◆140話◆テラスでの戦い その3
こんな質量のモノが勢いよく落ちて大丈夫かと、思わず文乃が目を剥くと、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
テラスに突き刺さったと思った壁は、よく見るとテラスの床と一体化しているのだ。
原理は分からないが、刺さったのではなく床にくっ付いたらしい。
現状を引き起こしたであろうユリウスの方を振り返って、文乃はさらに驚愕する。
「え?壁が・・・!??」
このテラスへは、5階建ての王宮本殿の3階から繋がっているのだが、その王宮の4階部分の壁が、広範囲に渡ってなくなっていた。
柱と要所要所の壁は残っているので、上階が崩れてくるようなことは無いが、ホールや執務室など様々な部屋が丸見えになっている。
状況からすると、城の壁を材料にしてあの三角柱を作ったのだろう。
「なん、とか、止まったようですね・・・」
そう言うと、ユリウスはドサリと崩れ落ちる。顔からは完全に血の気が引いていた。
よく似た状態を文乃は見たことがある。
「魔力切れ・・・?」
「はは、その、とおり、です」
息も絶え絶えと言った感じのユリウスが、律儀にも答えてくれる。
そう、太一が最初に転送の魔法陣を使ったときにそっくりだったのだ。
「全く、無理しおって・・・」
国王が渋い顔で呟いた。
ユリウスは、魔力の総量はそれほど多くは無いのだが、魔力の扱いには非常に長けていた。
とくに魔力量の調整においては、10年に一度の逸材だと言われていたくらいだ。
魔力総量が多い者でも、自分のコントロール下で一度に大量の魔力を制御するのは非常に難しい。
練習しようにもその度に魔力切れで倒れるので、中々上達しないのも要因の一つだ。
しかしユリウスは、天性のセンスの良さで、自分の魔力の全量を一度に扱うことが出来た。
一撃だけなら、大魔法師レベルの魔法を使うことが出来る。
魔法学園時代には「最強の一発屋」というあだ名で、学園内外で有名人だったらしい。
今回も、残っている魔力のほぼ全量を使って、巨大な石の壁を作り出したのだった。
ユリウスの使ったストーンランパートの魔法は、その名の通り石の城壁を作る魔法だ。
冒険者が良く使っているストーンウォールの最上級魔法に位置付けられている。
しかし、今となってはほとんど使う者のいない幻の魔法となっている。
理由は単純で、恐ろしく魔力を使う割に効果が地味だからだ。
同じように魔力を大量消費するエクスプロージョンなどは、かなり派手なので人気なのだが・・・。
文字通り、ユリウスの体を張った魔法により、オーガを一体足止めすることに成功した。
しかし、閉じ込められた中でオーガが暴れる度、頑丈な石の壁がビリビリと揺れ、それも長くは持たないことを告げていた。
一方で太一は攻めあぐねていた。
吹き飛ばされたピアジオが心配だが、目の前の脅威はまだ去っていない。
片足が不自由になったとは言えオーガはオーガだ。迂闊に近づくことは出来ない。
しかも手負いになったことで警戒心が高まった上、金棒を手放したことで逆に隙が無くなっている。
(宰相閣下の方も一旦足止め出来たようだし、こっちもこのまま動かないなら、時間を稼いで増援が来るのを待つのも手か・・・)
チラリと出来たばかりの石柱を見やり、遠間からオーガを牽制しつつ太一は思案する。
1対1となった現状では、まともにやっても勝ち目は薄い。
ピアジオの方に意識が向かないように牽制を繰り返し、騒動を聞きつけて間もなく来るであろう騎士達を待つのが得策かもしれない。
そう考え始めていた矢先だった。
『グアァァァァァァァ・・・』
太一が相手をしているオーガが、唸り声を上げ始めた。
「なんだ?」
警戒して一歩距離を離す太一。オーガの唸り声はどんどん大きくなっていく。
そして、首の辺りから黒い靄のようなものが噴き出したかと思うと、オーガの体を包み込んだ。
『ゴォォォォッッッッ!!!!』
黒い霧をまとったオーガが、ひと際大きく吠えると立ち上がった。
膝の裏に刺さったままになっていた剣が、刺さっている表面で折れる。
「なっ!?」
驚愕している太一の目が、オーガの矢印が真っ黒に変わったのを捉える。
『ガアァァッッ!!』
そして膝裏に剣など刺さっていないかのような動きで、太一に飛び掛かった。
手負いだというのに、これまでよりも速度が上がっている。
「くっ!!」
猛然と殴りかかってくる拳を一度は何とか剣でいなしたが、高速で繰り出された2撃目をいなすことが出来ず剣を弾き飛ばされてしまう。
「くそっ!!!」
武器を飛ばされた太一が大きく後ろに飛び退くと、不意にオーガからの矢印が白色に変わる。
「何が?」
オーガは戸惑う太一にくるりと背を向ける。その先には横たわったままのピアジオが居た。
「っ!!いかんっ!!文乃さん牽制をっ!」
太一はそう叫ぶと、ピアジオに向かって行こうとするオーガへと飛び込んでいく。
素早く繰り出された文乃の矢が、3本すべてオーガの首と後頭部に突き刺さるが、全く意に介さない。
「くそっ、こっちを向きやがれ!」
続けて太一が、渾身の飛び蹴りを剣が埋まったままになっているはずの膝裏へとお見舞いする。
相変わらず硬質なゴムの塊を蹴ったような衝撃が、痺れと共に足に伝わり弾き飛ばされる太一。
まともに膝カックンを食らった形になったオーガが、姿勢を崩しその歩みが止まる。
弾き飛ばされた太一が、体勢を整えようとしたその刹那・・・
ドガアァァァァァッッ!!!
と、またもやテラスに轟音が響き渡る。
横目で音のした方を見ると、ユリウスの作った土壁からオーガの拳が突き出ていた。
その腕にも、黒い霧が薄っすら纏わりついているのが見える。
「あっちもか!?」
騎士2人が、これ以上は壊させまいと突き出た腕に攻撃を仕掛けるが、あまり効果があるようには見えない。
太一に蹴られて少しの間動きを止めていたオーガは、再び太一を獲物と認定したようで太一に向かって飛び掛かってきた。
大振りながら鋭い拳をどうにか避けているが、大きく避ける必要があるため息が上がってくる。
5回ほど拳を躱した所で、太一を不幸が襲う。
もう1匹のオーガが壊した壁の欠片に足を取られ、バランスを崩した所を拳が襲う。
避けきれず頬を掠めた拳が皮膚を抉った。
「ちっ!!」
ゴロゴロと地面を転がりながら距離を取り、起き上がったところで、脳に響くような声が聞こえた。
『伏せろっ!!』
何が起きたか分からないまま、声の通りに伏せる太一。
その上を何かが凄い速さで飛んでいく。
ズドン、という鈍い音がし、一拍置いてオーガの絶叫が響いた。
「ゴギャアアアアアアアアッッッ!!!!」
慌ててオーガを見ると、右の脇腹の辺りに深々と槍が突き刺さっているのが見えた。
『すまんなタイチ、遅くなった!』
再び脳に聞こえる声。
槍が飛んできた方を振り返ると、ユリウスが剥がした4階の壁から、何本も槍を抱えたロマーノが飛び降りた所だった。
ピアジオパパ登場




