◆141話◆西方の守護神
4階から飛び降りたロマーノが、槍を抱えたまま太一の元へ駆け寄ってくる。
「ロマーノ様、いつの間に?!」
「間に合って良かった!
なに、ここを出る時に、念のためお前とピアジオに感覚共有をしておったのだ。
街に現れたオークを追っていたら、突然ピアジオとの共有が途切れた。
慌てて太一の視界を共有したらピアジオが吹き飛ばされたところでな。。。
現場の指揮をお前と一緒におった男・・・ジャンだったか?アイツに任せて慌てて戻ってきたのだ。
そうしたら今度はタイチまで危うくなっておるでは無いか!
まったく、肝を冷やしたぞ」
「ありがとうございます、ロマーノ様。
かなり危ないところでしたので、本当に助かりました」
「何を言うか。
お前は、倒れたピアジオを守るために、わざわざ危険を冒したのだ。
礼を言うのはこちらの方だ。
っと、悠長に話をしている場合では無いな。まずはあの化け物をとっとと片付けるぞ」
ひとしきり事情を説明したロマーノは、槍が刺さったオーガを睨みつける。
深々と突き刺さっているそれを、オーガは無造作に抜き去り投げ捨てた。
相当深手の傷のはずだが、傷跡から血が出てくる様子は無く、薄っすらと黒い霧が見え隠れしていた。
「面妖な・・・
タイチよ、まだ動けるな?コイツを使うと良い」
ロマーノは、腰から自身の剣を抜くと太一へと渡す。
「助かります。しかし、よろしいので?」
「ああ。ワシは元々槍の方が得意でな。
丁度4階の武器庫に風穴が開いとったから、何本か貰って来たのだ。
これだけあれば折れても大丈夫だからな、思い切り振り回してやるわ」
「なるほど・・・」
鼻息荒く嬉しそうなロマーノに対して、太一はそう言って苦笑するしかない。
槍の柄など、そうそう折れるものでは無い。一体どういう使い方をするつもりなのか・・・。
「あっちの箱詰めも、もうすぐ出てきそうだな・・・
まずはこっちの化け物を早々に片付けるか」
ロマーノは、あらためてぐるりと戦況を確認すると、太一にそう告げる。
「分かりました。どうやりますか??」
「ふむ・・・
腹に多少ダメージを与えた所で、効果は薄そうだな。あの槍を受けて平気そうな顔をしておる。
首を刎ねるのが確実だろう。
槍では首を刎ねられんから、ワシは牽制に回る。隙を見てタイチは首を狙え」
「了解です。ただ、私の腕で首を刎ねられるでしょうか?
想像以上に硬くて・・・」
「お前の腕とその剣なら大丈夫だろう。
その剣は高価では無いが魔剣の一種でな。使用者の魔力を吸って切れ味が多少上がる。
頑丈さ重視で誂えたから効果は今いちなんだが、普通の剣とは比べ物にならん。
思い切り斬ってやれ」
そう言うロマーノの顔は、非常に楽しそうだ。
「魔剣・・・。折らないように頑張ります」
思わぬところでファンタジックな代物を手にしてしまった。
これが平常時なら喜んで色々試してみたいところだが、生憎ぶっつけ本番だ。
高価では無いと言うが、魔剣が高価でないはずが無い。太一は引きつった笑みで返事を返す。
ロマーノは、両手に1本ずつ槍を持つと、残った槍を地面に置く。
石突にやや近い当たりを握り、小脇に抱えるように構えて背中側でクロスさせると、軽く腰を落とした。
「さぁて、息子が受けた借りはワシが返させてもらおう。
遅れるなよ、タイチ!」
そう言ったロマーノは、眼光鋭くオーガを睨みゆらりと一歩踏み出したかと思うと、弾けるようにオーガへと突っ込んだ。
慌てて全力で背中を追う太一。
向かってくるロマーノに気付いたオーガが、腹から抜いた槍で殴りつける。
ロマーノは躱す素振りも見せず、左手に持った槍の石突きを地面につけ柄で受け止めた。
ガギン、と鈍い金属音が大きく鳴り響く。
同時に、ゴウとオーガの槍が巻き起こした風が太一の頬を揺らした。
「中々の力だが、それだけだな」
呟いたロマーノは、受け止めた槍の石突きを跳ね上げると同時に踏み込む。
手に持った槍を跳ね上げられたオーガは、跳ね上げられた高さからそのまま下方に向けて槍を突いてきた。
