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万年課長の異世界マーケティング ―まったり開いた異世界広告代理店は、貴族も冒険者も商会も手玉に取る  作者: ぱげ


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◆115話◆ユーリ・トミーの信念

案内された建物は、重要市場であるレンベックにあるためか、支店とは言え立派なものだった。

太一と文乃は、石造りの4階建ての最上階にある応接室へと案内される。

調度品がシンプルながら高価そうなのはもちろんだが、それに混ざって、街ではほとんど見られない魔法具が散りばめられているのが、トミー商会らしい。


太一は、応接室に入ってすぐ、懐かしい感覚を覚えていた。文乃に目をやると、同じことを考えていたのか目が合う。

「さすがトミー商会ですね。見た事のない魔法具ばかりだ・・・

 ところで、この部屋は非常に快適なのですが、涼しい風を出すような魔法具があるのでしょうか?」

「!!?さすがのご慧眼ですね・・・“四季天井”という魔法具が、この部屋には備え付けてあります」

太一の指摘に一瞬驚いた表情をみせたシモンが、説明をしてくれる。


太一と文乃が感じた懐かしさは「夏に外からエアコンの効いたオフィスに帰って来た時の感覚」だった。

文明世界を代表するようなその感覚は、こちらに来てからは感じられなかった懐かしい感覚だ。

「おっしゃる通り、部屋の温度を快適にするため、涼しい風や暖かい風を生み出す魔法具です。

 通常の冷風機や温風機と違って、1台で冷風も温風も出せるのが最大の特徴です。

 10年ほど前にようやく実用化に至った、我が商会でもかなり新しい商品になります。

 しかも四季天井は、その名の通り天井に埋め込むものなので、知っている人があえて見ない限り中々気付かない魔法具ですね」

なんと天井埋め込み型だったのか!ますますオフィスの空調だ。

「天井に・・・。素晴らしいですね。

 冷風機も温風機も高価なものなので、これ見よがしに置いてあるのを目にすることはありますが・・・

 この四季天井は、あえて目立たないようにするのが目的ですか?」

「何故、そうお思いに?」

太一の問いかけにさらに質問で返したのはノアだ。一瞬右の眉がピクリと動いた気がする。

「いや、ただ1台で冷風温風を出すだけの魔道具だったら、今の冷風機なんかと同じような形で十分なはずなんです。

 しかも単体の物でさえ高価なのに、両方を一台で、となるとさらにお値段は張るでしょう。

 今の冷風機の使われ方を考えたら、むしろより目立つような誂えにした方が売れるはず。

 それをわざわざ、もう一つ苦労してまで天井に埋め込む形にしている。

 となれば、あえて目立たないように意図して作ったとしか考えられません。

 場所を取らないとか、そういう効果も当然あるでしょうが、副次的なものじゃないですかね?」

「・・・お見事です。

 この商品の真の目的を初見でご理解いただけたのは、シモン以外では初めてです」

真剣な顔で太一の推論を聞いていたノアは、全て聞き終えるとそう言ってニコリと微笑んだ。


「ということは、こちらもロイスナー様が開発を?」

「ええ、その通りです。

 それと、私のことはノアとお呼びください。苗字ですと、どうにも距離感がある気がしますので」

「分かりました。では私どものことも太一、文乃とお呼びください」

「かしこまりました。

 こちらの四季天井は、タイチ様のおっしゃる通り目立たなくすることを主眼に置いて開発しました。

 何故だと思いますか?」

再び真剣な表情に戻ったノアが太一達に問いかける。

「そうですね・・・」

逡巡した後、今度は文乃が口を開く。

「既存の冷風機や温風機より、高性能かつ高額なものでそれをやった、というのがポイントではないでしょうか?

