◆133話◆ブランディング戦略
「おや??」
相談事が終わった後、帰りしなにベルナールが何かに気付いたのか、軽く辺りを見回す。
「如何しましたか?」
「いや、随分と涼しいなと思っていたのだが、冷風機らしきものが見当たらないなと思ってね・・・」
「さすがベルナール様ですね。仰る通り冷風機を入れております。
ただ、トミー商会と共同開発中の新商品のサンプルですが・・・」
「ほぅ、トミー商会との・・・
その話、聞かせていただいても?」
太一の言葉に、ベルナールがすっと目を細め、一度立った席に再度腰掛けた。
「はい。先般の授与式で、トミー商会のロイスナー様と知己を得ました。
お話しさせていただいた所、ありがたい事に馬が合いまして・・・
現在、新しい魔法具を共同開発しているんですが、お恥ずかしながらその運用試験を当商館で行っております。
ベルナール様の左手側にある白色のチェストのような物が、新型冷風機の試作品でございます」
太一の説明に左側に目をやると、象牙のような質感を持った幅1.5m、高さ1mほどのシンプルな箱状の調度品が置かれていた。
やや光沢のある乳白色のそれは、天面がメッシュ状になっており、そこから柔らかな冷風が出ていた。
しかし、引き出しのように4段に分けられた正面を縁取るように薄く植物を図案化したレリーフが彫り込まれている以外、目立った装飾は無い。
形状も、僅かに面取りがしてあるくらいで、シンプルなキューブ状だ。
「これが・・・」
現在普及している貴族向けの冷風機とは似ても似つかぬその姿にベルナールが唸る。
貴族向けの魔法具は、冷風機に限らず如何に派手な装飾を施すかが至上命題になっている。
女神の像を象った物や、全面に金細工を施した物など、とにかく贅を尽くしたものばかりだ。
「ええ。冷風機を始め様々な生活魔法具の生みの親であるユーリ・トミーは、生活魔法具の美しさは機能美にあると常々語っていたそうです。
また、ロマーノ閣下のように派手な装飾を好まない方も大勢いらっしゃると思います。
そこで、現在の華美になる一方の魔法具とは一線を画す、シンプルで上品なデザインを採用したシリーズを展開しようと考えております。
我々は、機能美を追い求めたユーリ・トミーの理念を汲んで、ユーリ原点シリーズと名付けました」
以前にノアと話していた、シンプルさを売りにした魔法具のシリーズだ。
看板馬車と並行して動いており、試作一号のシンプル冷風機が、開業祝いとしてつい一昨日届いていたのだった。
「シンプルで上品・・・。
確かに言われてみれば、シンプルではあるものの決して安っぽくは無いですね」
「ええ。無駄な装飾は省いていますが、造りに一切の手抜きはありません。
素材についても、最高のものを使っています。
いや、むしろシンプルであるが故に、素材が悪いと途端に安っぽくなりますから、今まで以上に気を使っているくらいですね。
率直なご感想をお聞かせ願えないでしょうか?好き嫌いの話でもあるので、忌憚なくお話いただければと思います」
「ふむ・・・
そうですね。まず好きか嫌いかで言えば、私個人としては好ましいですね。
ロマーノ閣下の趣味がうつったのかもしれませんが、私もそれほど派手なものは好みでは無いのです。
しかし、これを自宅の応接室に置くかどうか、と言われれば、おそらく置かないでしょうね。
自室や、親しい者だけが使うようなプライベートな部屋であれば何も問題ありませんが、応接室となると・・・
やはりある程度の見栄は張らないといけないので」
「ありがとうございます。貴重なご意見、感謝します。
やはり見栄は重要ですか・・・」
「ええ。貴族には“力”があることを見せる必要があるのです。
財力は最も分かりやすいですが、希少な物を手に入れられる人脈の力や、いち早く流行を取り入れる感度だったり。
何かしら力を見せられるものが好まれると思いますよ」
「なるほど。何かしら力を証明できるものである必要がある、ということですね・・・
これはなかなか、一筋縄では行かなさそうですね。
しかし、モノ自体はご評価いただける可能性があることが分かったのは助かりました。
少々売り出し方を工夫してみます。
またご相談に乗っていただけますでしょうか?」
「私で良ければいつでも。素晴らしい商売の種も貰ったことだしね」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。
お陰で今日は非常に有意義な時間を過ごさせて貰ったよ。
