◆102話◆嫌なビジョン
王城行きが決まった翌日、太一は色々な小物を買い揃えるのに忙殺されていた。
礼服一式は仕立てて貰っているが、細かなアクセサリー類や新しい肌着等、何かと必要な物があったのだ。
どこで買うのか含めて、ダレッキオ家の優秀な家令やメイドたちに全て教えてもらえたのは幸いだっただろう。
しかし、ただ買いに行くだけとは言え、車も無いため移動に手間が掛かる。
全て買い終える頃には陽が西に傾いていた。
その日の太一は何もやる気が起きず、食事をとって早々に眠ってしまった。
明けて翌日。
前日、前々日と細々とした用事が重なっていた太一は、気分転換も兼ねて採集に同行していた。
「リーダー、明日は王城だろ? 採集なんかに来てて良いのか?」
「良いか悪いかは分からん。でも、外に出て気分転換でもしなけりゃやってられん!」
「そ、そうか……」
「大丈夫ですか? 昨日のリーダー、死んだゴブリンみたいな目で歩いてましたけど……?」
「ぶっ」
「ぶふっ」
「ぐっ」
レイアのあんまりな表現に、ワルター、文乃、モルガンがそれぞれ噴き出す。
「……レイアちゃん、見てたんだ?」
「はい。私も買い物してて、夕方頃かな?たまたま見掛けたんです。声を掛けようと思ったんですけど、魂が抜けたみたいな顔で歩いてたんで、止めました!」
「おいおいリーダー、ホントに大丈夫か?? 褒賞貰う晴れ舞台なのに……」
「別に褒賞が欲しくて助けた訳でも無いし、面倒臭い方が大きいな。代わろうか? 喜んで代わるけど?」
「いやいやいや、言ってることがおかしいわ! 褒賞を代われる訳ねぇだろ……。だめだ、完全におかしくなってる。アヤちゃん、ちゃんと見ててくれよ?」
「ありがとうワルターさん。まぁ兄も明日になったら戻ると思うから……」
心配するワルターに苦笑しながら首をすくめる文乃。
そうこうしている間に馬車は西の森へと辿り着いた。
太一と文乃が参加していなくても、ワルター達3名は何度か足を運んでおり、かなり採集ポイントマップが出来ていた。
「ここは16番目のスポットですね。前回来た時に見つけたポイントです」
先導するレイアが、太一にポイントの説明をしている。
「16番目か。どのくらいの範囲の調査が終わってるんだ?」
「何時も馬車を停めるところを中心に、半径5メルトルくらいじゃねぇかな。リーダーの言ってた、まだ実を付ける前の若いヤツも2本見つけてる。半径10くらいを目処に、もう少し調査を続ける予定だな」
「早いな。成長速度次第だけど、多分ローテーションで無限に採取できる状態に限りなく近づいてそうだ」
「まぁ、マジックキャノーラは楽なもんだ。そんな強い魔物も出ねぇし、視界が良いからな。ひとまず、安定して稼げる素材は貴重だからな、確実に調べておくさ」
早々にマジックキャノーラを採集し終えた一行は、ゴールドベリーの採取のため森へと足を踏み入れていった。
「こっちも、このポイントと合わせて、そこそこ群生してるポイントを8つ見つけてある。足元と視界が悪ぃのと、例のクマ公が出た方には行けねぇからちょっと時間が掛かってっけどな」
「それでも8か所も見つけてあるのは凄いわね。この群生の仕方なら、二か所も回れば十分でしょうし」
「まぁな。森ン中は、ちょこちょこ魔物に出くわして戦闘になるから、潰れちまう実がそこそこ出るのが課題だな。魔物自体は、最初の時みたいに群れて無けりゃあ何とでもなるんだが、実を潰さずに戦闘するのはちぃと厳しい」
「潰れると言っても、せいぜい1~2割でしょ? 十分じゃない? 勿体ながって怪我するほうが馬鹿らしいわよ」
「まーそりゃそうなんだがな……。せっかく採った実が潰れるのは、どうにも悔しいもんがなぁ……」
「せっかくポイントを見つけ、狩りつくさぬよう気を使ってる故に、惜しい気になるのであろうな。おそらく畑で作物を育てている農民と、似たような感覚かもしれぬ」
悔しがるワルターに、モルガンも追従する。
「なるほどね。確かにポイントを育ててる訳だし、愛着も湧くのかしらね」
「いいことなんじゃないか? 歩留まりも良くなってくだろうしさ」
その後、新しい群生ポイントを二つ追加して、一行は森から引き返していった。
