◆124話◆嵐が去って
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それを糧に生きています。
陽の落ちたダレッカの街に、蹄の音が鳴り響く。
先頭にいるロマーノ含め、ツェツェーリエ以外は全身が泥塗れだったが、表情は一様に明るい。
まだ避難は解除されていないため町も閑散としているが、その空気はどこか軽く感じられた。
ロマーノは、領主の城へ続く坂の途中で馬を止め後ろを振り返る。
街灯りも無く夕焼けの残滓が薄っすら残っただけの景色は薄暗いが、街は確かに存在していた。
「守れた、のだな・・・」
噛み締めるようにそう呟いた。他の者も同じように無言で眼下の風景を見つめる。
しばし足を止めていたが、踵を返し再び居城を目指す。
「さぁ、民も待っておろう。勝利の凱旋と行こうではないか!」
「「「「「おう!!」」」」」
笑顔でロマーノが鬨を上げ、一行が応える。
それは、ロマーノが予知を聞いて以来初めて見せる、心からの笑顔だった。
城の前まで来ると、騎士団や使用人が総出で出迎えに来ていた。
状況から無事作戦が終了したと勘付いていても、確証が無いためヤキモキしていたのだろう。
ロマーノが一団から進み出ると、ザワついていた空気が水を打ったように静まる。
「作戦は成功し、危機は去った!!!ダレッカは守られたのだ!!
皆の者、ご苦労であった!!!!」
ロマーノが高らかに勝利宣言を行う。
一瞬の静寂の後、空気が爆発した。
うおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!
大地を震わすような歓声が城門一帯から上がる。
するとそれは、居城の隣にある騎士団の訓練所へ伝播し、そちらからも大歓声が上がる。
さらにそれが教会へも伝播し、高台一帯はしばし歓喜の渦に包まれた。
ロマーノは、目を細めてそれを満足そうにずっと眺めていた。
城へと戻った太一と文乃は、残っていたメンバーに無事と作戦の成功だけ告げると
すぐに汚れを落として着替えを行った。
そして塔の最上階へ戻ってくると、ソファに倒れ込み長い溜め息を吐いた。
「はあぁぁぁぁ、よかったぁぁぁぁ・・・」
心底安堵した表情で太一が心情を吐露する。
「おう、リーダーお疲れ!良かったじゃねぇか、無事作戦が成功してよ」
「そうだね。ワルターが水が溢れそうだのヤバイだのずっとギャーギャーうるさかったからね。これでやっと静かになるよ」
「あははー。ワルターさん落ち着きなかったですもんねー」
「う、うるせーな!俺は心配してだな!」
いつも通りの空気に、太一はほっと一息吐く。
「なあリーダー、この後はどうすんだ?」
「んー、俺たちのやることとしては、明日朝から状況の見極めをやって、問題無さそうであれば午後から撤収開始かな。
撤収って言っても現地解散だから、ここにしばらく残っても良いし、レンベックに戻っても良いし、その辺は自由だね。
明日戻る場合は、行きと同じく用意された馬車で帰れるし、残る場合は実費だな。
俺たち、と言うか俺は、宰相様への結果報告と看板馬車の話があるから戻るけど、皆はしばらく休暇にしようと思ってる。
ここ一週間かなりハードだったから、ダレッカで休んでから戻って来ても良いんじゃない?
ダレッカにいる内は、遠慮なくここを使えば良いし」
「なるほどなぁ。確かにこの年になると中々疲れが抜けねぇんだわ、これが・・・
ただなぁ・・・」
「ん?ワルターさん、何か気になることでも?」
「いや、何よりきついのが、長時間の馬車移動なんだがな。
今回使った派手な馬車、ああ、看板馬車か?あれはかなり楽だったんだよ。
一緒に帰れば、またあの馬車に乗れるんだろ?だったら、多少無理してでも帰った方が良いと思ってな」
太一達が行きに乗って来たのは、トミー商会が手配してくれた看板馬車だ。それもノアが開発した最新式の。
「ああ、ありゃ乗り心地が良かったねぇ。揺れも少ないし助かったよ」
「魔法具を使って、車輪毎に衝撃を吸収する仕組みをつけたって言ってたな」
ノアが褒賞を貰うきっかけになった発明は大きく二つだった。
1つは魔法具による衝撃吸収機能の付与。現代で言うサスペンションだ。
バネ等を使った物理的なものでは無く、魔法でそれを実現する辺りが流石トミー商会と言ったところか。
そしてもう一つが、車輪を4輪とも独立させたうえで衝撃吸収機能を付けたことだ。
所謂“独立懸架式”のサスペンションを作り上げてしまった。
片方だけでも効果が見込めるものを同時に実装してしまったのだ。
一気に3世代くらい馬車が進化しているので、馬車とは言え全く別の乗り物である。
「じゃあ、今夜はゆっくり休んで、明日みんな一緒に帰るか」
「そうすっか」
「私は問題無いです!」
「いいんじゃないかね」
「あの馬車を見逃す手は無いな」
満場一致で、フローターズの明日の撤収が決まった。
その日の夜は、避難していた住民も参加してのお祭り騒ぎが、騎士団演習場で行われた。
すでに日も落ちていて危険なので、帰宅は翌朝からの予定のためだ。
振舞われた酒も料理も、全て領主が提供している。文字通りの大盤振る舞いだ。
災難が去ったことを知っている住民は、皆表情が明るい。
