◆111話◆傾向と対策
皆で意見を出し合いながら地図を見る事約一時間。
洪水が発生しそうな場所が、最低でも3箇所ある事が分かった。
「こうして見てみると、危険な所がいくつもあるのですね・・・」
「ええ。今回は南西部に絞って確認していますが、これは王国全体について調査した方が良いかもしれません」
「余程の大雨でも降らない限り、表面化することは無いので、普段から意識するのは難しいですね」
「まぁそうなのだが、表面化したらそれはもう手遅れだからな。これは中々に骨が折れるわ」
思った以上に洪水の発生する恐れがある場所が多いことに、ユリウスもレイバックもロマーノも渋面する外ない。
「まぁ嘆いてばかりいても時間の無駄か・・・
タイチよ。この3箇所の中で、一番怪しいのは何処だと思う?」
気持ちを切り替えるようにロマーノが太一に問いかける。
「そうですね・・・
まず、ダレッカに一番近いここ、ザムール川に西から流れてくる川が合流するポイントですが、多分ここは大丈夫かと」
「ほぅ。一番近いから可能性も高そうだが・・・?」
「だいぶ河口に近い場所で、合流している川の水量も普段からそこそこあるので、この辺りは川底が深そうなんです。
それにこの合流している川は、さらに北西から流れてきています。
嵐は南西から北東へ向かって行くと思われるので、こちらの川はそれほど増水しないはずなんです。
それと・・・・・・」
「それと?」
微妙に言い淀む太一を、ユリウスが促す。
「仮に大水が出たとしても、ダレッカ側にはほとんど被害が無いと思います。
この辺りは西側の方が土地が低そうなので、隣国側へ流れていくかと。。。
敵国とは言え水害にはなるので、あまり気分の良いものでは無いですが」
「そういうことか・・・」
答えを聞いたユリウスの顔が渋いものになる。
「残りの2つ。北から流れてくるザムール川の本流に東からの支流が合流する場所。
その合流点より少し上流、支流が山間をしばらく流れる区間。
この2つが複合的に水害を起こす可能性が高いと思っています」
「複合的に、か・・・」
太一が指差したポイントは、ダレッカより数キロ北側の地点だ。
北側からほぼ真っすぐザムール川の本流が流れて来て、その辺りで西へカーブしながらダレッカの西側へと至る。
その少し上流で、北東側から山間を抜けるように支流が合流していた。
「まず支流側ですが、山間を抜けるので水量が増す可能性が高いです。
で、山間を抜けたと思ったあたりで本流と合流しています。
ライカールト様、この支流は谷合いを流れていますし、普段はあまり水量が無いのでは?」
「ああ、そのとおりだ。川幅もさほど広くない」
「やはり・・・普段あまり水量が無いので、急に水量が増えて合流すると、おそらく合流しきれず支流側が溢れます」
「なるほど。本流側とて増水しておるだろうからな、そこにさらに普段以上の水量は流し込めぬが道理か・・・」
「はい。さらに今回は、もう一つ不幸な上積みが重なる可能性があります」
「まだあるのか・・・」
太一の説明にうんざりした表情のロマーノ。
「今回の引き金は、“大雨”では無く“大嵐”ですよね?
雨だけでは無く風も強い。そうなると、木の枝が折れたり木が倒れたりします。
で、そうした倒木の何割かは川へ流れ込みます。それを念頭に地図を見てください」
太一が促すと3人が地図を覗き込む。
「まず支流側です。
山間部を流れてくるので、斜面を滑ってくる草や石や木がそのまま一緒に流れてきます。
本流側も、合流点の手前しばらくの間だけ山裾を通る形になっています。
こうして流れて来た大量のごみが、合流点の辺りでおそらく詰まって川を堰き止めるのではないかと・・・」
「「「・・・・・・」」」
太一の言葉を聞いた3人は腕組みをしたまま黙ってしまった。
「はぁ・・・全くよくもまぁこう厄介事が重なるもんだな」
1分ほど止まった空気が続く中、最初に口を開いたのはロマーノだった。
大きな溜め息と共にボヤキを零す。
「聞けば聞くほど、不幸としか言いようがありませんね」
ユリウスも諦め顔で感想を漏らす。
「ええ。もしタイチ殿が教えてくれなかったらと考えると恐ろしいですね・・・」
レイバックは地図を見たまま表情を硬くする。
「とは言え、何処まで行っても予測でしかありませんし、問題はそれでどうするか、です・・・」
ひとまずポイントを絞った4人は、次なる議題へと取り掛かる。
「単純な話だと、川の土手を高くして水を食い止めるやり方だろうが・・・
今回は時間が足りぬし、そもそも普通の高さでは防げるとは思えんな」
ロマーノの言う通り、まず思い浮かぶのは堤防の強化だろう。
きちんと工事を行えば、安定した効果も見込める。
しかし、堤防工事にはやはり時間が必要になる。応急処置的な作業量では、満足な効果は得られないだろう。
「そうですね。他にも浚渫と言って川底を深く掘ったり、川幅を広げたりするのも効果があります。
しかし、事前の調査をしっかりする必要がありますし、作業にも時間が掛かります」
「そうでしょうね」
「なので、今回は多少乱暴ですが、遊水地を突貫で作ろうと思ってます」
「ゆうすいち、ですか?それはどういう物でしょうか?」
「簡単に言うと、ものすごく巨大な溜池です。
水害の恐れがある場所の土手の一部を、予めやや低くしておきます。
そしてその外側に、人の住んでいない広い場所を確保し、周りを高くした壁や土手で囲います。
低くした土手からわざと水を溢れさせ、人のいない所に一時的に逃がし、水嵩が減ってきたら川に戻すんです」
「ふむ。多少の被害は目を瞑り、大惨事になるのを避けるのか」
「はい。川のすぐ近くまで人が住んでいると出来ませんが、幸い合流地点の付近は村も畑も無いようなので・・・
それに、ひとまずはただ水を溜めることが出来ればよいだけなので、かなり雑に掘っても大丈夫です。
本来は、川に水を戻すための出口なんかも作るんですが、今回その辺りは全部事後に回します」
それでも地球基準で考えると、1週間やそこらではまともな遊水地は造れない。
しかし、エリシウムであれば・・・
「そして工事には、まず魔法使いを大量に投入します。
火魔法や風魔法で地表を均してから、土魔法や爆発系の魔法で一気に掘れるのではないでしょうか?」
そう。まずは魔法があるのが大きい。
使える人は多くは無いが、使える場合のマンパワーは重機を凌ぐ。
人が居ればよいので、輸送や運用も楽だ。
しかしこの世界では、何故か土木工事に魔法が使われることはほとんど無い。
冒険者が魔物を狩るのを至上命題としている故の弊害だろうか?採集依頼の件と言い、かなり勿体ないなと太一は常々思っていたのだった。




