◆126話◆異世界広告代理店、爆誕!
トミー商会と看板馬車についての契約を交わした翌日、太一は運輸ギルドに来ていた。
幸いなことに、ノアの褒賞推薦者が運輸ギルドであったため、トミー商会からの紹介状で非常にスムーズにアポが取れたのはラッキーだった。
「これはこれはイトー様、ようこそいらっしゃいました」
「初めまして。タイチ・イトーです。急な来訪にも拘わらず、お時間を取っていただきありがとうございます」
「いえいえ。今の王都で、イトー様との面会を最優先しないような者など、商売をする資格はありませんよ。
おっと失礼。運輸ギルドでギルド長をやっております、カール・ハーニッシュと申します」
カールと名乗った運輸ギルド長は、白髪に口ひげを蓄えた老紳士だった。
初手から笑顔で冗談を飛ばしてくる辺り、人当たりは良さそうだが中々食えない人物かもしれない。
「ハーニッシュ様はご冗談がお好きなようで・・・
今回もご紹介いただいたトミー商会殿には感謝しております」
「ふふ。冗談ではありませんよ?
突然レンベックに現れて、ダレッキオ辺境伯家のご息女を救ったことで褒賞を授かり、同家の剣術指南役に就任。
休む間もなくダレッカ救援作戦の主要メンバーとして活躍。魔法工法なる手法を編み出し、それを買われて近々二度目の褒賞を受けるとか・・・
しかも作戦立案の裏で、トミー商会と組んで看板馬車なるものまで世に送り出した・・・
この経歴を以って、興味を持つなと言う方が無理なお話では?」
「・・・・・・よくご存じで。
我ながら、どこの物語の主人公だ、と思いますよ・・・」
あらためて並べられると、すべて事実であるだけに否定が出来ない。
太一は苦笑いを浮かべると、諸手を上げて降参する。
「はっはっは。正直なお方だ。
さて、冗談はこのくらいにして、本日お越しいただいたご用件をお伺いしても?」
「おおよそお察しかとは思いますが、看板馬車の件でご相談があります」
「やはりその件ですか。ウチに来られたということは、乗合馬車と辻馬車を?」
「ええ、その通りです」
ビジネスの話になった途端、カールから先ほどまでの好々爺とした雰囲気が消える。
「お話の要点は2つです。
一つ目ですが、看板馬車への看板掲載の窓口は、全て私の商会であるケットシーの鞄に一本化します。
そして二点目。その上で、看板が掲載された場合、掲載費用の7割をお支払いする想定です。
こちら2点を踏まえて、乗合馬車と辻馬車に看板の掲載をお願いしたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」
太一は、前置きや詳細を無視して、まずは本質となる部分を直球勝負でぶつけてみた。
カールの性格からして、その方が話が早いと判断したためだ。
「・・・・・・なるほど。お話としては非常にシンプルだ。
いくつか質問させていただいても?」
「はい、構いませんよ」
「まず、話を我々の所に持って来たのは何故ですか?」
「理由は2点です。
一番大きいのは、露出の高さです。辻馬車は一日中街の中を走っていますし、乗合馬車も毎日多くの人を乗せて走っています。
商会の馬車は、移動距離こそ長いですがほとんど街の外ですし、人も乗らないですからね・・・
広告は人目に多く触れるほど効果が上がりますから、非常に重要なポイントです。
もう1点は、規格の統一性ですね。
費用を安くするためと手入れをしやすくするため、同じ型の馬車を多く保有されている。
看板を作る側としても、同じ大きさで作れると効率が良いんです。毎回異なる大きさ、形で作るのは大変ですからね・・・
細かい点は他にもありますが、この2点に比べたら些事ですね」
「ふむ。確かに仰る通りですな。
ちなみに看板の掲載費用は幾らくらいをお考えで?」
「大きさにもよりますが・・・
最も標準的な、馬車1台に3つ掲載する大きさの看板で、週500、月2,500、年30,000ですね。
あくまで現時点での値付けなので、実績を見て金額は変わると思いますし、今後は走る場所やお店の種類で価格を変えると思います」
「場所やお店の種類、ですか?」
「ええ。毎日200人に見られる馬車と50人にしか見られない馬車で価格が同じなのはおかしいですからね。
お店の種類ですが、例えば娼館の看板と街のパン屋の看板を同じ値段で載せたら、客単価が違い過ぎて全部娼館の看板になっちゃいますからね。
印象や客単価に応じて、正当な価格を維持したいと考えてます。
別に儲けだけ考えたら、全部娼館でも構いませんが、それは同時にこの商売の可能性を潰すことになりますから」
「なるほど・・・・・・。
では、最後に・・・我々の取り分を7としたのは何故ですか?
