◆103話◆天気予定
宵闇が迫る中、太一達を乗せた辻馬車がレンベック辺境伯の別邸前に停まる。
遅い時間の突然の訪問に、警戒した衛兵が強めの口調で御者に詰問する。
「このような時間に何用だ?」
「わ、わ、私はお客様に頼まれただけで・・・」
何の事情も知らずに言われるままに来た御者が返答に窮していると、すぐに馬車のドアが開き太一が出てくる。
冒険者カードに浮かぶダレッキオ家の家紋を見せながら、早口でまくし立てた。
「すみません、先触れも出さずに!
門客の太一です。大至急ロマーノ様に御伝えしたい儀があり、失礼を承知で参上しました。
家令のノルベルトさんに取り次ぎ願えないでしょうか?」
馬車から突然人が出てきたので、さらに警戒を強めた衛兵だったが、出てきたのが太一だと気付くとすぐに姿勢を正した。
「これはタイチ様!お帰りなさいませ!!
こちらはタイチ様のご自宅と同じようなもの、先触れなど不要です。
そのまま馬車でお進みください!
おい、お前は大至急ノルベルト様にタイチ様のご帰宅を報告しろ!!」
笑顔で太一を迎え入れると、もう一人いた若手の衛兵を使いに出す。
命令された衛兵は、大慌てで馬を飛ばし屋敷の方へ飛んで行った。
「すみません、助かります!」
太一は衛兵に礼を言い、再び馬車に乗り込む。
「すいません、出してください。このまま木立を抜けた先が馬車寄せです」
「へ、へい!」
辺境伯の家族同然、と言うセリフが聞こえてしまい恐縮しまくる御者。
今日一番不幸だったのはこの御者かもしれない。
木立の中を数分かけて進み玄関前の馬車寄せまで辿り着くと、すでにノルベルトが迎えに出て来ていた。
フィオレンティーナも横に控えている。
御者が馬車を寄せると、さっとノルベルトがドアを開ける。
まず太一が降り、文乃に手を貸す。
「お帰りなさいませ、タイチ様、アヤノ様」
「お帰りなさい!タイチ様!アヤノ様!」
柔らかい笑顔で迎え入れるノルベルトと満面の笑みのフィオレンティーナ。
「急に押し掛けてすみません!ちょっと急ぎお耳に入れたいことが出来まして・・・
あ、御者さん無理言って申し訳ない!これ、取っといて!!」
太一は、未だ緊張しっぱなしの御者に金貨を握らせると、あらためてノルベルトに向き直った。
「ロマーノ様はご在宅ですか?」
「はい。少し前に王城よりお戻りになられております。
お食事のご準備を、と思いましたが、そのご様子ですとまずは主人と面会いただいた方がよろしいですね。
ご案内します」
太一の焦りが伝わったのか、すぐにロマーノに面会させて貰えることになった。
「最近よく会うな、タイチ。いっそのことここに住んだらどうだ?」
執務室に通された太一達を、笑顔のロマーノが迎えた。
「ありがとうございます。しかし自分も、まさかこんなすぐにお伺いするとは思いませんでしたよ・・・」
「だろうな。しかも明日は登城する日だ。それまで待てぬと言うのだ、余程のことなのだろう?」
ロマーノの目が鋭くなる。
「はい。一刻も早くお耳に入れたほうが良い内容かと思いまして。
それに場合によっては、明日王城で上申される必要もあるかと・・・」
「ふむ。それほどの儀か・・・」
「はい。そして出来れば、人払いをお願いしたく。
私と文乃の持つ、例の件絡みのお話もありますので・・・
その後は、ロマーノ様のご判断でお話しいただく方を勘案いただければと思います」
太一と文乃の例の件、という言葉を聞いてピクリとロマーノが反応する。
「・・・よかろう。ノルベルトを残して退席せよ。呼ぶまで誰も入れるな。良いな?」
「「「はっ!!」」」
護衛として控えていたのであろう3名の騎士が、短く返事をして退室していく。
「ご配慮、ありがとうございます」
「構わん。で、何があった?」
「まず最初に1点確認させていただきたいことがあります。
領都であるダレッカの街は、赤っぽいレンガのような石が建材として使われており、近くに河がありませんか?」
「ん?確かにダレッカでは朱砂と言われる独特の砂を使ったレンガが良く使われるな。
河も街の西側を通っておる。国境となっている大河だな。
よく知っているな。行ったことがあるのか?」
「いえ、行ったことはありません。行ったことが無いので、確認させていただきました」
「ふむ。どういうことだ?」
「単刀直入に申し上げます。
今日より7日から10日後、大嵐が来ます。その結果、ダレッカと思われる街が大きな水害に見舞われます・・・」
「何っ!???」
突然の予言に絶句するロマーノ。脇に控えるノルベルトもかなり驚いているようだ。
「以前、私達の加護についてお話したのを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。タイチは相手の感情が分かるスキルで、アヤノが弓のスキルだったか」
「はい、その通りです。ですが、実はもう一つスキルがあるのです、私にも文乃にも・・・」
「なんと・・・それは真か?」