「ん~~、雲が出て来たな。一雨来るか?」
森の入り口付近に差し掛かった時、空を見ながら太一が呟いた。
「あー、確かに黒い雲が出て来てんな……。まだ時間もあるから、魔物で少しレイちゃんの訓練でもしたかったんだが」
太一とワルターがそんな会話していると、文乃が太一にそっと耳打ちをする。
「例の天気予定、使ってみたら? て言うか、あの後訓練してる?」
「ああ、それがあったか。毎日寝る前に使ってはいるよ。そういや外で使ったことってほとんどなかったな……。どれどれ」
文乃に言われて、早速“占術(天気)”を発動させる太一。
付近の天気の移り変わりが、イメージとして次々と頭の中に流れていく。
あえて言うなら、衛星画像と天気図がざっくりとした時系列でアニメーションしつつ、地表のイメージ写真が継ぎ接ぎに挿入されるような感じだ。
使い始めた頃と比べて、予知できる期間と範囲が随分と大きくなった気がした太一は、意識的に西の方へ意識を集中させてみる。
どの程度の距離まで届くのか、単純な好奇心からだった。
西の方にしたのも、単にこちらの方角が後見人であるダレッキオの領地があったからだ。
もしそこの天気が見れたら、間もなく帰るであろう辺境伯に何気なく伝えて、驚いてもらおうとほくそ笑んでいたのだが……。
その結果、幸か不幸かとんでもないビジョンが飛び込んできた。
「どういうことだっ!!?」
「なんだ!?」
「え!?」
「なに??」
じっと目を瞑ったかと思えば、急に大きな声を出す太一に一同が驚いている。
何をしているか知っている文乃だけは、それに加えて渋い表情だ。
「あ、ああ悪い悪い。また明日の事を考えてちょっとナーバスになってた……。雨も降ってきそうだし、明日に響くのも拙いから、今日はこの辺で引き上げても良いか?」
「あぁ、そりゃもちろん。王城でやらかして、俺らまで変な目で見られるのも嫌だからな」
くつくつと笑いながらワルターが答え、撤収準備を始める。
ワルター達に納品報告を任せた太一は、急いで辻馬車を拾う。
辻馬車とは、タクシーの馬車版のようなもので、街の中の主だった場所まで連れて行ってくれる。
文乃と一緒に乗り込んだ太一は、御者に行先を告げる。
「ダレッキオ辺境伯の別邸まで頼む」
御者が頷くと、馬車がゆっくりと走り始めた。
「随分慌ててたみたいだけど、何が見えたの?」
顔色の良くない太一に、文乃が小さな声で尋ねる。
「水害さ。それも多分、台風による洪水だと思う……」
「なんですって!?」
「おれはダレッカの街がどんな所か知らないから、それがどこで起きるのか確証は無いけど、氾濫した水が街を襲うのが見えた。衛星写真みたいなのにも、天気予報で見たあの台風の雲に近いのが、海側から上陸して北上してくのが見えたんだ。幸い王都はその進路から外れてるから無事だと思う。と言うか、毎日王都だけでスキルを使ってたのが仇になったな……。この台風の進路から外れてたから、ずっと平穏なビジョンしか見えず完全に油断してた」
「それは仕方が無いわよ。しかし、天気の予定だけじゃ無くてそんなビジョンまで見えるの?」
「これまでも見えるには見えてたけど、天気自体が当たり障りのないものだったからね……。見えたのも雨が降る草原とかそんなだったから、そもそも何が見えてるかよく分からなかったんだ」
「なるほどね……。ちなみに、その水害っていつ頃なのか分かるの??」
「正確には分からないけど、7日から10日後だと思う。台風が直撃するのが7日後の早朝ってとこまではハッキリしてる。そこから丸1日以上嵐が続く。で、ようやく過ぎたと思った矢先にドカン、って感じだろうね」
「上流域に降り続いたのが押し寄せる感じかしらね……」
「多分ね。天気予報は黙っておこうと思ったけど、流石にこれを黙ってるのは無理だ……」
「ええ。それで良いと思うわ。相手がロマーノ様だったことに感謝しましょ」
「そうだな。しかし、問題は伝えた後だ。どこまで何が出来るのか……」
「それも含めて、ロマーノ様と相談するしかないわね」
そんな会話とは裏腹に、綺麗な夕焼けに包まれるレンベックの貴族街を、馬車が駆け抜けていった。




