◆116話◆トミー商会との交渉
「馬車を使った宣伝、ですか・・・?」
シモンがどういうことか理解できない、という顔で聞き返す。
交通広告はおろか、看板すら自身の店の前に出す程度で、広告らしい広告が存在しないのだ。
大きな商会の支部長と言えども、理解できないのは無理も無いだろう。
「はい。仕掛けはものすごく単純なんですよ。
馬車の外装に、お店の名前や商品名を、何処にあるお店かと合わせて目立つように書いた看板を張り付けるだけです。
ああ、商品の絵や簡単で分かりやすい説明書きなんかを加えるのは効果的ですね。
後は、いつも通り馬車を走らせるだけで、乗ってる人だけではなく、見ている人にも宣伝になる、という仕掛けです。
店の前の看板が動いている、と考えれば解りやすいですかね。
今って、そのお店の事を知る手段って、店の前を通るか知り合いから聞くかしかないじゃないですか。
それがこの馬車広告を使うとどうなると思います?」
「馬車に看板が付いていて、何処にある店か書いてあるんですよね?
!!!そうか、馬車が通るところが全て店の前みたいになる、ということですね??」
1つずつ順序立てて考えたことで、シモンが答えに辿り着く。
「正解です。
これまで人が来るまで待つしかなかったのが、こちらから打って出られるようになります。
新しく出来たお店なんかだと、違いはかなり出るんじゃないでしょうか?」
「確かに・・・普通、最初のひと月くらいは、近所の人が来るくらいですからね」
太一は、さらなるダメ押しを仕掛けていく。
「ええ。他にも色々とメリットがありますよ。
例えば、大通りに面した目立つ場所にあるお店じゃなくても、この広告を上手く使えば、お客を集めやすくなります。
開店資金が豊富じゃなくても、勝負できるということです。
もちろん商品が悪ければ、一度来てもらってそれっきりですが・・・」
「ええ、ええ、その通りですね。
いやはや、タイチ様、これは画期的な方法ですよ!!素晴らしい。
それで、我々はこの話にどのように参加するのでしょう?」
シモンはやはり優秀な商人だ。これまでに無かった概念も、論理的に考えて良し悪しを判断できる。
ビジネスパートナーとして申し分のない相手だ。
「シモン様のお考え通り、我々もこの商売は当たると踏んでいます。
しかし、いきなり馬車を買い揃えるのはさすがにリスクが大きすぎますし、そもそも我々のような零細商会にそんなお金はありません。
そこで、トミー商会さんの馬車をお借りして、まずは実証実験をしたいのです。
実際に配送に使われている馬車を何台かお借りして、そこに広告を掲載させてもらいます。
そしてその馬車で、いつも通りに納品なり配送なりしていただければ問題ありません。
掲載する数と期間に応じて、我々から手数料をお支払いします。
もちろん、トミー商会さんの広告も、載せていただいてかまいません。
いかがでしょうか?」
「なるほど。
それであれば、我々も仕事に何も支障は出ないし、タイチ様も初期投資が抑えられる・・・
ええ、問題ありませんね」
「ありがとうございます。
しかしもう一つ、お願いがあります。
これが平時であれば、ここまでのお話でおしまい。あとは諸条件を詰めて、いざ実行!
なんですが、今は昨日の件があって、少々状況が異なります。
昨日発表された作戦ですが、大量の馬車が必要になることはご存じでしょうか?」
「ええ。
何でも、貴族からも馬車を提供する旨の打診が多く寄せられているとか」
「はい。しかし、まだまだ足りない状況なのです。
そこで、私が内密に馬車の手配を宰相閣下より命じられていまして・・・」
「なんと・・・・・・。タイチ様は宰相閣下とも懇意でしたか・・・」
「ダレッキオ辺境伯閣下からのご紹介ですけどね・・・
で、今回の広告を載せる馬車なんですが、まとめて遠征用に貸していただけないでしょうか?
