◆105話◆褒賞と謁見
控室を出た一同は、褒賞授与式の会場へと案内された。
レンベックにおける褒賞は、王国の発展や運営に多大な功績を上げたことが認められると授与される。
例えば、街道に出た強力な魔物を退治した、王族や貴族を窮地から救った、画期的な魔法具を開発した、孤児の救済に個人資産を提供した、などだ。
そうした功績を上げた個人や団体を、貴族や領主、各ギルドや教会等が王城へ推薦、検討会議で検討されて受賞者が決められる。
受賞者は、年2回王都で開催される大会議の終盤に王城へ招かれ、授与式が行われるのだ。
その場で褒美~多くの場合は金一封だが、叙爵や陞爵される場合もある~と功績に応じた勲章を頂戴することが出来る。
しかし、受賞者にとっての目玉はそこでは無く、“国王から直接声を掛けられる”栄誉だろう。
この国の国王は、魔物を退けて国を興した初代の血を引いている、いわば英雄の子孫だ。
そして建国以来、他国の侵略を許さず国は発展を続けている。
いわゆる善政を続けている王家の為、国民の王家に対する人気は非常に高い。
そして受賞者の多くは平民だ。国王を見る機会すら稀で、ましてや謁見出来る機会など普通に生きていたら一生無い。
国民憧れの国王から直接お声掛けいただけるのだ、5代先まで語り継がれる栄誉だろう。
そんな内情を全く知らない太一は、まさか謁見があるとは思わず、胃が痛くなっていた。
この世界生まれでは無い太一にとって、国王などなるべく近づきたくない人種の筆頭だ。
名誉よりも面倒の方が多すぎて釣り合わない。
しかも、今回の太一は、冒険者ギルド長、ダレッキオ辺境伯、王都警備隊の3者連名での推薦だ。
推薦名目は“王都に潜入した未知の敵の撃退および辺境伯令嬢の救出による、王国危機の未然防止”だ。
どこの物語のヒーローかという話だが、内容に間違いが無いから文句も言えない。
推薦者と推薦理由は公表されるため、太一は俄かに注目を集めることになってゲンナリしていた。
そしてそれに輪をかけたのは、前述した華やかな成果を引っ提げてしまったため、受賞者の代表に抜擢されてしまった事だ。
代表者は、謁見した受賞者を代表して、国王に感謝の言葉を述べなければならないのだ。
あわよくば仮病で欠席することすら視野に入れていた太一にとっては、青天の霹靂だった。
しかも、それを察知してかロマーノは当日までこの件を伏せていたので質が悪い。
何を喋ったものかとグルグル考えている内に、謁見の間に辿り着いてしまった。
「こちらでしばしお待ちを。
準備が出来次第お声が掛かりますので、入室後は先程お伝えした通りにお願いします」
先導する文官から指示が飛び、受賞者の緊張感も高まっていく。
しばらくすると、謁見の間から褒賞授与式開始の声が聞こえて来た。
「それでは本年後期の褒賞授与式を行います。受賞者は入室を」
殆ど音も立てず目の前の大きな扉が開き、一同は緊張の面持ちで入室していった。
「引き続き国のため、その力を振るってくれぬか?」
「はは、はい!有難きお言葉。全力を以って尽くす所存にございます!!」
授与式は、恙無く進行していた。
1人ずつ授賞理由と共に名を読み上げられ、国王から一言二言声を掛けられ今後の尽力を誓う、という流れだ。
「次。トミー商会ウッカーハイム支店長、ノア・ロイスナー。
授賞理由は、“新型馬車の開発による移動・流通事情の改善”。推薦者は運輸ギルド長です。
ロイスナー殿、一歩前へ」
「はっ!」
3番目に読み上げられたのは、例のトミー商会の関係者だった。
ノルベルトの予想通り、支店長のようだ。
