◆132話◆貴族のお客様
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ぼちぼちの客足で大過なく初日を乗り越えたケットシーの鞄の看板馬車部門は、2日目を迎えていた。
初日を乗り切ったことで、皆に自信と余裕が出来たのか、初日よりも客足が増えても問題無く回っている。
「昨日より結構増えたわね」
「だなぁ。初日に来たお客さんの知り合い、っていうのが多い感じだね。
口コミで広がってるのは、評判が良い証拠だと思えば嬉しい限りだよ」
お客の流れや会話をそれとなくウォッチしながら、太一と文乃が状況を話し合っていた時だった。
店先に大きな馬車が停まるのがチラリと見えた。紋章が入っているので、間違いなく貴族の馬車だ。
「おっと、おいでなすった。フィオちゃん、一緒に出迎えお願い!」
「分かりました会長!」
昨日、先触れだと言う者が現れて、今日の予約をしていったのだ。
相手が貴族で、飛び込みではなくわざわざ予約しているので、こちらも出迎えるのが礼儀だ。
会長である太一と、商会で最も身分の高いフィオレンティーナで店先へと向かう。
なお、フィオレンティーナから商会の会長と従業員なのに様付けはおかしい、“フィオ”と呼んでくれとの強い要望を受け、今日から呼び方が変わっている。
「いらっしゃいませ。ようこそケットシーの鞄へ」
「ああ、わざわざ出迎えてくれてすまないな。
私はベルナール・アランブール。国王陛下より子爵を賜っているよ。
よろしく頼む」
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。アランブール様。
ケットシーの鞄の商会長を務めております、タイチ・イトーと申します。
フィオ、ご挨拶を」
「ご無沙汰しております、アランブール様。
ロマーノ・ダレッキオが長女、フィオレンティーナ・ダレッキオです。
会長のご厚意で、こちらの商館で勉強させていただいております」
「こちらこそ丁寧な挨拶をありがとう、イトー商会長、ダレッキオ辺境伯令嬢。
イトー商会長は、先日の褒賞式でお見掛けしたね。受賞おめでとう。
残念ながらあの時は声を掛けられなかったが、こうしてお話しできて嬉しいよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。
陛下より過分な評価をいただきましたが、名前負けせぬよう精進しております。
あと、私のことはどうか、太一とお呼びください」
「はっはっは。謙虚な男だね、タイチ殿は。ロマーノ様から聞いていた通りだ。
ダレッキオ辺境伯令嬢とは、大会議前の夜会以来かな?
ああ、2人とも私の事もベルナールと呼んでくれ」
「はい。その節はお世話になりました。
また、以降お目通りできず申し訳ございません。
私のこともフィオレンティーナとお呼びいただければ」
「ふふふ。あのお披露目は中々に衝撃的だったからね。
フィオレンティーナ嬢を紹介してくれ、と私のような弱小貴族にまで声が掛かるくらいだからね。
こうして気兼ねなくお会いできるのは、御父上の派閥にご厄介になっている者の役得と言ったところかな」
ベルナールは、本人の言う通りロマーノのいる派閥に所属している貴族だ。
それも、ロマーノが寄親をしているため、直下にいると言って良い。
領地を持たない王都住みの所謂法衣貴族で、確か西方の商業に関する上級官僚を務めているはずだ。
「こんな所で立ち話も何ですので、どうぞお入りください。
何分新参の商会故、ロクなおもてなしも出来ず恐縮ですが・・・」
太一はそう言って、商館の2階にある応接室へと案内した。
2階にある4部屋の内、最も日当たりの良い部屋が応接室になっている。
12畳程度と、応接室としては最小限のサイズだが、商館の規模から見れば十分な広さだろう。
ダレッキオ家の見立てで揃えられた調度品が、シンプルながら上品な高級感を醸し出している。
「狭い部屋で恐縮ですが、どうぞお掛けください」
太一がベルナールを上座へと案内する。
「ああ、すまないね。ふむ、さすがロマーノ様の門客にフィオレンティーナ嬢。ロマーノ様の趣味を良く分かっておいでだ」
「ありがとうございます・・・」
良く分かってるも何も、本家から贈られたものなのだから当然だ。わざわざ正直に明かすことはしないが・・・
ネリーが見事な所作でお茶の給仕をしていく中、ベルナールが話を切り出した。
「今日時間を取ってもらったのは、ウチの商会でも看板馬車を運用できないかの相談をしたくてね。
ウチの商会の商いはご存じかな?」
「はい。存じ上げております。
王国西方の特産を王都へ、また王都にしかない商品を西方へと運ばれていらっしゃるとか?」
「その通りだ。よく勉強しているね」
「恐縮です」
何のことは無い、もはや太一の専属と言っても過言では無いノルベルトからの入れ知恵だった。
「商売の性質上、馬車の運用台数が多くてね。それを有効活用できないか、と考えている」
「なるほど。確かにベルナール様の商いであれば、輸送が何より肝要でしょうね。
ちなみにどのような輸送ルートがございますか?」
「基本的には、王都と西方の主要な街を結ぶ直通の馬車だね」