今回の遠征は、国民の注目の的。王都内で普通に走らせるよりかなり目立つと思います。
そして、トミー商会さんが馬車を提供している、と分かれば、他の商会も乗り遅れないように追従するはず・・・」
「・・・・・・なるほど」
「商会の方にとって馬車は重要な商売道具。
国難と言えど、おいそれと安売りはしたくないというのは重々承知しています。
なので、その見返りとして広告馬車のお話をお持ちしました。
ここはひとつ、ご協力いただけないでしょうか?
真っ先に馬車を提供していただいたことについては、もちろん宰相閣下や辺境伯閣下へお話しさせていただきますので」
「ふむ・・・タイチ様、このお話をしたのは我々が初めてですよね?
どうして我々に?」
「正直、偶々褒賞授与式で知己を得られた、というのが大きいですが、それ以外に一つだけ。
トミー商会さんは、どこか他の商会とは違う理念や感覚で商会を運営されていると感じて、それに共感したからです。
そもそもの成り立ちが、生活を便利かつ快適にするためにわざわざ魔法具を開発したことですし。
もちろん商売なので儲けることは大前提ですが、それに加えて世界をより便利で楽しくしたい、という思いがある気がしました。
だからこそ、我々の提案する商売にも、共感いただけるのではと思っています」
「ふふふ、確かに初代は、世の中を便利に楽しくしたいと言っていたと伝わっていますよ。
分かりました。ひとまずこの支店と近隣から、合計10台、お貸ししましょう。
お代は、広告の手数料を引いた価格で提示します。
これで、日和見していた他の大手商会も似たような価格で提供してくるはずです。
タイチ様のことだ、王家からの予算との利ザヤで、ある程度儲けるおつもりでしょう?」
ニヤリと商人らしい笑顔でシモンが言う。
「!!?
さすがはシモン様、誤魔化せませんね。
ええ、せっかくのチャンスなので、少しは良い思いをさせてもらおうかと・・・」
苦笑しながら太一が答える。
「はっはっは、正直ですね、タイチ様は。
しかし商人ならばその方が好感が持てる」
「ありがとうございます。
あーー、ご迷惑ついでにもう一つ。
今回お試しで掲載する広告主、トミー商会さんの方でも当たって貰えないですかね?
もちろん我々でも広告主を探しますが、10台の馬車分をこの短期間で、となるとさすがに手が回らなくて・・・」
「ええ、構いませんよ。
こんな美味しい話、乗ってきたいところはいくらでもあると思いますので。
タイチ様の方で確保されたものも、明日の昼までに一覧でいただけますか?
移動看板の作成は、まとめてこちらで手配しますよ」
「・・・何から何まですみません。
今のドタバタが落ち着いたら、あらためてしっかりお話しさせてください」
「ええ。今はちょっとタイミングが悪いですからね。
先ほどのシンプルさを売りにした売り方の話と合わせて、引き続きよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。
次回は、もう少し初代の話もゆっくりお聞きしたいですね」
「ええ、それはもう。
お酒でも飲みながら、ゆっくりどうですかな?」
「良いですね、是非」
「では、そういうことで。
今後とも、よろしくお願いしますね」
こうして商談をまとめた太一達は、ノア、シモンと固い握手を交わして帰路に就く。
その後太一は、ひとまず馬車に目処が立った旨を宰相へ報告しに行き、文乃は午後から広告主集めに戻った。
明けて翌日、文乃が集めて来た広告主のリストを届けに行くと、シモンから40台ほどの馬車が工面できたと報告があった。
レンベックに支店含めて店を構える上位10商会の内、半数の5商会から約束を取り付けたとのことだ。
これでトミー商会の馬車と合わせて50台。貴族から提供された馬車も結構な数があるので、懸案だった輸送能力も十分だろう。
トミー商会の馬車に掲載する広告についても、問題無く集まったという話なので、やはりシモンはタダ者ではない。
そしてその日の午後、ナタリアを始めとした強制依頼組が、王国の馬車でいよいよ出立していく。
およそ20名の魔法使いとその護衛を乗せた馬車団は、ツェツェーリエとヨナーシェスが見送りに来たことも手伝って、大歓声の中出発していった。