◆110話◆筋書き
ブックマークが100件を超えました!ありがとうございます。
いつもお読みいただき感謝です!!
新規連載も始めました!
↓よろしければ、こちらもお読みください↓
異世界は猫と共に~システムエンジニアは失われた古代の魔法理論を解析し、魔法具界に革命を起こす
https://ncode.syosetu.com/n3803ik/
太一の筋書きは、要約するとこんな感じだった。
この先の天気を、大まかにだが予想することが出来る魔法具が秘密裏に試験運用されていた。
秘匿技術を使った機密実験のため、人目を避けてダレッキオ辺境伯領で実験は行っている。
二ヶ月ほど運用した所、ある程度晴れや雨、気温の高低が予想できることが分かって来た。
しかし数日前、これまでにはない異常な数値が計測された。
初めは故障かと思ったが、魔法具には異常が見当たらない。
更に原因究明を進めると、どうやら異常な数値などでは無く、それが正確な数値だという結論に至った。
良かった、故障では無かった、めでたしめでたし・・・
で終わる訳は無く、数値が本当だとすると、過去に類を見ない大規模な嵐が来る事を予測していることになる。
それも10日と経たずに嵐はやってきそうだ。
予測は10割当たるものでは無いので、無視することも出来なくは無い。
しかし、もし当たっていた場合の被害はとんでもないことになる可能性が高い。
対策を打たずに後悔するか、対策をしたが空振りに終わったことを嘆くか・・・
賢明なる王は後者を選ぶ。
とは言え、今から王国全土に対して十全な対策を取ることは出来ない。
特に嵐の影響が大きいと思われる、王国南西部に対してリソースを集中させることにした。
対策の柱は大きく3つ。
一つ目は、風による住居の倒壊を可能な限り食い止めること。
応急的な措置にはなるが、何もせず嵐を迎えるより遥かにマシであろう。
二つ目は、住民の避難だ。
住居の倒壊対策をしても、洪水が発生した場合意味を為さない。
嵐が近づくタイミングで、集団で高台へと避難することが決められた。
そして三つ目。今回の対策のキモとなる部分、“治水工事”だ。
天啓では洪水が発生することが示唆されているため、それを防ぐ、もしくは被害を軽減させることが必須だ。
しかし、まともに工事をしていたのでは間に合うはずもない。
場所を絞り限りあるリソースを最大限そこに集中させる必要がある。
今回の対策の最大の課題であり最重要実施事項だ。
「ふむ・・・その魔法具をどうやって手に入れたのか、の理屈を作り上げねばなりませんが、筋書き自体は悪くありませんね。
一つ目は触れを出して措置に必要な金銭の補填を行えば、ある程度問題無いでしょう。
二つ目も、念を入れて避難するよう命令を出すことも出来ます。避難前後含めて食料を保証することで、民の不満も大幅に減らせるはずです。
問題は三つ目ですね・・・」
太一の筋書きを黙って聞いていたユリウスが尋ねる。
「仰る通り、三つ目が難題です。対策の柱は三つと言っても、事実上三つ目を何とかしないと、被害はあまり小さく出来ません」
問われた太一も、いかにそれが難しいことなのかは十分理解していた。
おそらく地球であれば絶対に無理だろう。
太一は、用意されていた水を一気に飲み干すと、あらためて治水についての話を再開する。
「課題になるのは4点です。逆にこれを決めてしまえば後は動くだけなので、出来るだけ早めに目途を立てる必要がありますが・・・」
そこで一呼吸置き、続ける。
「1つ、何処を工事するか
2つ、どういう工事をするか
3つ、誰が、どうやって工事をするか
4つ、そのための原資はどうするか
の4点です。
まぁ、どれも当たり前のことですがね・・・
こういう緊急を要する状況の時ほど、面倒がらずに基本に忠実にいった方が良いかと・・・」
苦笑交じりに太一がポイントを挙げた。
「まず一つ目です。おそらくですが、今回洪水を引き起こすのは、ダレッカの西を流れるザムール川でしょう。
そしてダレッカをその水が襲うということは、ある程度ダレッカに近い場所でそれが起きる、ということです。
それを踏まえた上で、場所を予想することが必要です」
そして太一は、レイバックに質問を投げる。
「ライカールト様、王国南西部の地図を見せていただくことは可能でしょうか?