検討の結果はまた三日後までにお知らせするから、引き続きよろしく頼むよ」
ベルナールは満足げな顔で太一と握手を交わすと、今度こそ引き上げていった。
「タイチ様、先ほどの冷風機のお話ですが、どうするおつもりでしょうか?」
ベルナールを見送りカウンター裏に戻った所で、フィオレンティーナが太一に問いかける。
「一先ずは、モノ自体の評価がどうかをもっと色んな人から聞きたいところだなぁ。
まぁ、今日の感じなら一定数には好感触なのは間違いないけども。
後は売り方だけど・・・
今回は急いでる訳では無いから、じっくり流行りを作って行こうと思ってる」
「流行りを、ですか?」
「うん。フィオにも手伝ってもらうことになるかな」
「え?私がですか??」
太一が考えているのは、ブランディング戦略としてはスタンダードな方法だった。
まずは、ロマーノの派閥を軸に、シンプルなものを好む貴族に順次高性能かつシンプルなサンプルを無償提供をしていく。
一部の貴族がすでに使っている、という既成事実を作ると共に、ジワジワと話題になっていくはずだ。
並行して、フィオレンティーナがシンプルなものを好んでいるという噂を流す。
社交界で最も注目を浴びているフィオレンティーナに関する噂だ、一部で話題になっているシンプルな魔法具の話と相まってあっという間に広がるだろう。
ある程度その両方が浸透したタイミングで、提供した貴族やフィオレンティーナを呼んで、大々的な発表会と商談会を行う。
初代の理念を物語仕立てで紹介すれば、受けも良いだろう。
そして、商談数量をあえて超限定数にすることで、市場の枯渇感と希少感を煽る。
ここまで来れば、それほど苦労することなくある程度のマーケットを築くことが可能だろう。
今の華美な物を全て置き換えたい訳では無く、何割かのマーケットを確保し、シンプルなものも良いという認識が出来れば良いので、そこまでハードルは高くない。
そもそも高級品に多様性が無いので、ある程度の認知と箔さえつけば自然と広がっていくはずだが、念には念をという奴だ。
理想は、発表会の前に王家へ一式を献上して利用してもらうことだが、シンプル好きな王族がいるか不明なのと、献上しても使ってもらえるとは限らないので努力目標だ。
「・・・また、とんでもないことを考えられましたね・・・」
「んーー、モノ自体がしっかりしてるから出来るやり方だけどね。
モノがダメだったら、どう取り繕っても後からしっぺ返しを食らうだけだもん。
それに、フィオがいたから可能なやり方だしね・・・
フィオ、高価なモノって、何で高価なんだと思う?」
「高価なものですか?
そうですね、宝石のようにそのものの持つ美しさとか有用さもあると思いますが・・・
結局は珍しさというか、手に入れ難いから、なんですかね?」
「正解。さすがだね。
欲しい人がいるのに数が少ないから高い値が付くんだ。
間違っちゃいけないのは、数が少なくても誰も欲しがらなければ高くはならない。
だからまずは、欲しくなる状況を作るんだよ」
「欲しくなる状況、ですか?」
「そ。一部の貴族の間で話題になってる、今注目のフィオレンティーナ嬢も気に入っているらしい、しかも高性能。でもモノ自体は何処にも売っていない・・・
そんな中で派手にデビューしたらどうなると思う?」
「・・・飛びつく人は多いでしょうね。でも買えない、と余計に欲しくなる・・・
うわぁ、あらためて考えると、タイチ様だいぶ酷いことをしようとしていますね」
真意に辿り着き若干引き気味になるフィオレンティーナ。
「そうよ。兄さんはね、酷いことを平気でするから。フィオちゃんも気を付けてね」
横で黙って話を聞いていた文乃が、すかさずそれに乗っかる。
「えぇぇ、2人ともそれは酷いなぁ。俺はただ、ユーリ・トミーの信念に共感しただけなんだけどなぁ」
「どうだか?フィオちゃん、騙されたらだめよ?
本当にそうだったら、儲け話にする必要なんて無いんだから」
「ちっ、バレたか・・・」
「ほらね?」
「・・・・・・」
あっさり手の平を返す太一に、フィオレンティーナは開いた口が塞がらない。
「まぁ、これからウチの商会は、“モノを売る方法”を考えて、それを商売にしていく予定なんだ。
フィオちゃんも、色々考えて試していこう」
看板馬車に続き、ブランディング戦略がどこまで通用するのか?
異世界におけるマーケティング実験が、続々と始まっていくのだった。
ブランディングの基本は、いかに「欲しくさせるか」だと思います