あなたが考え出した商売なのだから、最低でも半々としたところで文句も出ないと思いますが??」
「この商売は、馬車を持っていない私だけが儲かっても仕方がないんです。
一緒にやってくれる仲間が儲かればこそ、この先も続けることが出来る。
それに、私は自前で馬車を持つことも考えていませんので、多少儲けを減らしても馬車を提供してくれる人を探す必要があるんです」
「そう、そこが一番不思議だったので。
先ほど伺った掲載費用であれば、新しい馬車を買っても1年経たずに元が取れます。
だったら自分で馬車を揃えたほうが儲けが大きい。あなたがそれに気付いていない訳は無いはずだ」
「私は、看板馬車だけをやるつもりは無いんです。
もっともっと、“物が売れるように手助けする”商売を沢山手掛けるつもりです。
なので、アイデアを出したことの手数料と、口利きの手数料だけいただいて、それ以外のことは丸投げしたいんです。
全部やってたら死んじゃいますからね・・・楽がしたいんですよ、私は」
「・・・・・・」
飄々と答える太一だが、カールの目には嘘を言っているようには見えなかった。全部本心なのだろう。
「・・・くく、くっくっく。楽がしたい、と来たか。
分かった。この話、乗ろう。売り上げの分配も問題無い。
書面の取り交わしは後日で良いかな?」
「はい。明日には書面に起こしたものをお持ちします」
「承知した。
契約回りについては、秘書のマイアに一任している。私がいなくても、マイアと話をしてくれて構わない」
カールの言葉に、脇に控えていた秘書の女性が一礼する。
「カール様の秘書を務めております、マイア・スミアラインと申します。
契約や書類に関するお話は、わたくしにご依頼いただければと思います」
「かしこまりました。スミアライン様、よろしくお願いします」
「ふふっ、久々だよ。仕事でワクワクするのは。
今後ともよろしく頼む」
「ありがとうございます。
こちらこそ、今後とも良いお取引をさせていただければ幸いです」
二人は、笑顔で握手を交わす。
こうして、無事運輸ギルドとケットシーの鞄との間で、看板馬車専属契約が成立する。
それは、大型の広告掲載契約が成立したことを意味し、異世界広告代理店が名実ともに誕生した瞬間でもあった。
太一が去った執務室で、カールとマイアが話をしていた。
「マイアよ、イトー殿のことをどう見る?」
「一見ただの人の良い青年ですが、商売についての才能は底が見えませんね。
まるで先を見透かしているような・・・」
「全くだな。まだ始めてもいない商売なのに成功を確信している。
しかも、もう次の商売まで考えていた。
我々にとっては画期的な商売でも、彼にとっては単なる通過点。数あるアイデアの一つでしかないのだろうな。
その証拠に、何を考えているかを包み隠さず話していきおった」
「はい。料金に関しても躊躇がありませんでしたし。
考え方と料金を知れば我々が真似をする、ということなど考えていないのでしょうか?」
「真似するならどうぞご勝手に、ということなのだろうよ。
多分、我々が断ったとしても痛くも痒くもないんだろう。
単に交渉の効率が良いから、真っ先に話を持って来ただけなのだろう。
いや、違うな・・・。
この話を断るような愚か者とは二度と組まない。そんな宣言なのかもしれん」
「・・・恐ろしい御仁ですね」
「ああ。我々とは見えているモノが違いすぎる・・・
これでも儂は、この街でも優秀な商売人だと自負しておったのだがな。
まぁ、真っ先に話を持って来て貰えたことを誇ろうではないか。
商売を恐ろしく割り切って見ているが、驚くことに彼は善人だ。
上手く付き合って行けば、梯子を外されることも無いだろう」
「・・・承知しました。
引き続き注視しながら、良い関係を築けるようにしてまいります」
「ああ、よろしく頼む」
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