ダレッカ近辺のものは辺境伯閣下に見せていただきましたが、それだけでは足りないのです・・・」
ここまでの話を聞いておそらく予想が付いていたのだろう。
レイバックは眉間に皺を寄せ唸っている。
地球では、今でこそインターネットで手軽に世界中の地図が見られるようになったが、元々地図は重要な軍事情報だったため、多くの国で軍が管理していた。
今でも、イタリアやスペインなどでは軍関係の機関が地図を作成しているくらいだ。
世界規模の戦争がしばらく起きていない地球でさえそうなのだ。
飛行機も無く隣国との戦争がリアルな脅威となっているエリシウムにおいては、正しく軍事機密に違いない。
「ライカールトよ、懸念は分かる。
だがな、この期に及んで迷うのは凡将のすることだ。
将たるもの、何を優先すべきなのか判断基準を間違えてはならんぞ」
結論の出せないレイバックに、言い聞かせるようにロマーノが語り掛ける。
隣国との戦果著しい英雄の言葉は、何よりも重みがある。
「・・・分かりました。すぐに持って来させます」
腹を括ったレイバックが席を立ち、扉前に控えている近衛の一人に一言二言声を掛ける。
声を掛けられた騎士は、一瞬驚いたものの「はっ」と短く答えると、足早に地図を取りに向かった。
レイバックが席に戻ったところで、タイチが再び話を始める。
「ライカールト様、ありがとうございます」
「ふっ、礼には及ばんよ。ロマーノ様の言葉で目が覚めた。
国難に当たっては情報の秘匿などしてはおられん。
で、タイチ殿。地図を見たとして、どこで洪水が起きるか分かるものなのか?」
レイバックの質問はもっともだろう。
それが分かるなら、あらかじめ対策も出来ようというものだ。
「残念ながら、完全に予測をすることは不可能です。
しかし、ある程度絞り込むことは可能です。それには地理的な情報が非常に大切になります」
自然が相手の話なので、予想できない様々な事態は当然発生する。
故に完全にコントロールすることなど到底不可能だが、蓄積された知識で軽減することは可能なはずだ。
太一は特段自然災害に詳しい訳では無い。
しかし幸か不幸か、世界で最も自然災害が多い国と言われる日本出身の太一の知識は、この世界のレベルからは逸脱している。
毎週のようにニュースで災害についての解説がされているし、小学校の時から災害の怖さを教えられ、避難訓練をして育つのだ。自ずと災害知識も身に付くというものだ。
「大水が出やすい場所には、ある程度法則があります。
代表的なもので言うと、複数の川が合流する地点や、山の間を突き抜けるような川、川幅が狭くなるところ、川筋が大きく曲がるところ、などです。
他にも、急激に森や山を切り開いた場所なんかも洪水や地滑りが起きやすくなります。
まずは地図を見ながら、そういった場所を確認していきます」
「なるほど・・・
川が合流する所や狭くなるところは、言われてみれば確かにそうだな。
増えた水量を流せなくなれば、水は溢れるしかなくなる・・・
しかし、山の間を通る川はどういう理屈なのだ?」
太一の話を聞いていたレイバックが太一に質問を投げ掛ける。
「山に雨が降ると、斜面を伝ってそれが全て山裾を流れる川へ流れ込みます。
元々そうして川が出来ているので、いつも通りの雨ならまだ大丈夫なんです。
さらに山と言うか森は、降った雨を地面の中にある程度蓄えておく機能があります。
なので、普段は多少雨が降ったところで一旦地面に吸収されて、川へすぐに流れることはありません。
ですが、普段降らない量の雨が降ると、地面に吸収されなかった水があっという間に斜面を流れて全て川へ流れ込むんです。
そうなってしまうと、急激に水量が増えてしまい、水が溢れます」
「・・・・・・。なんと、そんなことになるとは・・・」
質問をしたレイバックだけでなく、初めて聞く現代日本の災害知識に、全員が驚きの表情を浮かべた。
そこへ、タイミングよくノックの音が響く。
先程指示を受けた騎士が、地図を携え戻って来たのだ。
レイバックはそれを受け取ると、テーブルの上に地図を広げた。
「これが王国西部の最も詳細な地図になる。
ダレッカ近辺は軍事的に重要な場所だからな・・・。王国全体で見てもかなり詳しい地図がある地域だ。
戦争なぞ御免だが、今回ばかりは感謝せねばならんな」
「ありがとうございます。では、さっそく怪しそうな地点を探しましょうか」
太一を中心に、巨大な地図との睨めっこが始まった。




