◆139話◆テラスでの戦い その2
2体のオーガに向かって放たれた矢は、狙いを違わず顔面を捉える。
太一達が相手取るオーガに対しては右の頬と左目の上辺りに、ユリウス達が受け持つオーガに対しては右目と鼻の辺りに深々と突き刺さった。
一瞬防御するような素振りを見せはしたものの、初見で長距離から高速で飛来する矢を防ぐことは出来ず直撃、初撃としては申し分ない効果を上げる。
「ピアジオさんはオーガの左側に回って下さい!俺は逆側に回ります!!」
「了解!」
太一の指示に従いオーガの左側面に回り込むピアジオ。左手に盾、右手に剣を構えたこの国の騎士のオーソドックスなスタイルだ。
ひと月ほど前、ロマーノの別邸で手合わせをした時もそうだったが、盾で牽制と攻撃を加えつつ、それと一体となった剣で決定打を与える剣術だ。
ピアジオの場合は、持ち前の素早さを生かして、そこに手数を加えた独自のスタイルを確立している。
オーガの左側に回ったピアジオは、盾による軽い牽制をしつつオーガの様子を注意深く観察する。
以前のピアジオであれば、自慢の素早さで先制攻撃を叩き込みに行ったはずだが、太一との模擬戦を経て、状況把握の大切さを思い知っていた。
(アヤノ殿の矢が左目上に刺さっている。ギリギリ目玉には刺さっていないが、流血しているし視力は大分衰えているな。
頬に刺さったのも流血はしているが、戦況を変えるようなダメージは無さそうか・・・)
そして次に太一の行動にも目をやる。
(タイチ殿も、フットワークで牽制中といったところか・・・
さて、私から行くかタイチ殿を待つか、それとも二人同時で行くか・・・)
思案するピアジオに気付いたのか、太一が自身の胸に親指をクイクイと向けた後、人差し指でオーガを指差し頷いた。
(ますはタイチ殿が一当てするか!)
ピアジオもそれを見て頷くと、再びオーガの動きに集中する。
(さて、1匹目は偶々先制攻撃できたけど、コイツはどんなもんか・・・
本命は死角のあるピアジオさんの方に任せて、まずは小手調べといってみるか)
左右に擦り足で移動しながら牽制していた太一は、ピアジオに合図を送ると、両手で握った柄を斜め上にした構えでオーガの右後方へ回り込むように切り込む。
自分の背後を取ろうとする太一の動きに反応したオーガが、そうはさせまいと右手の金棒を右後方から横殴りに振り回した。
前方から迫る金棒の軌道から逸れるように、左方向へ太一が進路を修正すると、すぐ脇をものすごい速さで金棒が通り抜けていく。
棍棒を振り抜いた後の隙を突こうと再び太一がオーガに向かって進路修正を行う。
しかしオーガは、振り抜く直前で強引に金棒を止めると、逆薙ぎに金棒を振り回してきた。
遠心力の利いた重い金棒でそんなことをしたら、人だったら肩が抜けるに違いない。恐るべき膂力だ。
太一は、後方から迫る金棒を身を屈めて潜るようにやり過ごし、追い抜いて行ったオーガの右手を下から切り上げる。
相変わらず分厚いゴムタイヤを斬ったような感触が手に伝わり、前腕の真ん中あたりを15センチほど傷つけた。
『ゴアァァァァァァッッ!!』
斬られた痛みのためか、はたまた怒りのためか。オーガが咆哮を上げる。
その直後、オーガの左後方へ突っ込む人影が太一の視界の片隅に映る。
逆薙ぎしたことで体が開いた隙を見逃さずピアジオが突っ込んだのだ。
オーガの左足の膝裏に、思い切り剣を突き入れる。
ピアジオの剣は、狙い違わずオーガの膝裏に30cmほど突き刺さった。
『ギガァァァァァァァァッ!!!!』
死角から急所への一撃に、再び咆哮を上げるオーガ。
ピアジオは離脱するため剣を抜こうとするが、膝の裏とは思えない硬さの筋肉に絡めとられビクともしない。
剣を抜こうと再度力を込める・・・が、それが失敗だった。
オーガが見舞った左のバックハンドブローがピアジオへ襲い掛かる。
「しまっ・・・!!」
力を込めたことで一瞬反応が遅れ、回避が間に合わない。
ギリギリ盾を間に滑り込ませたことで直撃こそ免れたものの、裏拳をまともに受けて派手に吹き飛ばされてしまった。
5メートルほど宙を舞った後、テラスの上を滑って縁の部分に激突してようやく止まる。
ピアジオはそのままピクリとも動かない。
左足が踏ん張れない状態でバックハンドブローを繰り出したオーガは、激しく転倒する。
その勢いで手放してしまった金棒が、派手な音を立ててテラスを転がっていく。
進行方向に誰もいなかったため被害はテラスが削れたくらいだが、人が居たら大変なことになっていただろう。
武器を手放し立ち上がれなくなったオーガだったが、右足で立膝を付いた体勢で尚も臨戦態勢を崩していない。
太一も止めを刺しに行きたいが迂闊には近寄れないため、再度睨み合いになった。
一方、ユリウスサイドも苦戦を強いられていた。
魔法が使えるとは言え、ユリウスは騎士でも冒険者でも無い。
牽制している騎士2人も、王城に勤める騎士なので対人戦闘の技量はあるが、モンスターとの実戦には不慣れだ。
