◆136話◆宮廷爵
レンベックの貴族は、基本的に世襲制だ。
陞爵や降爵となることもあるが、大過無ければ嫡子へと爵位は引き継がれる。
世襲制には、権力や人材の硬直化などデメリットも多い反面メリットもある。
情報伝達技術が未熟なこの世界においては、爵位と共に代々引き継がれる役割や仕事に関する情報は、欠かせないものとなっている。
その分、他の人材への伝播が行われず既得権益の温床となる可能性もあるが、背に腹は代えられないのだろう。
また、魔物という脅威が存在するため、国軍だけでは領土全体を守ることが出来ない。
半封建制度とも言うべき領主貴族がその責を担っていることも、非常に大きいだろう。
そうした理由もあって、ツェツェーリエのような例外を除いて、新たな貴族家が生まれ難いのもレンベックの特徴だ。
しかし王家や王国とすれば、有能な人材はなるべく自国に囲っておきたい。
加護やスキル、魔法が存在して、一人の人間が持つ影響力が大きいこの世界の場合、人材の確保は何より重要なのだ。
そのために出来たのが、今回太一が叙爵された宮廷爵であり、対の爵位と言える騎士爵だ。
どちらも一代限りの名誉爵位ではあるが、位としては男爵と同等。死ぬまで国から俸給も出る。
個人としての成果が国への貢献度大で、今後もそれが見込まれる場合に叙爵され、貴族の仲間入りを果たす。
発明や政治・経済、学問や研究が評価されると宮廷爵に、戦闘や戦争で著しい成果を上げると騎士爵にそれぞれ叙爵される。
そして、評価された内容に近しい職務と職位が与えられることがほとんどで、その道を進むことを国から奨励される。
騎士爵を得た者が、騎士団の隊長に抜擢されるのが分かりやすい例だろう。
その後も継続して成果を上げ、“家”として存続させるべきと判断されると、陞爵して世襲制の男爵や子爵となるが、こちらはハードルが高く非常に稀だ。
近年だと、先王の時代にツェツェーリエが侯爵になったのが最後だと言う。
いずれにせよ太一は、国にとって必要な重要人物として名実ともに評価されたことになる。
しかも王都の住民のそのほとんどが見えるであろう前で大々的に。
なるべく目立たず、特に貴族が幅を利かす政治の表舞台に上がることを避けていた太一にとっては、厄介な既成事実を作られた格好だ。
反対に、国王を筆頭として宰相やロマーノなど、ある程度太一の加護と実力を知っている体制側の人間にとっては、願っても無い絶好のチャンスだった。
立て続けに華々しい成果を上げてくれたことで、大手を振って表彰し叙爵が出来る。
むしろこれで叙爵しなかったら、今後何をすれば叙爵されるのかという話なので、太一にしても断り辛いのだ。
「くっくっく、そんな顔をするでない」
相変わらずのしたり顔で、小さく国王が太一へ話し掛ける。
「そうは仰いましても・・・」
苦虫を嚙み潰したような表情で、太一も小声で答える。
「表向きはタイチを囲う形だし、その意図があることももちろん事実だがな。真意は他にもある」
一層な小声で、されど表情は変えずに王が続ける。
傍から見ると、笑顔で国王が太一に何か冗談を言って、それに苦笑しながら答える太一、という絵面に見えるだろう。
「流石にここまでの働きをすれば、いくら勘の悪い貴族でも気付く。
タイチを強引な手段で取り込んで、己の利益のために使おうとするような輩も出てくるだろう。
それに対する先制攻撃のようなものだ。
そなた自身や妹、アヤノと言ったか?であれば、直接手を出されてもまぁ難無くやり過ごせるだろう。
しかし其方の商会員はそうもいかん。今後も人は増えるだろうしな。
であれば、相手と同じ舞台にさっさと立って、先んじて対策を打った方が建設的だ。
貴族になったのだから、護衛を雇っても何も言われんし、屋敷を買って警備を固めることも出来る。
いつまでも宿屋暮らしでは、宿にも迷惑が掛かるぞ?