「はい。黙っていて申し訳ありません。二つ目についてはツェツェーリエ様にも伝えておりません。
単純に、スキルが複数あるのが特殊なのかどうか分からなかったのが1点。
2点目は、特に私の方のスキルが、使い方によってかなり大変な力を有するスキルだったためです」
「なるほど・・・
確かに一つの加護で複数のスキルを得るケースは無くはないが珍しいな。
仕方が無かろう。
それに、そもそも加護の内容は秘匿する者の方が多い。
タイチらが私に内容を隠していたとしても、儂含め誰も咎めはせんよ。
むしろ話してもらえたことに驚いているくらいだ」
ロマーノであれば、隠していたとしても怒ることは無いと確信していたものの、穏やかに微笑むロマーノを見てあらためてホッとする太一。
「ありがとうございます。
で、私の二つ目のスキルですが・・・天気の“予知”です」
「天気の予知、だと!?予想では無く、予知なのか??」
「はい。見た天気は、これまで全て当たっているので、予知と言って良いかと・・・。
まだ見られる距離や期間、精度など分からないことも多いのですが、
今日西の森に行った際に、どこまでの距離の天気が分かるのか試してみたのです。
すると、先ほど申し上げた赤いレンガの街を大嵐が襲い、近くにある川が原因と思われる大水が、その街を飲み込むのが見えました・・・」
唇を噛み締めて言う太一。ロマーノは目を瞑りじっと話を聞いていた。
「なるほど・・・で、その嵐が来るのが7~10日後という訳だな」
「はい」
「王都には嵐の影響はないのか?」
「そちらも確認しましたが、大雨と強風は吹くものの、嵐は直撃しませんので大きな影響は無さそうです」
「・・・そうか。まずは重畳といったとこだが・・・
いや、それよりまず伝えてくれたことに礼を言わねばならんな。助かった」
そう言うなり、ロマーノがガバっと頭を下げる。
「!!頭を上げてくださいっ!」
「そういう訳にも行かん。本来秘匿すべき加護の内容をバラしてまで伝えてくれたのだ。
それに礼を言えぬようでは領主としてはおろか、人として終わっておるわ」
なおも頭を下げたままロマーノが続ける。
「分かりました。謝礼は受け入れますので、顔をお上げください」
「・・・ありがたい」
「ロマーノ様は私を家族のような者だと仰ってくれたじゃないですか。
であればダレッカは自分にとって第二の故郷みたいなものなんです。
そこに大事が迫っているのに保身に走るほど落ちぶれてませんよ」
「ふふ、そうか。いやそうだな、タイチはそういう人間であったな。
ダレッカだからとは言っておるが、見えたのがダレッカでは無かったとしても、お前は伝えたであろう。そういう男だ、お前は」
「・・・過分なお言葉有難く」
今度は、ベタ褒めに背中が痒くなった太一が頭を下げた。
「ただ、問題は起きることが分かっても、それを止める方法があるか、なんです・・・
あくまで私が見たのは“どんな天気になるかのイメージ”なので、天気以外は確定していないと思うんです」
「どういうことだ?」
「嵐は来るし大雨は降る。ここまでは確定した未来です。
ですがその後の水害については、間接的に起きる事象なので、まだ避けられる余地があるということです。
例えば、明日雨が降っていて、私がびしょ濡れになるイメージが見えたとしますよね?
その場合雨が降るのは止めようがないのですが、私が外へ出なければびしょ濡れにはならないんです」
「そういうことか・・・」
「はい。しかし、私はダレッカがどのような街なのか、距離も環境も何も存じ上げません。
ですので、まずは領主であるロマーノ様にお話ししてご判断いただき、必要に応じて王族の方や他の貴族の方へ協力を要請するなどの対策を講じるのが良いかと」
「そうだな・・・」
しばし瞑目した後、ロマーノが口を開く。
「ダレッカまで、馬車で普通に移動すると7日ほどの距離だ。それではほとんど何も対策が取れぬ。
途中で馬を替えつつ昼夜走れば3日あれば辿り着くが、それには途中の町や村で馬を手配してもらう必要がある。
それには各領を治める領主や大店商人の協力が必要不可欠だ。
ただ早く帰る、それだけでもこれだ。幸い西方は、ほとんどが同じ派閥だから、協力は得られるとは思うが・・・
明日は国王陛下へ話を上げておいた方が良いだろうな」
「それが良いかと思います」
「儂はな。タイチは良いのか?国王へ話を上げるということは、タイチの加護もバレるということだぞ?」
「些事ですよ。領民の命の方が大切です」
「ふっ、自分の領地でも無いのにその命が大事と言うてくれるか・・・
分かった。ここはタイチの厚意に甘えさせてもらおう。
そして今日伝えてくれて助かった。明日までの時間で、やれることもある。
引き続き、明日もよろしく頼むぞ」
「ええ。明日は私の方こそお世話になると思いますしね。お互い様ですよ」
「お互い様か・・・まるで釣り合いが取れておらんがな」
「それはそれです。どうしてもと言うなら、貸し一つ、ということで」
苦笑するロマーノに、太一はニヤリと笑ってそう答えた。