槍のリーチを生かしてどうにかやり過ごしているが、戦況は不利だ。
「いやはや、参りましたねこれは・・・」
渋い表情でユリウスが独り言ちる。
騎士の牽制の合間を縫って、風魔法で目潰しをしたり、土魔法で足元を崩してはいるが、埒が明かない。
少し大きめの魔法を詠唱しようと集中すると、オーガがこちらへ向かってこようとするため、先程から発動の速い初級魔法しか使えていないのだ。
皮肉にも、お陰で実戦の勘が徐々に戻ってきましたが、と苦笑する。
(何か手を打たないとジリ貧ですね・・・
私の風魔法では一撃では仕留めきれ無さそうですから、土魔法で動きを止めるしかありませんが・・・)
土魔法では、石礫や岩や砂などを生み出すこともできるが、最も効率が良いのはそこにあるものの形を変えることだ。
むしろこちらの方こそ、土魔法の真骨頂と言える。太一の魔法工法も、土魔法のこの特性によるところが大きい。
しかしここは城のテラス。あるものを使う、ということは・・・。
(背に腹は代えられませんね。幸い陛下も居ますから、何とかなるでしょう)
「陛下っ!このままではあのオーガを止められません。
私の土魔法で、“ちょっと”王城を増改築してもよろしいですか?」
少し背後にいる国王に向けて、ユリウスが問い掛ける。
「・・・。この期に及んではやむを得ぬが・・・
ちゃんと加減はしろよ??」
渋い顔で許可を出す国王。
「御意!」
ユリウスは涼しい顔で軽く会釈した後、チラリとその背後にある建物に目をやり、前方で戦う騎士に声を掛ける。
「騎士たちよ、すまんが20数えるくらい足止めをお願いします!
少々派手めに魔法を使いますので!」
「し、承知しました!」
返事を聞いたユリウスが、精神集中に入った。
ある程度魔法の心得がある者が見たら、かなりの魔力がユリウスから立ち昇っているのが分かるだろう。
魔物も一定以上の強さになると、魔力には非常に敏感になる。
目の前のオーガも例に漏れず、騎士に気を取られていたのがユリウスが集中し始めた途端にターゲットを切り替えた。
「宰相閣下の方には行かせるなよっ!!」
「おおっ!!」
そうはさせじと、2人の騎士が懸命にオーガへ攻撃を仕掛ける。
今までは安全マージンを取って遠い間合いからの牽制だったが、それだとオーガの足が止まらないため、2歩程踏み込んだ位置からだ。
力が乗るようになった攻撃は、これまでと違ってオーガの表皮に傷を付けていく。
大きなダメージでは無いものの傷が付くのは不快なのか、騎士へも注意を向け歩みが遅くなる。
しかしこちらの攻撃が通るということは、相手からの攻撃も有効打になることを意味する。
鬱陶しい小動物を追い払うように、騎士達に対してブンブンと振り回される金棒は、オーガにとっては軽くても人にとっては脅威だ。
ガギン、ガコン・・・
「ぐっ、重い」
「くそっ、止まりやがれ!」
オーガの繰り出す金棒を何とかいなしながら、果敢に攻撃する騎士達。
思った以上に前に進めずにオーガに苛立ちが募っていく。
『ガァァァァーーーーッッ!!』
そしてついにイライラが爆発したオーガが、一人の騎士に思い切り金棒を叩きつけた。
バキンッ!!
「ぐあっ!!」
不意の力の乗った攻撃に、手に持った槍を跳ね飛ばされ、尻餅を付いてしまう。
『ゴガァァッッ!』
隙を晒してしまった騎士に、ここぞとばかりに金棒を振りかぶるオーガ。
「しまっ・・・!!」
避けることも防ぐ事も出来ず、呆然とする騎士。
シュッ!
『ギャオオォォォォッッ!!!』
万事休すかと思った刹那、オーガの右目にまたしても矢が突き刺さった。
「今のうちにっ!!」
文乃の鋭い声が飛ぶ。そして間髪入れずもう一射、矢を射かける。
鋭い風切り音を残して飛んでいく矢は、今度はオーガの右耳に突き刺さった。
『グガァァァァァッ!』
二度の激痛に、苦悶の咆哮を上げる。
「大丈夫かっっ」
「すまん、助かった!!」
もう一人の兵士が慌てて駆け寄り、尻餅を付いた兵士を引きずって下がる。
『ガァァァァーーッッ!!』
怒り心頭のオーガが、騎士2人に向けて猛然と駆け出した時だった。
「ストーンランパートッ!!」
ユリウスの鋭い声と共にゴウッという低い音がしたかと思うと、テラスに一瞬大きな影が落ちる。
ズドーーーンッ
次の瞬間、轟音と共に空から降ってきた巨大な壁が、オーガの前に勢いよく落下し、突き刺さった。
縦横4メートル、厚さも50センチ以上ある巨大さだ。
『ゴアァァッ!!?』
ドガァァッ!!!!
駆け出した途端目の前に壁が降ってきたオーガは、避けることも出来ず激突し、またしても轟音が響き渡る。
さほどスピードが乗っていなかったことも幸いしてか、壁が崩れるようなことは無かった。
更に間を置かず同じような大きさの壁が2枚続けて飛んできたかと思うと、1枚目の壁の近くに落下する。
そして、中にオーガを閉じ込める形で、巨大な三角柱を作り出すのだった。