◆143話◆皇国の影
褒賞の場が一転、街中に複数のモンスターが現れるという大惨事に見舞われたにも拘わらず、住民のお祭り騒ぎは鎮静化するどころかさらに熱を帯びていた。
(おそらく)陽動目的で城下に放たれたオークが人垣の後ろだったことで、直接的な被害に遭った住民が少なかったことと、
オーガに襲われた国王が、逃げることなくその場に残り、太一とロマーノ、そしてツェツェーリエという新旧の英雄によって脅威が排除されたことが大きかった。
国王側も、要らぬ不安を住民に与えぬようそれに乗っかり、国王自らがすぐに勝利宣言を行ったのも大きな要因だろう。
ネガティブになられるよりは余程良いのだが、それで事の重大さが変わる訳も無く、為政者たちの危機感も跳ね上がっていた。
事後処理があるためパレードは中止となったため、国王の勝利宣言の後、式典は終了した。
街中に現れたオークは、騎士団と冒険者たちの手で討伐され、検体として速やかに冒険者ギルドに運び込まれた。
そのオークを街に放ったと思われる人物だが、早々に動いたツェツェーリエのお陰で、一人の身柄を拘束している。
また、本命のオーガをけしかけた男も、文乃の放った矢を肩口と太ももに受けてまともに動け無いところをワルターに身柄を確保された。
両者とも最低限の治療をされた後、王城の牢へと入れられている。
その日の夕方、事情聴取が終わった太一達は、ひとまず商館に戻って来ていた。
市街地での戦闘に加わっていた、ジャンたちも一緒だ。
フィオレンティーナも別邸に戻らず、太一達と行動を共にしている。
事後処理の為、ロマーノが王城に残っているのと、怪我をしたピアジオも今夜は救護室に泊まるため、太一の商館が最も安全と判断されたためだ。
「しっかしとんでもない目に遭ったなぁ・・・
全員大した怪我も無かったのは、奇跡みてぇなもんだわな」
疲れた顔でワルターがそう零す。
「ホントですよ!リーダーなんかオーガとやり合ったそうじゃないですか!?
良く生きてますよね、それで!!」
「レイア・・・その言い方・・・」
はぁ、と溜め息を吐きながら太一が窘めるが、レイアの言うことももっともだろう。
「ははは、レイア嬢の言うことももっともですよ?
なんせオーガは単体でもC級中位~上位の位置づけですからね」
ジャンがレイアの言っていることを肯定する。
「今回は運が良かったよ・・・。
文乃さんもファーストアタックで目を潰せたし、ヤバいタイミングでロマーノ様とツェツェーリエさんに助けて貰えたし。
あの2人がいなかったら、どうなっていたことやら・・・」
「残念ながら、その2人の戦うところを見られなかったんだけど、そんなに凄かったのかい?」
「ああ。モノが違ったよ、あの二人は。ねぇ文乃さん?」
「ええ。ロマーノ様は王城に空いた穴から槍を投げた上、そこから槍の束を抱えて飛び降りて登場。
その槍でオーガを簡単にあしらってたわね・・・
技だけならまだしも、純粋なパワーでもオーガと互角以上だったわ」
「お父様が・・・」
「うん。フィオ、君の父上はやっぱりとんでもない人だったよ。まさしく英雄だわ、ありゃあ」
「あ、ありがとうございます」
謙遜しながらお礼を言うフィオレンティーナだが、その表情はとても嬉しそうだ。
「ツェツェーリエさんが凄いのは前にも見たけど、今回も凄かった・・・
一瞬でオーガを氷漬けにしてたよ」
「なんと!氷魔法を使ったのかい!?」
「うん。オーガを一瞬で氷漬けにしてたよ?タバサさん、それがどうかした??」
「氷の魔法ってのはね、基本的な炎とか風の魔法と比べて制御が難しいんだよ。
生きてるオーガを氷漬けにするような氷の魔法なんて、聞いたこと無いね」
「あらぁ、そうなんだ・・・
やっぱり現役のS級ってのは、とんでもないね・・・」
「あ、あと宰相閣下もそっち寄りだったことも付け加えておくわ」
「え!?宰相閣下が??」
「相当な土魔法の使い手だったわよ?
ツェツェーリエさんが来るまでの間、石壁の中にオーガを閉じ込めてたのは宰相閣下だったし。
城の壁を材料にして石壁を作る辺りは、色んな意味で宰相閣下にしか出来ない所業よね・・・」
「あのテラスに出来てた壁、宰相閣下が作ったヤツだったのか・・・」
「聞いたことはあるね。魔法学園でも天才と呼ばれていたらしいからね」
「国の中枢には、やっぱバケモンが集まってるんだなぁ・・・
まぁ何にせよ、みんな無事で良かったよ」
仰向けになりそうなくらい背もたれにもたれ掛けながら、しみじみと太一が呟いた。
「そういや、ワルターさんが確保した男って、どんな奴だった?」
「服装はこれと言った特徴は無い感じだったな。良くも悪くも冒険者風と言うか・・・
結構な怪我をしてたから、まともに喋れる状態じゃなかったけどよ、ありゃ多分皇国の奴じゃねぇかな?
