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「じゃ、じゃあ! 『天使』ってなんですか?」
空気が若干悪くなったことを感じたため、すぐに他の質問をすることで場を持たせようとした。
よく考えてみれば、天使とは非常に奇妙な生き物だ。全身の色素が抜け落ち、重力を無視して頭の上に輪が浮かんでいる。アランとドクターにはないが、羽を生やしている子もいた。それに、今まで僕は六人の天使を見てきたわけだが、どうしてか全員幼児の姿をしている。
いかにも、人がぱっと頭に浮かべる天使の姿そのものであった。
「天使は『神』の小間使いだ」
「か、神様……?」
「天使がいるなら神もいてもおかしくはないだろう?」
「いや、まあそうかもしれないですけど……」
天使なんて非現実的な生き物が目の前にいて、その天使から神様がいると聞かされれば信じることが道理なのかもしれない。しかし、神様も存在するとなれば、いよいよこの世界がどのような世界なのか分からなくなる。
僕は元いた世界では何かの神を信じていなかったし、もし本当に神様が存在していたら面白いよね、くらいの考えしかなかった。目の前に神様が現れるかもしれない、などという状況を想像できる訳もない。
さらに言えば、『天使』があまりにも人々の想像する天使そのものであったことが動揺に拍車をかけている。もし『神様』がかつての世界でのイメージ通りであったなら、と思うと恐怖心のようなものが沸き上がってくる。これが畏怖というものだろう。
「そうかもしれないどころの話ではない、サミュエル君自身が神であるわけだし」
「へ~、そうなんですか……」
神様が存在する世界なんて怖いな~、などと暢気に考えていたため、ドクターがしれっと付け加えた言葉を一度聞き流した。
しかし、尋常でない言葉が聞こえてきたような気がして、もう一度言ってもらうことにした。
「え、今なんて言いました?」
「君は神だ」
「ええぇーーーーーっ?!?!?!?! っいたた……」
「こら、驚くのも分かるが体はまだ動かすな。発声のリハビリしか完了していないんだぞ」
驚いた拍子に体が動いて激痛が走る。目覚めた直後は全く動けない状態だったが、この三日間で痛みが伴うが僅かになら動かすことができるようになっていた。
発声練習も最初の方は頬の筋肉や胸の痛みに悩まれていた。これからあの痛みを全身で味わっていくのだろうと思うと気が重くなる。
まあ、そんな気の重さなど今は跡形もなく吹き飛んではいるのだが。
「僕が神様ってどういう……?」
「そのままの意味だ。君の質問がなくなったらこの話をしよう」
「じゃあもうないです」
「……案外君は可愛げがないんだな」
ドクターに言われたくない、と言いたいのを我慢して続く言葉を待つ。
自分が得体の知れないものになったのに、それ以上に聞きたいことなどあるわけがない。
「退院した後の話だ。君は『マリシュキン神聖育成所』という機関で、研修を受けることが義務付けられている」
「研修? 僕お金払えません」
「この世界に貨幣制度はないし、教習所では何かを対価として求められることもない。安心して学びに行くといい」
「学ぶって何を?」
「神に必要な教養だ。育成所に通って神としての自覚と『権能』に目覚めて貰う。詳しいことは向こうで教わることだ」
僕にする話はこれで終わりのようで、ドクターは自分が座っていた椅子とクリップボードを持って退出の準備を始めた。
「ここでは僕が、神が何なのか教えてくれないんですか?」
「卒業前の神に、その手の教育をすることは禁じられている。今日はもうゆっくり休むといい、それでは失礼する」
ドクターはガタガタと、身の丈ほどもありそうな椅子を運んで部屋から出て行った。
この姿だけを見れば、ドクターもただの幼児なのにと思ってしまう。アランは天使の輪や異常なまでの色素の薄さを除けば、ただの五才児であるというのに、ドクターとの違いは一体何なのだろう?
僕に与える情報を選別していた印象もあり、この世界はなんだか難しいなと思った。今日の説明をしっかり理解する時間も必要だろう。
「サミュエル、か……なんか少し寂しいな……」
「どうしてさみしいの?」
「あれ、アランいたの?!」
「うん!」
恐らくドクターと入れ替わりで部屋に入ってきたであろうアランが、ぴょんぴょんと僕の視界に入ろうと跳ねていた。
ここ三日間、朝起きてから夜寝るまで付きっきりで看護してくれているアランには感謝しても仕切れない。この年くらいの子は遊びたい盛りだろうに、僕がこの子の時間を消費してしまって良いのだろうかという申し訳なさもある。
罪滅ぼしという訳でもないが、アランの問いかけに僕なりに誠心誠意答えることにした。
「そうだね。名前をつけてくれた親とか、元の名前を呼んでくれた友達がなんか遠くなった気がしてさ。皆との繋がりが途切れちゃった感じが、すごい寂しいんだ。まあ、元はと言えば全部僕が悪いんだけどね」
ははは、と乾いた笑い声をもらしつつ、アランを見ると何やら首をかしげていた。
「おやってなに?」
予想もしていなかった疑問に驚く。軽率に触れるのが躊躇われる話題だが、アランのことを知りたい一心で問いかけることにした。
「もしかして、お父さんとお母さんいないの?」
「……? おとうさん? おかあさん?」
さらに首をかしげて折れそうになっているアランは、寂しがったり辛そうにするでもなく、単純に両親というものの意味が分からない、という顔をしていた。
「……そっか。こっちの世界じゃ親みたいな立場の人がいないんだね」
「わかんないけど、たぶんそうだとおもう! ぼく、わかることはぜんぶわかるから!」
「アランは物知りなんだね」
「ふふ!」
腕が動くようになったアランの頭を撫でてあげよう。得意になった子供は褒めてあげた方が、大人になったときに良い影響を与えるはずだ。本来こういったことは両親がすることなのだろうが、その親がいないのなら僕が代わりに甘やかしてしまっても良いだろう。
それにしても、親がいない世界か。
(それは……結構寂しいかもな……)