◆101話◆王城からの召喚
ケットシーの鞄の、直近の運営方針を決めた翌日は休息日になっていたため、太一と文乃はそれぞれ消耗品の買い出しに出かけた。
午前中いっぱいを使って、お店を梯子して戻ってくると、黒猫のスプーン亭の前に見覚えのある馬車が停まっていた。
店の中へ入っていくと、やはりダレッキオ家の家令であるノルベルトが待っていた。
「お帰りなさいませ、タイチ様」
「ノルベルトさん、こんにちは。何かありましたか?」
「はい。至急お伝えしたい用向きがございまして。先触れも出さずのご訪問、ご容赦ください」
相変わらずの見事な礼をしてからノルベルトが告げる。
「いえ、問題無いです。丁度戻ってくるタイミングで良かったです。それで、至急のご用件とは? わざわざ馬車も待機させているということは、このまま伺う感じでしょうか??」
「はい。ご推察の通りでございます。今回は、我が主からの直接の用件ではなく、仲立ちをさせていただく形となっております。すぐに対応する必要がございますので、大変お手数ですが当家の屋敷までご足労願えませんでしょうか?」
辺境伯がすぐに対応しなければならない仲立ち、と聞いて太一の顔が引きつる。
それが良い話であれ悪い話であれ、大体面倒なことになるに違いない。
「あーー、分かりました。着替えてきますので、少しだけお時間ください。あ、文乃さんも連れて行った方が良いですか?」
「今こちらにいらっしゃるのであれば、お越し頂けると奥様もお嬢様もお喜びになるかと思います。ただ、仲立ちしている用件は、タイチ様のみとなっておりますので、お戻りになっていなければタイチ様のみでお越し頂ければと」
「分かりました。まだ戻ってないので、自分だけで」
「よろしくお願いいたします」
ノルベルトの返答を聞いた太一は、急いで自室に上がり着替えると、ドミニクに文乃への伝言をお願いして馬車へ飛び乗った。
「すまんな、タイチ、急に呼び出して」
前回通された応接ではなく、ロマーノの執務室に通された太一は、ロマーノと対面していた。
少々疲れが出ているように見える。
「いえ、ロマーノ様が急ぎ対応しなければいけない事案ですからね……。やんごとなきお方からのお話でしょうか?」
「ふふふ。やはり察しておったか。流石だな」
太一の返答にロマーノが口角を上げる。
「今回の話は、王城からのものだ」
当たってほしくなかった予感が最上位レベルで当たり、太一は大きく肩を落とした。
「…………。まぁ、そんなとこでしょうね……」
苦い顔で言う太一に苦笑しながら、ロマーノが続ける。
「まぁそう言うな。悪い話ではない。むしろ名誉なことだぞ?」
「そりゃまぁそうなんですけどね……。ロマーノ様のお屋敷に来るのにだって緊張したのに、王城ですよ、王城?」
「観光気分で行けばよいのだ。そうそう入れる場所でも無いからな」
気落ちする太一に気休めの言葉をかけながら、懐から一枚の書状を取り出し太一に渡した。
「王城からの召喚状だ。フィーナを救ってくれた件で、褒賞が出ることになった。儂が後見しているから、儂経由で伝える必要があってな。それで来てもらった。登城日は三日後だ」
ツェツェーリエもこの件では褒賞が出るだろうと言っていたが、それが現実になったようだ。
「三日後……、これまた急ですね」
「ああ。今、王城で大会議が開かれてるのは知っているな? その最終日に、半年に一度の褒賞の授与式がある。そこに急遽入れ込む形になった。相手が平民の場合、準備もあるから遅くとも一月前には通達するのが通例なのだがな……。儂の庇護下に入っておるから、準貴族扱いになってな」
「準貴族……」
ロマーノの言葉に遠い目をする太一。