これも太一の目には、何とか見える程度の凄まじい速さだ。
しかしロマーノは、再び左手の槍をクルリと回すと、絡め取るように突きをいなす。
その勢いでやや身体が流れたオーガに対して、ロマーノが右腰に構えていた槍を鋭く突き入れる。
音を置き去りにするような鋭い一撃だったが、オーガは槍を持っていない左手で上から叩き落すように防いだ。
「ふむ。反応もまずまずだな」
それでも全く動じた様子の無いロマーノが、後方の太一へチラリと視線を投げ、小さく頷いた。
ロマーノは再び視線をオーガに戻すと、さらに一歩踏み込む。
『ガアアァァッ!!!』
雄叫びを上げたオーガが再び槍を突き入れてくる。先程よりもさらに速く、太一の目には霞んで見える。
「ふんっ」
ロマーノは、つまらなさそうに鼻を鳴らすと、少しだけ半身になって躱しながら、オーガのそれを上回る速さで右手の槍を突き込んだ。
カウンターとして放たれた一撃にオーガは反応できず、槍が深々と左足の太ももに突き刺さる。
『ゴアァァッ!』
絶叫を上げるオーガ。しかしロマーノはまだ止まらない。
差し入れた槍に更に力を込めると、捻るようにさらにそれを押し込む。
槍は固いオーガの太ももを完全に貫き、裏側から穂先が飛び出した。
勢いそのままのその穂先を地面に突きさし、オーガの足を地面に縫い留めた格好だ。
『ギャガァァァァッッッッ!!!!!』
オーガの絶叫がこだまする。
ロマーノが踏み込んだのと同時に、太一も動いていた。
ロマーノの右側から、やや大回りでオーガの左側面へと全力回り込んでいく。
そしてオーガの足が縫い留められたのを見て、一気にオーガとの間合いを詰める。
足を縫い留められながらも急接近する太一に気付いたオーガが、太一に向けて槍を振り上げようとする。
しかしそれに気付いてロマーノが、もう1本の槍でそれを上から押さえつけた。
その隙を見逃さず、太一が両手に持った剣をオーガの首筋に向けて打ち込んだ。
太一の魔力を吸った剣は、淡い水色の光を残像として空中に描きながら真っすぐ首へと吸い込まれていく。
強い手応えが太一の両手に伝わるが、刃は止まることなく反対側から飛び出した。
ゴトリ、とオーガの首が落ち、少し遅れて首を失った身体から力が抜ける。
首を刎ねたと言うのに、またしても血が噴き出ることは無く、黒い靄のようなものが傷口から溢れていた。
太一は、落ちた首に剣を突き刺すと、文乃の方へその首を放り投げる。
「文乃さん、悪いけど検体として確保しておいて!この身体も。
前の時みたいに、消えてしまう可能性は低いとは思うけど、念のため・・・」
「了解!」
一瞬驚いた顔をした文乃だったが、すぐに了承する。
「あと、ピアジオさんをお願い!」
「分かったわ!」
答えた文乃は、オーガの首をひとまず脇に除けると、倒れているピアジオへと駆け寄る。
「見事な一撃だったな」
「いえ、この剣が凄いんですよ。
それとロマーノ様のお膳立てが完璧だったので・・・あれでしくじってたら武術指南役として恥ずかしいですよ」
「くくく、良い剣は良い使い手があってこそ良剣となるのだ。
そいつはタイチにやるから、当面使うと良い」
「・・・ありがとうございます」
いきなり魔剣を手に入れてしまった。
貰って良いものか逡巡するが、貰わない方が失礼に当たりそうなので大人しく頂戴しておくことにする。
そこにピアジオの所へ駆け寄っていた文乃の声が届く。
「大丈夫!気を失っているけど呼吸はあるわ!
盾で防いだ左手が折れてるようだけど、血を吐いてたりしないから内臓には大きなダメージは無いと思う。
頭を打っていないかどうかだけが、ちょっと心配ね・・・」
「分かった。ありがとう!!」
「ふぅ、ひとまず大事は無さそう、か・・・」
文乃の報告を聞いて、ロマーノがホッと息をつく。
「よし、後はあの箱詰めをとっとと始末して、この茶番を終わらせるぞ」
「はい!」
そう言ってロマーノは、地面に置いてあった新しい槍を2本手に取り、ユリウスが閉じ込めたオーガへと向かって行った。
ロマーノ無双