演習場を取り囲むように焚かれた篝火に照らされ、冒険者や騎士団に礼を言っては盛り上がる状況がそこら中に見られた。
最初、街を救った英雄として皆の前で太一を表彰したいとロマーノが言い出したのだが、自分だけの力では無いと太一は固辞した。
実際問題、工事を行ったのは冒険者であり騎士団だ。それに対する労いを、独り占めする訳には行かない。
また、下手に目立つと加護の事が露見する可能性が高くなるので、目立つのは避けたかった。
それに何より、無事に街が守られて、住民の笑顔が守られただけで十分だった。
主賓の集まる席の端でワインを傾けながら住民たちを眺めていると、不意に声を掛けられた。
「タイチよ、今回は本当に助かった」
ロマーノだった。若い騎士や住民に囲まれて談笑していた彼は、為政者としても慕われているのが良く分かる。
宴の開始直後から囲まれていたロマーノが、ようやくそこから脱出し主賓席に戻って来たのだった。
「いえ、私はちょっときっかけを作っただけですよ。
それを信じて協力してくれた閣下や宰相様、作業を手伝ってくれた騎士団や冒険者、そして窮地を救ってくれたツェツェーリエさん。
皆の力があってこその結果です」
太一の答えに、ロマーノはフッと笑みを零す。
「ふっ。相変わらず欲の無いことだ。
まぁ住民に色々と知られると困るというタイチの言い分も分かるからな、皆にいうことはするまい。
しかしこれだけは覚えておいてくれ。
儂たちダレッキオ家は、娘を救ってくれたばかりか、ダレッカの街まで救ってくれた英雄タイチ・イトーの名を代々語り継ぎ、その恩を決して忘れることはしない。
仮に何代先のタイチの子孫であっても、その子孫が困った時には、ダレッキオ家は必ず助けることを誓おう」
太一はご冗談を、と言い掛けたが、ロマーノの真剣な表情を見て言葉を飲み込む。
「大変光栄なお言葉ありがとうございます。
その名に恥じないよう、今後もお手伝いさせていただくことを今ここに誓います」
「ふふ。これ以上助けてもらうと、1000年かかっても借りが返せそうに無いな・・・
なあ、タイチよ。貴族の“家”が助けられた、ということはな、その過去の歴史と将来も含めて助けて貰ったことになるのだ。
あらためて、ありがとう。ダレッキオ家を救ってくれて」
そう言って差し出された右手を、太一は握り、ガッチリと握手を交わした。
翌朝、台風一過で晴れ渡る青空の下、塔から見えた遊水地は、水嵩が減っていることが確認できた。
物見からの定期報告でも水量が減少に転じていることを伝えている。
それらを勘案し、ついにロマーノから事態の終息宣言が出された。
同時に住民への避難命令も解除され、高台から続々と住民が帰宅していく。
事前に補強をしたとは言え、大きな嵐でダメになった家がいくつもあったが、すでに改修作業が動き出している。
今回手伝いに来た冒険者の何割かは、その改修工事を手伝うためここに残るそうだ。
すでにそんな依頼をギルドに出している辺りが、ロマーノの非凡さを物語っている。
住民の帰宅が一通り終わった午後。
ダレッカの大門前には、多数の馬車の車列が出来ていた。
何割かは残るとはいえ、先行した魔法師組の馬車も加わっているためかなりの数だ。
当然一度に出ると街道が渋滞して大変なことになるので、数日に渡って分散して帰ることになる。
太一達は王城への報告もあるため、先頭で露払いをする予定の近衛騎士団の一行と一緒に出立することとなった。
騎士団の質実剛健な馬車の中に、ベティーナたちの店の広告をラッピングした馬車が混ざる様は何ともシュールだ。
門の前は、見送りに来た住民でごった返していた。そこかしこから感謝を表す歓声が上がっている。
太一が、その様子を馬車の中から見ていると、騎士団長の号令と共にゆっくりと馬車が動き出した。
見送りのボルテージがさらに上がる。
「良かったわね、無事に事が済んで」
ぼんやり外を眺めていた太一に、文乃が声を掛ける。
「ほんと、良かったよ。何かこう、ようやくこっちの人になれたような気がする」
外を眺めたまま太一が答える。
「ふふ、何となく言いたいことは分かるわ」
文乃が優しく呟いた。
車列は、台風一過の青空の下、北へ北へと伸びていく。
こうしてダレッカを襲った記録的な大嵐は、100棟程の家屋を倒壊させつつも、奇跡的に1名の死者も出すことなく過ぎ去っていった。
余談だが、水の引いた遊水地は、その後もその機能は保ったまま、その広大なスペースを利用して大規模な演習場や領民の憩いの遊水公園として使われることになる。
そこを管理するダレッカ騎士団が広場をイトー広場と密かに呼び、演習で利用した他の騎士にもその名称が広まり、ついには王国中でイトー広場と呼ばれ、定着することになるのだが、この時の太一には知る由もなかった。
ダレッカ編はここで一区切りとなります。次回からは新章突入です!
※5,000万立法メートルの遊水池でどこまで水害を抑えられるかは、正直分かりません。
災害は様々な要素が複雑に絡み合うので・・・
作中の遊水地は、日本の本州にある既存の遊水地と比べてもかなり上位の規模なので、フィクションとして効果があったとしていただければ。(北海道のは桁が違うのでノーカン)
そして今なお毎年のように起きている水害が、どんどん減っていくことを祈ります。
(筆者も、昔あった東海豪雨でエライ目にあいましたw)