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◆130話◆ベティーナの贈り物

採用が決まったフィオレンティーナとネリーは、家への報告のため別邸へと帰っていった。

ワルター達は、明後日からしばらく商会での仕事が増えそうなことを見越して、今日明日と外へ狩りに行くと言って出ていった。

根が冒険者である彼らにとっては、体を動かせないことは何だかんだでストレスになるようだ。

残された太一と文乃は、すっかり事務所兼店舗っぽくなった1階で、怒涛のような二日を振り返る。


「はぁー、まさかここでフィオレンティーナ様が出てくるとは思わなかったなぁ・・・」

「そうね、流石にこれは驚いたわ・・・でも良かったじゃない、若い子が入って」

「・・・若い子と良かったの間にある因果関係が分からないんだけど?」

「あら。いつも言ってたじゃない、若い子が全然入ってこない、若い女の子を回してくれ、って」

「あー、向こうでの話か。2課に飛ばされてから、新卒配属がゼロだったからさぁ。年齢層が偏って大変だったんだよ・・・」

「それと若い“女の子”には、それこそ因果関係が無いんじゃないのかしら?」

「・・・今日はやけに突っかかるね。

 部署にね、若い女の子がいると男連中が張り切っちゃうのよ。

 ウチは特に性別と年齢構成が歪な部署だったから余計にね。

 お飾りにする気は無いし、実力が無いのに評価したりはしないけどさ、やっぱバランスは大事だって話」

「そう?じゃあそういうことにしておいてあげる」

「ええぇ~」

「はい、この話はおしまい。で、今日はどうする?」

「なんだかなぁ・・・」


実はフィオレンティーナ達の帰りしなに、そういえば、とノルベルトが思い出したようにダレッキオ夫妻の伝言を伝えてくれた。

キルスティからは、商売の基本は叩き込んであるから、扱き使ってくれ。貴族の令嬢とは思わなくて大丈夫。出来れば自分が働きたかったけど、領地の事があるから叶わず残念、とのことだった。

貴族のご令嬢を扱き使ってくれと言われても、はいそうですか、とは行かないのだがなぁ、と苦笑するしかなかった。

ロマーノからの伝言は、さらに苦笑するしかない。

フィオレンティーナのことをよろしく頼む。分かっていると思うが、くれぐれも、よろしく頼む。

だそうだ。

何を分かっていて、何をくれぐれもよろしくすれば良いのか。

貴族の言葉の行間を読めて当たり前な物言いは、止めてもらいたいものだ。

このロマーノからの伝言を聞いてから、地味に文乃の機嫌が悪い気がするのだ。

(やれやれ。下手につついたら、どんな蛇が飛び出すか分かったもんじゃないしなぁ・・・

 これ、ワルター達は気付いて逃げたな?あいつらめ・・・

 まぁ、いいか。本人がおしまい、って言ってるのをわざわざ蒸し返してもね)


「ん~。一通りものは揃っちゃったから、書類関係を作るかぁ。

 料金表やら契約書の類やら、これまではお試しだったから正式な物は無かったけど、流石に要るでしょ。ああ、俺たち以外も接客するから、チェックシートみたいなヤツもあると便利か」

「そうね。印刷技術は無いみたいだから、手書きになるし。早めに準備しておきましょうか」

「うん。あー、印刷系はちょっとトミー商会と言うかノアさんに相談しても良いかもしれないなぁ」

「どうするの?活版印刷機でも作る気?」

「幸い表音文字だから出来るかもしれないけど、活版印刷は流石に一足飛び過ぎるかなぁ・・・

 自分たちで使うのがメインだから、ガリ版っぽいのが出来ないかなと思ってね。

「ガリ版ね・・・確かにあれなら原紙をどうにかするだけだからハードルは低いわね」

「でしょ?蠟燭はあるから、多分大丈夫な気がするんだよね。

 いずれはメディアとしての出版系に絶対手を出すだろうから、その時には活版を魔法でどうにかした技術を編み出したいけど。

 あ、素材系の話だから、ワイアットさんに聞くのが良いかもしれない」

「分かったわ。じゃあひとまず色々な書類の原本から作りましょうか。

 どうする?PC使う?」

「ん~、1台しかないから文乃さん使って。俺はプロット的なものをスマホで作って後で清書する」

「了解よ」

そこから昼食を挟んで黙々と作業を続ける2人。

その日の内に、7割ほどの文章の原本が完成する。


明けて翌日。この日も朝から、完成した原本を元に文乃が手書きの書類を起こし、残りの書類の原本を太一が作っていた。

そろそろ昼食かな、と思い始めた頃、ドアノッカーが音を立てた。

まだ開業前だというのに良く鳴ることだ、と思いながら出てみると、思いがけない人物が立っていた。

「やっほ~。タイチにアヤノ、調子はどう?」

夏らしい白のワンピースに身を包んだ男、ベティことベティーナだった。


「おー、ベティ久しぶり。あれ?ここのことって言ってたっけ??」

「ん~ん、ノルベルトさんから聞いたのよ」

「ノルベルトさんから??」

「そ。タイチとアヤノのお陰で、少し前にキルスティ様と知己を得られてね。

 それからノルベルトさんを介して、色々と伺ってるのよ」

太一と文乃がダレッキオ家に招かれた時に着ていた服に、いたく感心したキルスティがわざわざベティの店を探し、繋ぎを得ていたようだ。

以降、太一の服を仕立てる際のアドバイザリーに始まり、今ではダレッキオ家別邸で働く面々のアドバイザリーまでしているそうだ。

「へぇ、そんなことになってたのね。

 まぁベティはセンスあるもの。ようやく実力が正しく評価されたってとこかしらね?」

「ふふ、ありがとうアヤノ。そう言ってもらえると嬉しいわ」

「それで、今日はどうしたんだ?