「なんだその顔は。庇護下に加えてくれと言ったのはタイチでは無いか。そして、貴族の庇護下に入るということは、そういうことなのだぞ?」
「いや、分かってはいますけどね……」
「ふふふ、まぁ諦めて出るのだな。まぁ他にも褒賞を受けるものがいる場だ、王城デビューとしては丁度良いわ」
「王城デビュー……」
何だその嫌なデビューは。
あまり話は聞かなくなったが、かつては公園デビューでさえ失敗すると大変なことになるという話だったではないか。
公園でさえそうなのだ、それが王城ともなると……。
「はぁ……分かりました。急ぎまた服を見繕ってきます」
「あぁ、タイチとアヤノの正式な礼服については、ほぼ出来上がっておるぞ」
「は???」
驚く太一に、ロマーノがニヤリと笑いかけた。
「庇護下に入っておるし、門客扱いだからな。ダレッキオ家の紋が入った礼服が必要になるのだ」
「そうなんですね……。しかし採寸もせずにどうやって??」
「なに、この前腕試しの時に着替えただろ? あの時に大まかな採寸をついでに終わらせてある」
「あんな短時間で……」
貴族怖い。油断も隙もあったものではない。
「流石に細かい調整は、実際に着用しながらじゃないと無理だがな。今日呼んだのは、その調整も兼ねてのものだ」
「そういうことだったんですね……。分かりました。色々とありがとうございます」
「うむ。当日は後見として儂も一緒に登城するからな、そうそう困ることも無いだろう」
「それはありがたいですね。1人だったら緊張で今日から眠れなくところでしたよ」
「ふっ、どの口が……。そんな軟なタマではあるまい」
相変わらずのにやけ顔で面白がるロマーノ。
「いやいやいや、小市民ですからね? 誤解の無い様に」
「まぁよい、そういうことにしといてやろう。あぁ、いかんいかん。大事なことを言い忘れていた。今回、褒賞は半分は目晦ましだ」
これまでのニヤついた顔から一転、鋭い目つきで太一に話し掛ける。
「半分、ですか?」
「ああ。残りの半分は、宰相と騎士団の調査部が、お前の話を聞きたがっている」
「……宰相に調査部?? 何でそんな人が……。あっ!! もしかして例のオークについて何か分かったんですか!?」
「ふっ、やはり優秀だな。まだ多くは分かっておらんが、上層部は最重要事案の1つとして調査を続けている。タイチは、実際に見て戦った数少ない証人だからな。直接話が聞きたいのだろう」
「なるほど……」
「とまぁ、ここまでは表向きの話だが、暗にもう二つある。一つは今後も協力しろよ、と言う話。もう一つは……、まぁ見極めとクギ刺しだな」
「クギ刺しですか? 協力要請は分かりますけど……」
「今の所、重要参考人ではあるが、完全にシロだとも思われていないのが現状だ」
「あの場にたまたま居合わせた事は、偶然では無い、と??」
ロマーノの話を聞いて、さしもの太一も剣呑な目つきになる。
「ふふ、そう怖い顔をするな。仕方がない部分もあるのだ。儂はこうして直接会って話をしているし、ツェーリ様やワイアットとも繋がりのあるタイチのことは全く疑っておらん。しかし、上がってきた情報しか聞いていない連中からしたら、そうでは無い」
「……まぁ確かに状況からして仕方が無くはありますが」
「だから、直接会って見極めてやろう、ということだな。安心せい、儂も同席する」
「ありがとうございます。しかし良いので? 匿ったと要らぬ噂が立つのでは?」
「心配は要らん。言いたい連中には言わせておけ。それよりも他の派閥に持っていかれなくて、心底ほっとしておるわ。まぁ、これを機に精々逆に恩を売ってやるわい」
心底楽しそうにそう言うロマーノをみて、貴族怖い、とあらためて思う太一だった。
その後、礼服の最終調整を済ませ、再び馬車で送ってもらって帰宅した頃には、すでに陽が沈みかけていた。