望んだものでは無いかもしれんが、腹を括るしかあるまい」
滔々と語られる王の言葉は、至極もっともだった。
太一にしても、そういったリスクに備えて早々にロマーノの庇護下に入ってはいたが、
想像以上に早く目立つことになってしまっただけだ。
「・・・ご配慮、心より感謝申し上げます」
そう言って片膝つき頭を深く下げると、これまでとは打って変わって大きな声で宣言する。
「私タイチ・イトウは、レンベック王国の臣として、また職務に携わる貴族として、その責務を身命を賭して果たすことをここに誓います」
「そなたの誓い、確かに聞き届けた。今後も国のためにさらなる働きをしてくれることを確信している」
王の承認を得て、イトウ宮廷爵がここに正式に誕生した。
民衆のボルテージも最高潮だ。「うおおぉぉぉっ」という大歓声が周囲の空気を震わせた。
想定外の叙爵が終わり列に戻って来た太一に、仲間たちが声を掛ける。
「おめでとう。伊藤宮廷爵様!妹として鼻が高いわ」
クスクスと笑いながら言うのは文乃だ。
「・・・・・・。文乃さんも貴族の家族だからね。一蓮托生だよ?」
不貞腐れながら太一が答える。
「おいおいおい、すげぇなリーダー。ついに貴族になっちまったよ」
半ば呆れるワルター。
「あの、私達ってどうなるんですかね??貴族様の家臣、とかですか?私、礼儀作法とか全然自信が無いんですけど・・・」
レイアは今後の事を想像して、少々顔が青い。
「これまで以上に商館の警備を固める必要があるな」
現実的なことを考えているのはモルガンだ。
「アタシの上司が貴族になってくれたのはありがたいね、これでまた一つ仕事がやりやすくなったよ」
タバサは技術顧問としての今後について打算を口にする。
思い思いの態度を取るメンバーを見て太一は頭を掻く。
「なんだかなぁ・・・
まぁ多少環境が変わることはあるだろうけど、それ以外は大きく変わることは無いと思うから、引き続きよろしくね」
太一の言葉に、皆が笑顔で頷いた。
太一のサプライズ叙爵の後は、ナタリアら功二等の表彰が行われた。
流石に人数が多いため、王が全員に声を掛けるようなことは無いが、直接王から書状を渡されるため皆感激している。
パーティーメンバーや親類だろうか、書状を渡されるたびに広場から歓声が上がる。
その後は功三等の表彰だ。
こちらはさらに数が多いため名前の呼び出しのみとなるが、それでも大観衆の前で名前を呼ばれ、テラスから皆へ顔を見せる晴れ舞台だ。
表彰者は緊張しながらも皆表情は明るかった。
こうして記念式典のメインである褒賞授与式が終わり、王が皆に手を振りながらテラスから引き上げようとした時、それは起こった。
最初に気付いたのは観衆の最後列だった。
人並みの外側で警備に当たっていた衛兵が、何かが割れるような音を微かに捉えた。
それも一か所ではなく、離れた3箇所でほぼ同時に。
不審に思った衛兵は、音のした方へと向かう。
屋台の間にある路地を少し入ったそこに“ソレ”はいた。
あまりに突然の出来事に、衛兵は思わず立ちすくむ。
「な、なんでオークが・・・」
皆まで言い終わる前に、ソレは衛兵へと襲い掛かる。
『グオォォォォァァァッ!!!』
咆哮と共に、丸太のような腕にもった棍棒を、容赦なく衛兵へと叩きつけた。
手にした槍で辛うじて受け止めたものの、その膂力は凄まじく、槍を持ったまま吹き飛ばされる。
ガシャーーーーン!!!!
入って来た路地から、衛兵が転がりながら飛び出し、屋台の横に積んであった木箱へ派手な音を立てて激突し動きを止めた。