 であれば、今の冷風機や温風機の扱われ方に納得していない・・・

 魔法具は、高価であっても見せびらかすための商品では無い、というメッセージが込められているのでは?」


「素晴らしい!」

それを聞いたノアが破顔する。

「その通りです!いえ、アヤノ様はかなり上品に控え目に言っていただいていますね・・・

 私からしたら“生活のための道具を見せびらかすとは、なんて悪趣味な”くらい思っていますから」

「「ぶっ!!」」

良い顔で言い切ったノアに、太一とシモンが思わず同時に噴き出した。

「失礼・・・」

「ノア様・・・」

脇に控えていたミカエルが、流石に眉間に皺をよせノアを窘める。

「ふふふ、良いんです。初見でお二人には、私の意図に気付いていただけた。

 私にとっては望外の喜びと言っていい。もはや取り繕う必要もありません」

どうやら、今の魔法具の扱いが相当腹に据えかねているらしい。

そこには、初代ユウリ・トミイの思想が強く影響しているのだと言う。


元々ユウリ・トミイは、自分の生活を改善するためだけに、魔法具作りに乗り出したらしい。

「こんな生活レベルはヘーセーから来た私には許せない。無いなら私が作る」

“ヘーセー”が何か分かりませんが、と前置きしてから、シモンがトミー家に伝わっているという初代の言葉を教えてくれた。

それを聞いた太一と文乃が顔を見合わせた。

まず間違いなくヘーセーは平成だろう。

疑ってはいなかったが、これでトミイ・ユウリは平成の日本から来た召喚者であることが確定した形だ。

ノアの話は尚も続く。

自分の為に作った魔法具なのだから、当然見た目には拘らず、ひたすらに機能性を追求していったそうだ。

しかし、ある程度作りたい物を作った頃、本人の望むと望まざるとに関わらず、魔法具技師ユーリ・トミーの名前は有名になってしまっていた。

最初は、知り合いに原価に近い金額で卸していた物が貴族の間で噂になり、頻繁にお抱えにしようと声が掛かるようになる。

流石に個人でやっていたのでは間に合わなくなってきたので商会を起こす。

しかし、根っからのエンジニア体質だったのか、開発以外は全て丸投げだったらしい。

それで良く乗っ取られなかったなと思ったのだが、ユーリの才能に惚れ込みパトロンとなったとある伯爵家が、全面的にフォローしていたらしい。

以来、“機能美”を貴ぶトミー商会の魔法具は、世界中に広がっていったのだそうだ。


「なるほど。そんな経緯だったんですね」

本では分からない生きたエピソードの数々に、感心しながら文乃が呟く。

「はい。なので今でも、過剰な装飾は忌むべきものとして商品開発をしています。

 ところが、ここ最近の魔法具は、機能ではなく見た目を重視したものが、貴族の方を中心に幅を利かせるようになってしまいました。

 別にそれは、悪いことでは無いと頭では分かっているんですが・・・」

渋い表情でノアが言葉を濁す。

「理解しているのと、納得しているのとは違う、ってことですか?」

「はい・・・」

太一の言葉に頷くノア。

「だから、今の世の中に無い高性能な魔法具をシンプルな見た目で作ってやろうと思ったんです。

 それで出来たのが、四季天井であり、今回褒賞をいただいた新型馬車です。

 馬車の方も、見た目は抑えていますから」

「そうだったんですね・・・

 ちなみに今は“あえてシンプルにしていること”って、公言してますか?」

話を聞き終えた太一が、ノアに問い掛ける。

「いえ、特にそういった話はしていません」

「なるほど・・・それは勿体ないですね。

 シンプルさを売りにした商品ってことを前面に押し出した売り込み、してみませんか??」

少し考えてから、太一がそう提案する。

「売り込み、ですか?」

「はい。私もそうですけど、シンプルなデザインの方が好きだという人って、意外に多いと思うんですよ。

 まぁ貴族様は自己顕示欲が強いので、アレですけど・・・

 少なくとも私がお世話になっているダレッキオ閣下なんかは、シンプルなデザインがお好きです。

 多分探せば、貴族の中にも結構いるでしょうし、“あえて”そう売り出すことで、鞍替えする人もいると思うんですよね」

「なるほど・・・」

「流行りなんて、作ってしまえば良いんです。

 どうです?細かい取り決めなんかは後から決めるとして、この話乗りませんか?

 私の商会では、今後こうした“売り方”の提案をすることを、商売の柱にしようと思ってるんです。

 成果報酬制で行くつもりなので、上手くいかなかった場合も損は無いですよ??」

「流行りを作る・・・そんなこと考えたこともありませんでしたね」

聞き役に徹していたシモンが口を開く。

「ノアさん、私は良いと思いますよ。四季天井の狙いに気付いてくれたお二人ですから、問題無いでしょう。

 それに何より・・・」

「何より?」

「何より、面白そうじゃないですか?

 初代の言葉にも確かあったはずです・・・そうそう、仕事は楽しんだもん勝ち、だったかな?」

「ふふふ、何とも初代らしい・・・

 そうですね。別に失敗しても今と変わらないってだけですし。

 タイチ様、アヤノ様、そのお話、乗りましょう!」

「ありがとうございます。

 具体的な施策内容や取り決めについては、また日を改めて詰めましょう。

 今日この場では、時間も足りませんので・・・」

「分かりました」

「さて、矢継ぎ早で申し訳ありませんが、本日は急遽、もう一つお話がありまして・・・」


太一は、緩んでいた表情を引き締めると、あらためてノアとシモンへ向き直る。

「・・・・・・昨日発表された、ダレッカの件絡みでしょうか?」

「流石お耳が早い・・・はい、その件絡みです」

「急遽、とのことでしたので・・・

 しかし、その件でお手伝いできそうなことが、正直思いつかないのですが・・・?」

「こちらも新しい商売のお話なんです。

 確かに、今のトミー商会さんの生業とは直接関係無い話ではあるんで、ウチへの投資に近いご相談かもしれません」

「ふむ、投資ですか・・・」

腕を組みながら思案顔のシモンが呟く。

「ええ。そのためのトライアルにご協力いただけないかな、と。

 馬車を使った宣伝を、一緒にやってみませんか?」

シモンとノアの目を見ながら、太一はそう切り出した。

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