 ああ、こんなとこで突っ立ってるのも何だし、とりあえず中に入ってくれ」

「ありがと。ちょっと荷物があるから、運ぶのを手伝ってくれない?

 いよいよ本格的に商会を立てるって聞いて、お祝いを持って来たのよ」

そう言って指さしたベティーナの背後には、一台の荷馬車が停まっていた。


荷馬車から大きな箱をいくつも運び出し、店舗へと入れていく。

箱の割に軽いのと、持って来たのがベティーナだと考えると、恐らく中は服なのだろう。

全ての箱を運び込むと、ベティーナが説明を始める。

「これはね、タイチの商会の皆が、このお店で働く時に着るための服よ。

 タイチとアヤノは、辺境伯と関係が出来てから、貴族に会っても大丈夫な服をいくつも買ってるでしょうけど、他のメンバーは中々そうはいかないでしょ?

 キルスティ様からも、洗っても大丈夫なように一人数着分用意して欲しいとお願いされてね。

 色々見繕って持って来たのよ」

服装については盲点だった。確かに大商人や貴族も客になることを考えると、相応の服が必要になる。

フィオレンティーナは例外だが、ワルター達C級までいったメンバーでも、一張羅くらいだろう。

それも昔のことなので、サイズや今の流行に合うかどうかも怪しいところだし、そもそも複数持っているとは思えない。

レイアに至っては、1枚持っているかすら怪しい所だ。

「ありがとうベティ。そこまで気が回ってなかったから、助かるよ」

「ふふ。サイズも色々持って来たから、好きなのを着て頂戴」

そして太一はふと考える。

今後も商会が大きくなり、人が増えるたび同じ状況になるだろう。

毎回毎回ベティに持って来てもらうのも限界がある。

「・・・ねぇ文乃さん、制服作らない?」


「制服?」

「そう、制服。今後も人が増えるたびにこの問題は付いて回るでしょ?

 フィオレンティーナ様が例外なだけで、貴族の人を従業員にする訳じゃ無いし。

 そうなると、毎回バラバラの服を持って来てもらうより、上流階級相手でも大丈夫な制服をベティにデザインしてもらって、それに統一したらどうかと思って」

「確かに・・・それは良いかもしれないわね。

 既製服がある訳でも無いから仕立てないといけないし、お仕着せとして渡せたほうが働く方も悩まなくて楽かもしれない。

 それに、統一感のあるちゃんとした制服で統一するのは、見栄えもするし話題性もあるわね」

地球においても、制服の文化が本格的に広がったのは19世紀になってからだ。

それまでは、自分で仕立てたり主人のお下がりを着ていたりと、バラバラで統一感が無かった。

制服については個性の否定に繋がると賛否あるだろうが、皆が無償で提供されて着るのであれば、貧富による差も生まれず、メリットの方が大きい。

それでも着るのが嫌なのであれば、無理に働いてもらう必要も無いのだ。


「ベティ、ウチの商会で皆が着る共通の服のデザインをしてくれないか?

 何種類かのサイズをあらかじめ準備しておけば、採用した翌日からでもすぐに働く事が出来る。

 何より、働く側が服の事で悩む必要が無くなり、会社への忠誠心や連帯感を生みやすくなるのは大きいんだ」

「同じデザインで複数のサイズをあらかじめ準備・・・

 すごい!それは良い考えね!!いくつかデザインを考えるから、数日時間をもらえないかしら?

 商会の開業に間に合わなくて申し訳ないけど・・・」

「時間は気にしなくていいよ。そもそも今日、服を持って来てくれなかったら店頭に出られなかった可能性もあるし」

「ありがとう。

 じゃあ、すぐにでも取り掛かりたいから、申し訳ないけど今日はこれで失礼するわね。

 ふふふ、やっぱりタイチ達といると良いわね。やり甲斐があって最高の仕事よ!

 また案が出来たら持ってくるわ!!」

こうしては居られない、とばかりに帰っていくベティーナ。

「ベティーナがすでにダレッキオ家と繋がってたとはなぁ。キルスティさんは流石抜け目がないわ」

「そうね。でもそのおかげで助かったんだし、良しとしましょ」

「ああ。制服まで頼めたし、瓢箪から駒だ」

そんなことを話しながら、2人は再び文章の作成作業に戻る。

出来るだけの準備はした。


明日はいよいよ、広告代理店としてのケットシーの鞄の開業日だ。

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