「ロイスナーよ、そなたが開発、提供してくれた新型の馬車は余も何度か使わせてもらった。
アレは良いな。揺れが少ないし音も静かだ。馬車酔いや尻が痛くなることが減ったと妻も喜んでおる。礼を言おう」
王の言葉は、威厳はあるものの大仰でも威圧的でもない平易な言葉だ。
笑顔と共に語られるその言葉は、平民受賞者の頭にもスンナリ入っていく。
中々にフランクな王様のようで、近年の国王の中でも一際国民の人気が高いのも頷ける。
「はっ、有難き幸せ。恥ずかしながら私も馬車酔いが酷く、その撲滅に心血を注いでおります」
王に言葉を返すノアも中々のものだ。
王の言葉をきちんと拾って、自分を少し卑下して笑いを取りに行く。
居並ぶ貴族からも失笑ではない笑いが起き、王もニヤリと笑っている。
さすがは世界最大の商会で支店長を任される人物だけはある。
「ふふ。それは有難いな。喜ぶ者は世界中に居よう。
今後ともその情熱を、我が国の発展のために使ってくれぬか?」
「はっ!身命を賭しまして!」
ノアのおかげで、少々場の空気が和やかになった。
次に呼び出しを受ける太一としては、非常にありがたい流れだ。
「次。今回の最終授与者。ダレッキオ辺境伯家門客にして剣術指南役。並びに商店ケットシーの鞄店主、タイチ・イトウ。
授賞理由は、“王都に潜入した未知の敵の撃退および辺境伯令嬢の救出による、王国危機の未然防止”。
推薦者はロマーノ・ダレッキオ辺境伯閣下、冒険者ギルド長ツェツェーリエ様、王都警備隊の連名となっております。
イトウ殿、一歩前へ」
「はっ!」
(あれが・・・)(若いな)などという呟きが、居並ぶ貴族が囁いているのを無視して太一が返事をする。
「ふふ、そなたが噂のタイチ・イトウか。ロマーノとツェーリからも話は聞いておる。
この度は雨の降る中、よくぞ未知の敵を撃滅の上、ロマーノの娘を救ってくれた。
ダレッキオ家は国防の要ゆえ、その足元が揺らぐことは大事に繋がる恐れがある。
それを未然に防いだ功績は大きい。礼を言う。
特にロマーノは親バカだからな。娘が襲われたと聞いて肝を冷やしたぞ」
居並ぶ貴族から楽しげな笑い声が上がる。ロマーノの親バカネタは鉄板のようだ。
「陛下・・・」
ロマーノも苦笑してそう呟く。
「私は偶然その場に居合わせただけのこと。
敵の撃滅も、ダレッキオ家の優秀な護衛の方の手助けを少々させて頂いただけにございます。
しかしながら、それが少しでもこの国の一助になったのであれば、望外の喜びにございます」
そう言葉を返した太一に、王がニヤリと笑みを浮かべる。
「くく。武門ダレッキオ家の剣術指南役は、確かな実力あってのものよ。
今後もその剣を、この国の為に振るってもらえぬか?」
「はっ!身命を賭しまして!!」
「うむ。よろしく頼む。
今年も、皆のような者を表彰できたことを非常に嬉しく思う。
民あっての国だ。皆のような優秀な民が居れば、引き続き我が国の未来は明るいものと確信している。
引き続き、よろしく頼むぞ?」
「「「「はっ!」」」」
「では、受賞者を代表してイトウ殿、今後の決意表明を」
「はい。
この度は誉ある褒賞を賜り、受賞者一同を代表して僭越ながら御礼申し上げます。
今回の受賞に満足することなく、今後も更なる研鑽を積み、陛下並びに国の発展のために微力ながら尽力して参る所存であります!」
顔を上げて堂々と太一が言うのを見て、国王がゆっくりと頷く。
「うむ。大儀であった!」
国王の締めの言葉が発せられると、居並ぶ一同からの拍手が謁見の間に鳴り響く。
こうして、今年後期の褒賞授与式は、和やかな空気で無事幕を閉じた。




