◆142話◆決着と手掛かり
太一とロマーノが向かっていく間も、ユリウスが作った石壁がオーガによって少しずつ崩されていた。
それを見てロマーノが首を傾げる。
「いかにオーガと言えど、普通はこの厚みの石壁を壊すまでの力は無いはずだが・・・
さっきのヤツと言い、特殊個体か?」
太一は初めてオーガと戦ったが、やはりこの個体は普通ではないようだ。
特に、黒い霧が噴き出してからの様子は、素人目に見ても尋常ではない。
「さて、まだピンピンしておるな・・・どうしたものか」
二本束ねて持った槍で、肩をトントンと叩きながら思案するロマーノ。
「壁を解除すると同時に倒すのが楽そうですが、ユリウスさんも気を失ってますしね」
「うむ。隙間から串刺しにするか、いっそのこと壁が壊れるまで待つか・・・」
「そんな悠長な真似などしてはおれんわ。わしに任せるのじゃ」
ロマーノが方法を考えていると、聞き慣れた声が被せてきた。
「ツェツェーリエさん!そっちは片付いたんですか?」
「無論じゃ。オークを倒して、それを手引きしたと思しき者も生け捕りにして騎士団に預けて戻って来たんじゃ。
しかしオークは陽動で、こっちのオーガが本命じゃったか・・・」
声の主はツェツェーリエだった。加護の力で、文字通り飛んで戻って来たのだろう。
「さて、それよりそこのデカブツじゃが、何やら普通ではない魔力が噴き出しておるようじゃの。
こ奴等の正体を突き止める上でも貴重な素体じゃ、綺麗な標本にしてやるかの。
少し集中に時間が掛かる。スマンがその間だけ注意をしていてくれ」
そう頼み事をすると、早速魔力を集中させ始めるツェツェーリエ。
石の壁は、尚も少しずつ穴が大きくなってきており、肩から上がほぼ見えるようになってきている。
もう少しで這い出して来るだろうが、ツェツェーリエの魔法準備の方が早かった。
「アイスコフィン!」
ツェツェーリエが魔法を唱えると、急激に辺りの気温が下がる。
冷気の中心は石壁の中だが、そこから距離のある太一達の吐く息まで白くなるほどの冷気だ。
『ガ、グガガ、、、ガ・・・』
直前まで大暴れしていたオーガが動かなくなり、呻き声のようなものが微かに聞こえてくる。
石壁にはすでにビッシリと厚みのある霜が付いている。
駄菓子屋にあったアイスクリームの冷凍庫みたいだな、などと太一が考えていると、オーガが開けた穴から氷が噴き出してきた。
それを見たツェツェーリエが、魔法の集中を止める。
「ふむ。こんなもんじゃろ」
はみ出した氷をコンコンと叩きながら呟く。
「氷漬けにしたんですか??」
「ああ。じゃが普通の氷では無いぞ?
魔力を込めて作った氷じゃからな。普通の氷より相当冷たくて硬いんじゃ。3日は溶けんじゃろな。
後でギルドまで運ばせるから、しばらくここに置かせてもらうかの」
流石現役のS級だ。あっという間にオーガを無力化してしまう。
近衛騎士たちの方に目を向けると、そちらも止めを刺すことに成功していたようだ。
「やれやれ、これでひと段落かな?まったく、酷い目にあったなぁ・・・」
3体のオーガを無力化されたことを確認した太一が、溜め息と共に座り込んだ。
「ツェーリ、ロマーノ、それにタイチとアヤノも。
良くやってくれた。其方らが居らなければ、余の命は無かったであろう。感謝する」
太一達が一息入れていると、安全を確認した近衛騎士と共に王がこちらへ歩きながら声を掛けてきた。
「いえ。お怪我が無くて何よりでした。
もう少しスムーズに無力化出来ていたら良かったんですが・・・
ロマーノ様とツェツェーリエさんに助けていただかなかったら、私もどうなっていたか・・・」
慌てて立ち上がった太一がそう返す。
「ふ、そのロマーノとツェーリが間に合ったのも、タイチの実力があったからこそよ。
若手とは言え近衛騎士6人掛かりで、手負いの1匹がようやくだったのだ。
それを相手に、数人で互角以上に戦い抜いた。賞賛されこそすれ、非を唱える者はおるまいよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「ロマーノもまだまだその力は衰えておらんな」
「年甲斐もなく熱くなってしまい、お恥ずかしい限りです」
頭を掻きながらロマーノが恥ずかしそうに答える。
「はっはっは、西方を守ってもらうのだ。その位が丁度良かろうて。
ツェーリも相変わらずのとんでもなさだな」
「大事な弟子2人が頑張っておるのじゃ。師匠が負けてはおれんじゃろ?