言葉に皇国訛りがあったから」
「皇国って言うと、ダレッカ近辺にちょっかい出し続けてる国だっけ?」
「そそ。まぁ偶々アイツが皇国出身だっただけかもしれねぇけどな・・・
その辺はギルマスが捕まえたもう一人と合わせて、絶賛尋問中だろうよ」
「尋問の結果が出て、俺たちにも知らせた方が良いなら教えてくれるだろうから、ひとまずそれ待ちかぁ」
「何言ってんだよリーダー。
リーダーはもう貴族になったんだから、知らせてくるに決まってんだろ?
情報量の多少はあるかもしれねぇけど、国王様や宰相閣下、ロマーノ様とも距離が近いんだ。
多分すぐに報告が来るに決まってるよ」
「そうだね。ただの報告じゃなくて、意見を聞かせろって話になるだろうから、明日にでもまた王城に呼ばれるんじゃない?」
からからうようにジャンが言う。
「うへぇ・・・ちょっともうお腹一杯だから勘弁してほしいな・・・」
「まー、無理だろうな。
そもそも、またもや国を救ってるからな、リーダーは。
しかも今回は国王様の命を守るって、これ以上無いくらい分かりやすい形で」
「あーーーー、そうなるか、やっぱ。
なんだかなぁ、もう・・・」
等とぼやいていると、閉店の札を出しているドアがコツコツとノックされた。
「ほほぅ、これがタイチの商館か。中々良いではないか」
閉店の札が掛かっていても構わずノックする時点で、やんごとなき方であることは確定なのだが、やはりそうだった。
楽しそうに商館を見渡して、ツェツェーリエは満足気だ。
「ツェツェーリエさんが来た、ということは例の捕らえた者に関するお話ですか?」
「うむ。その通りじゃ。
まぁ詳細は明日、王城に来て貰ってからだが、要点だけ先にと思ってな。ちょいと飛んできたわい」
「・・・ありがとうございます。
と言うか、最近転移スキルを安売りしすぎじゃないですか??」
「お前さんたちには完全にバレておるからな。使わないと損じゃろ?」
「いやまぁ、それはそうかもしれませんけど・・・」
「そんなことより、例の賊じゃがな。どうやら皇国の手の者であるのは間違いなさそうじゃ」
「やっぱりかぁ・・・」
「ん?なんじゃワルターは気付いておったのか??」
「あ、いや。俺が捕らえた奴が皇国訛りっぽかったんで、その可能性はあるって話をしてたとこだったんですよ」
「なるほどの。前にタイチと話していた通り、どうやら魔物を封じ込める魔法具の開発に成功したようじゃ。
いや、魔法具と言って良いか分からぬが・・・まぁ似たような手段を皇国が持っているということじゃ」
「魔物を封じ込める魔法具・・・
まぁ今回の状況からも、それしか考えられないですからね。
しかもそれほど大きなものじゃないでしょうから、簡単に持ち込まれるのが厄介ですね・・・」
「そうじゃな。持ち込みもそうじゃが、輸送自体が簡単だからの。
いつどこで使われるか分かったもんではないわい」
「目的は国王様の暗殺ですか?」
「表向きはそうなるがな、おそらく目的ではなく手段じゃろうな」
「国王様の暗殺が、手段??」
「そうじゃ。これ以上ここでは詳しく言えぬが、単純な暗殺事件では無さそうじゃ。
詳しくは明日、王城での。
まあ、明日は今ここに居る連中全員で来てもらうから言っても同じなんじゃが、ユリウスの奴がうるさいからの」
「「「「「「「えっ!?」」」」」」
ツェツェーリエの爆弾発言に固まる一同。
「フローターズの面々はまだ分かるとして、私達もですか??」
ジャンが驚いて尋ねる。
「ああ。今回の一件で、完全にタイチの仲間たち、という一括りにされておるぞ、お主らは。
もちろん、実績を上げていることが大前提じゃぞ?
まぁ倒し始めたゴブリンの群れ、と言う奴じゃ。今後も色々と頼むに当たって、タイチとアヤノだけでは限界があるからの。
じゃあ明日はよろしく頼むぞ?じゃあの」
言いたいことを言い終わると、姿を消すツェツェーリエ。やはり加護の大安売りだ。
「はぁ、ついに俺らもタイチの一味にされちまったか・・・
ま、いつかこうなるだろうなとは思ってたけどよ」
「はっはっは、スマンな皆。こればっかりは、俺にはどうすることも出来ないから・・・
運が悪かったと思って諦めてくれ」
「まぁ、リーダーだから仕方ないよね」
「だなぁ。タイチだもんなぁ」
レイアとファビオの台詞に、全員がうんうんと頷いている。
「えぇぇぇ・・・そりゃないでしょ。でもまぁ、いいか。
とりあえず、明日からも頑張ろうーーー」
「「「「「「「「おーー」」」」」」」
緩い団結を見せて、魔物による国王暗殺未遂事件の一日が暮れていった。