◆129話◆お転婆なお嬢様
フィオレンティーナ・ダレッキオは、言わずと知れたダレッキオ家のご令嬢だ。
ロマーノが30過ぎてから出来た初の女子ということもあって、ロマーノが溺愛しているのは貴族社会では有名な話だ。
だが、大切に育てられたとは言え、別に箱入り娘、深窓の令嬢では無い。
王都から遠く離れた西方、かつ武の名門であるダレッキオ家で育った彼女は、むしろ自由奔放に育っていた。
父親が元冒険者ということもあってか、詩集よりも冒険譚を好み、茶会よりも乗馬が好き、口さがない者が知ったら“貴族令嬢らしくない”と言うだろう。
そんなフィオレンティーナが、つい先日社交界デビューした。
王の信も厚く、西方でもトップクラスの影響力を持つダレッキオ家の一人娘で、母親譲りの美貌を兼ね備えている。
社交界で注目の人物になるのに、時間はかからなかった。
しかし当の本人はどこ吹く風。
王都へついてきたのも、社交デビューにかこつけて王都を巡るためだ。
社交界デビュー後に数々寄せられた茶会や夜会への誘いは全て断り、王都の散策に勤しんだ。
人出が少なく人目に付かない、という理由で雨の日に王都を散策するくらいに・・・。
そして彼女は、そこで運命的な出来事に遭遇、奇跡的な出会いを果たす。
街中でまさかのオークに襲われ命の危機に瀕したところを、若い冒険者に救われる・・・
物語にしても使い古されたストーリーだと揶揄されるような出来事が実際に起きたのだ。
普通ならこの冒険者との恋物語が始まったりもするのだが、フィオレンティーナは違っていた。
いや、確かに強い憧れを太一に抱いたのは間違いないだろう。
しかしそれは、野球少年がプロ野球選手に抱くような、そんな憧れであり興味だった。
そして太一の妹だという文乃との出会いで、その憧れは兄妹に対するものへと変わる。
2人の話を聞けば聞くほど、その実力を見れば見るほど、フィオレンティーナの胸は高鳴った。
田舎から出て来てまだ二ヶ月足らずで、数々の功績を残している。
何よりすごいのは、その功績が武勲だけではなく、商売や政治にまで及んでいる点だ。
まるで物語から飛び出してきたような彼らの近くにいたい。
いや、もっと言えばその物語の登場人物になりたいと、強く思い始めていた。
そんな矢先に、絶好の機会が訪れる。
商館を手に入れたのは良いが、あまりに早すぎて人が足りないのだと言う。
さすがにハウスキーパーや厩番をやる訳には行かないが、商館の店番であれば・・・。
貴族の息女が、大商人の妻兼ビジネスパートナーとして嫁入りすることは珍しくないし、自ら商会を立ち上げることも少なくない。
商才ある母親に、小さい頃からそれとなく商売に必要な知識を教えられていた彼女は、迷うことなくそこに飛び込むことを選んだのだ。
そして母を味方につけ、父を説得(する前から勝負はついていたが)し、彼女は今ここに居る。
「流石にちょっと予想外過ぎますね・・・。
キルスティ様から商売の手解きは受けておられるので、技能的には問題無いと思いますが・・・
そもそも、貴族のご令嬢が、平民の商会で働くのは問題無いんでしょうか?」
あまりの驚きにしばしフリーズしていた太一が、我に返りノルベルトに質問する。
「はい。貴族のご息女や次男以降のご令息が商会で働くのは、騎士を目指すのと同じくらい良くあります。
ましてやタイチ様の商会は、フィオレンティーナ様の父親であるロマーノ様の庇護下にあります。
云わば身内の商会のようなもの。何も問題ございません」
「そうですか・・・ちなみに給金はどうしたら良いのでしょうか?」
「普通の従業員と同じで構いません。
その方の持っているコネが、その商会にとって有益なものであれば、多額の給金が支払われる場合もありますが・・・
フィオレンティーナ様のコネは、タイチ様もすでにお持ちですので」
「はい!むしろ給金など不要なくらいです。
間近で勉強させていただくのですから、逆に礼金をお支払いしなくてはならないくらいです」
本人からもそのように言われてしまう。
「・・・分かりました。ではひとまず、仮採用ということでお願いします。
ちなみに、週の内どれくらい働くことが出来るのでしょうか?」
「特に公務を抱えている訳ではありませんので、基本毎日大丈夫です!」
「なるほど・・・ウチは必ず週1日はお休みにしますので、週5日でお願いします。
何をメインにやっていただくかは、また働きながら決めていきましょうか。
しばらくは、私や文乃さんのやることを見てもらって、分からないことは空いた時間に聞いてください」
「はい。分かりました」
「8の月から正式に商館として業務開始しますので、明後日の二の鐘がなる頃、来ていただいても良いですか?」
「もちろんです!」
「行き帰りは馬車で?」
「はい。ダレッキオ家の馬車でお送りいたします」
「了解です。では、明後日からよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
あ、それともう1名。ハウスキーパー候補についてご紹介してもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「ネリー、こちらへ」
「はい、お嬢様」
先程からフィオレンティーナの斜め後ろに控えていた女性が、呼ばれて前へと進み出た。
ネリーと呼ばれたのは、少し背の高い、濃い茶色の髪をショートボブにした綺麗な女性だった。
「彼女はネリー。私が小さい頃より専属のメイドとして仕えてくれています。
今回、私が商会でご厄介になるに当たり、一緒にハウスメイドとしてご厄介になることをお許しください」
「ネリーと申します。お嬢様付きのメイドをさせていただいております。
専属ですので、お嬢様がこちらにお越しになる際も帯同することになるのですが、お仕事中はお世話をする機会もほとんどございません。
であれば、お手が足りないと言われておりました、店舗や家屋のメンテナンスをさせていただきたいと思っております。
奥様のお仕事もお手伝いしておりますので、多少の雑務もこなせます。
また、そもそも私の給金はダレッキオ家より頂戴しており、今回の業務もお嬢様付きメイドの仕事の範疇ですので、私への給金は不要です」
そこまで一気にスラスラと述べると、再び綺麗なお辞儀をして見せる。
「なるほど。そういうことですね。
分かりました。フィオレンティーナ様と同じく、明後日からよろしくお願いします」
「かしこまりました」
フローターズの面々が突然のご令嬢登場に呆然とする中、採用がサクサク決まっていく。
こうして太一達は、僅か三日で商館と従業員、ハウスキーパーを手に入れるのだった。