同じ人数でより広いエリアを守らなければならなくなるだけで、ウマみが無い。
住民やら兵士やらを一緒に手に入れないと、占領後の統治も領土の拡大も無理なはずです。
そう考えると、一気に皇国の目的が分からなくなるんですけどね・・・」
「ふふふ、やはりあなたを抜擢して正解でしたよ。
私も全く同じ疑問を持ちました。最初は、目的が別にあるんじゃないかと。
ですが、そうでは無かった・・・
あくまで皇国は、今の使い方で問題無く領土拡大できると思っているんです」
「どういうことですか?」
「賊の話によると、この魔物の研究は、他所の国からもたらされたらしいですよ?」
「他所の国?・・・っ!!?まさか!?」
「おそらくそのまさかです」
「皇国も、その他所の国に利用されている・・・?」
「ええ。そう考えると腑に落ちるんですよね。
どこかの国が魔物の怪しげな研究成果を持ち込んできた。
連敗続きの皇国は、藁にもすがる勢いでそれに食いついた。
正常な判断が出来ない状態でしょうから、戦後の事を全く考えていない可能性もありますが。。。
後から魔物など、簡単に封印できるとか唆されてるのでは無いでしょうか?」
「そして、その話を持ち掛けた国が黒幕で、その国にとっては、我が国が焦土となろうが全く気にしていない、と」
「はい。むしろ焦土となることが狙いなのかもしれません」
「・・・・・・ひょっとして持ち込んだ国って?」
「聖魔教国です」
ユリウスの口から出てきた言葉に、太一は深い溜め息を吐いた。