それに、この前のオークの時は死体も回収出来んかったからな。
今回は絶対に失敗したくなかったのじゃ。
それでタイチよ。わしが居なくなってからどうなったのじゃ?王城内にオーガが3匹も出るなぞ、前代未聞も良いとこじゃぞ?」
太一は、騒動の一連の流れを、現場に居なかったツェツェーリエとロマーノへと説明した。
「なんと・・・そうすると召喚されたということか?」
状況を一通り聞いたツェツェーリエが、驚きの表情で聞き返す。
「召喚なのか、何らかの方法で封じ込められていたものが出てきたのかは分かりませんが・・・
矢じりになっていた、黒い宝石のようなものが割れた中から煙のようなものが出て来て、それが魔法陣になったのは間違いありません」
「前のオークと同じ手合いだと思うか?」
一緒に話を聞いている国王が、ツェツェーリエに見解を求める。
「間違いないじゃろうの。詳しく見てみんと断定できんが、その首に埋まっておる石は、前のオークのと同じじゃ。
そんな方法で魔物を呼び出していたとはの・・・どうりで突然現れる訳じゃ。
しかし、元になった魔石を割るだけで良いのなら、とんでもないことじゃな・・・」
「ああ。街や城の外から、今回のように矢で射かけるだけで良いからな。
人の言うことを聞くのか、無差別で襲うのかは分からんが・・・
少なくとも敵には、魔物をある程度戦術に組み込む術があるということだ」
「うむ。それも、通常種より強い個体というところがまた厄介じゃの」
「問題は、それが今どの程度の数があって、今後どの程度生産できるのか、ですね・・・」
ロマーノ、ツェツェーリエの話を受けて、太一が問題提起をする。
「そこだな。前回のは実験で、今回の襲撃が本命だとするなら、ある程度の手札を切ってきているとは思うが・・・
前回からひと月ちょっとか・・・。全部新たに作ったと仮定して、月に5,6体は用意できると見ておいた方が無難だろうな」
「そうじゃな・・・
その辺りを、捕らえた奴から聞き出せればよいのじゃが・・・」
ツェツェーリエの話を聞いて、太一が思い出した。
「そう言えば、オーガの矢を射かけてきたヤツ、ワルターさんに確保をお願いしてたけど、どうなったのだろう・・・」
文乃の矢が命中したが、死ぬような怪我はしていないはずだが、と考えていると、そのワルターが呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、リーダーー!!無事かーーーっ!!!?」
どうやら城への入り口が緊急事態で封鎖されているため、下から呼んでいるようだ。
太一がテラスの端から顔を出すと、ワルターも気付いたようで手を振ってくる。
「お、リーダー!無事で何よりだ。向こうから矢を射ってきてた奴、捕まえて来たぜ!!」
振られていない方の手は、引きずって来たのだろう、この辺りではあまり見ない服装の男の首根っこを掴んでいた。
太一の横からロマーノが顔を出す。
「ほほぅ。流石タイチの仲間だ、大したものだ」
「うわ、辺境伯閣下!!」
更にその横からツェツェーリエも顔を出す。
「ふむ、ワルターじゃったか?ダレッカの作戦の時も良い働きをしておったの」
「うげ、ギルドマスターも戻ってらっしゃったんで!?」
止めに国王も、近衛の制止を振り切って面白そうに顔を出す。
「矢を射ってきた者を最初に発見したのも其方だったな。大儀であった!」
「ここ、国王様までっっ!!!??」
「・・・皆さん、絶対楽しんでますよね?
ありがとう、ワルターさん!!すぐ身柄確保に行くから待ってて!」
太一の言葉にコクコクとワルターが頷く。
こうして、モンスターを使った国王暗殺テロ未遂事件は、ひとまずの終息を見るのだった。