やはり・・・予想が当たった太一は内心で小さく溜め息を吐いた。
単純に輸送の面だけを考えれば、直通便でも何も問題が無い。
しかし看板馬車としての運用も考えると話は別だ。
「そうですね・・・ある程度の需要は見込めるかと思います。
しかし、失礼ながら率直に申し上げるのであれば、大商いにはならない可能性が高いかと存じます」
「ふむ・・・理由を聞いても?」
太一の言葉に、場の空気が一瞬剣呑なものになる。
これまで完全に気配を殺していたベルナールの従者も表情が険しい。
多少言葉は濁しているが、正面切って“儲からないと思います”と言っているのだから当然だろう。
むしろ、ほとんど顔色を変えなかったベルナールが凄いのだ。
「はい。結論から申し上げますと、商圏と看板の露出地域が合致していないのです」
「商圏?露出地域?」
聞きなれない言葉にベルナールが眉を顰める。
「我々が広告を手掛けている広告主の方々は、ほとんどが王都にのみ店舗を構えている小規模な店舗です。
これは、商売相手であるお客が王都にいる人であることと同義です。
この商売をする範囲のことを商圏、と呼んでいます。
対してベルナール様の商会の馬車は、確かに王都の中も走られますが、そのほとんどは街の外と他の街です。
この馬車が走る地域のことを露出地域と呼んでいます。
つまり、ベルナール様の馬車に看板を掲載した場合、多くの広告主にとっての商圏である王都およびその近郊では露出しないのです。
もちろん中にはベルナール様の商会のように、複数の街を商圏としているような中規模の商会もありますので、そちらからは逆に喜ばれるかと思いますが・・・
如何せん数が少ないのが現状です・・・」
「むぅ・・・なるほど・・・そうか・・・
いや、確かにタイチ殿の言う通りか・・・」
「はい。これは良い悪いの話ではなく、向き不向きの問題です。
騎兵は草原では無類の強さを発揮しますが、森の中ではその機動性が全く活かせないのと同じく・・・
騎兵が森の中で活躍したくて馬を捨ててしまっては本末転倒ですからね」
「ふふっ、そうだな。
複数の街を股に掛けた広い商圏があってこそ成り立っているのがウチの商いだからね。
看板馬車のためにその商圏を狭めては、商売の意味が無い」
小さく頷きながらそう言うと、険しかったベルナールの表情が緩んだ。
「ご理解いただき恐縮でございます」
「いや、こちらこそ正直なところを話してもらえて助かったよ。
あえて我々の心証を悪くしないように、黙って受けたところでそちらは問題なかっただろうに・・・」
「我々だけが儲けても仕方が無い商売ですから・・・
同じダレッキオ様の門下として信用が何より大事だと心得ております」
「ふっ、そうか。
分かった。この話は無かったことにしてくれ。すまなかったね、時間を取らせて」
「・・・ときにベルナール様。
今の運輸のやり方に少々手を入れることにはなりますが、今の商いと看板馬車を両立させる手が無い訳ではありません」
「何っ?それは本当かね?」
「はい。多少先行投資が必要にはなりますが・・・」
「それは構わんが、そもそもそれを私に話してしまって良いのかね?
商人であれば商売の種になることは秘匿するのが常だろうに」
自身も商売人であるベルナールが、自嘲気味にそう言う。
「全てを自分たちでやっていては、手間とお金がいくらあっても足りません。
特に時間が掛かりすぎるのが問題です・・・
であれば、我々はアイデア料として手数料だけいただいて、実務はそれが得意な方にお任せして、得られた時間で別の商売をした方が良いと考えております」
「くくく、別の商売か。
欲張りな話だが、無償で教えてもらうよりよっぽど気が楽だね」
「それではお話しいたします・・・」
太一の考えた方法は、シンプルな方法だった。
王都と各都市との直行便の数は減らして、王都と街A、街Aと街B、街Bと街C・・・といった具合にピストン&リレー輸送するだけだ。
幾らか馬車の台数を増やす必要があるのと、積荷の乗せ換えの手間が増えるが、1台当たりの走行距離が短くなる分、却って時間短縮できるルートもあるだろう。
小回りも利くようになるので、荷物の追加や削減もしやすい。
何よりこの方法であれば、かなり露出地域を絞れるため、看板馬車としての需要が期待できる。
「そんなやり方が・・・」
「はい。むしろ隣町からお客を引っ張って来れる可能性が出てくるので、中規模の商店には王都内だけの馬車より良いかもしれません」
「・・・・・・・」
太一から一通り説明を聞いたベルナールは、しばらく腕組みしたまま黙りこむ。
1分ほどそうした後、お手上げとばかりに両腕を肩辺りまで上げる。
「くくく、全く大したものだね。よくもそんなことを考えられたものだ。
しかもそれを無償で人に教えるなど・・・。
分かった、そのやり方を一度検討してみよう。3日後にまた時間を貰えるかな?」
「はい、喜んで」
にこやかに答えた太一は、ああそうだ、と思い出したように付け加える。
「積荷を積んだ馬車自体は変えずに、看板だけを付け変えれば、積荷の乗せ換え時間も短縮できるかもしれませんね」
それを聞いたベルナールは、今度こそお手上げとバンザイし、大笑いするのだった。




