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「よく頑張ったとしか言い様がない。君の努力なしでは、ここまで早い回復は不可能だっただろう」

「いえいえ、アランのおかげでもあります。この子がいなかったら、多分無理でした」

「そうか。お前も頑張ったな、アラン」

「んふふー!」


 目が覚めてから三日、アランが付きっきりで発声訓練をしてくれた甲斐もあり、自由に喋ることが出来るようになっていた。

 ドクターに頭を撫でられたことが余程嬉しいのか、満面の笑みで頬を赤らめるアランはとても可愛らしかった。

 

「アラン、椅子を持ってきてくれ。そうしたら休んでいい」

「さみゅえるさんとおはなしするの?」

「ああ、そうだ」


 指示を受け、別の部屋から丸椅子を持ってきたアランは「じゃあね!」と手を振りながら退出していった。

 

「それじゃあ、サミュエル君。聞きたいことがあるなら、できる限りのことは答えよう」


 ドクターはクリップボードとペンを片手に、上体を起こしている僕に向き合った。

 正面からドクターに相対するのは初めてだ。五才児ほどの見た目であるにも関わらず、僕をじっと観察するように見る目は、明らかにその年相応のものではなかった。透き通った白色の目は、逆に僕のことを見透かしているかのようで、恐ろしさすら感じた。

 

「それじゃあ聞くんですけど、サミュエルってなんなんですか?」

「サミュエルというのは君の名前だ」

「いや、僕の名前は――」

「その名は捨てろ」


 強い命令口調に驚く。自分の本来の名前を名乗ろうとしたが、つい口をつぐんでしまった。

 

「……予想はしていたことだが、君。前世の記憶があるな」

「はい。僕はトラックに轢かれて死んだと思ったら、ここに……」

「ふむ」


 恐らくカルテが挟んであるクリップボードに何か書き込んだドクターは、悩むようにこめかみにペンを当てた。

 その幼い見た目に似合わない仕草に大きな違和感を感じる。ここ三日間、見た目通りの愛らしい振る舞いをしていたアランと過ごしていたため、なおさらそれをより強く感じる。


「……何から話したものか、そうだな。まず前世の名前を捨てろと言った理由だが、君に前世の記憶があると、この世界だと不都合があるからだ」

「不都合……?」

「これから聞く話はくれぐれも他言無用で頼む」


 クリップボードを近くの机に置いて、指を組んで僕に向かい合ったドクターは、患者に病状を伝えるかのように説明を始めた。


「この世界の住人は、全員君が元いた世界で死んだ者だ。しかし、皆その記憶を持たず、この世界で生活している。元の世界で暮らしている者もいる」

「ってことは僕、元の世界に戻れるんですか?!」

「話は途中だ、慌てるな。向こうの世界で死んだとき、どうなったか覚えているか?」

「えーと、透明? になりました」

「それが君の魂だ」

「魂?」


 僕の訝しむような表情を見たドクターは、クリップボードに白紙を挟んで何やら図を書き出した。

 

「向こうの世界での君という存在は、肉体という器に魂が収まってできたものだ。何かしらの原因で肉体が損傷し、魂がはじき出された現象を『死』と呼ぶ」


 人の形から、ぽんとモヤモヤが放出された図を見せられる。このモヤモヤが魂だろう。

 

「魂は器に入った状態でないと非常に不安定だ。魂には個体差があるが、おおよそ十二時間器の外にいると完全に『自壊』する。君はこれに身に覚えがあるはずだ」

「身に覚え……? う~~ん、死にたくないって気がおかしくなったくらいで……あ、まさか……!」


 自分が死んだということを認識した途端、発狂して自分の体を傷つけまくったことを思い出した。頭を掻きむしった勢いで右目まで潰してしまったあれを、『自壊』と呼ぶのなら納得がいく。

 

「思い至ったようだな。完全に崩壊した魂は修復不可能で、単なるエネルギーとして世界を巡ることになる。しかし、少し崩壊したくらいなら器に入れ直して治療すれば元に戻る」

「だから僕、病院に運ばれたんですね」

「君は別枠だ。君は新しい器に魂を移すときに事故が起きたからここにいるんだ」


 ドクターは淡々と話を続けた。

 話していて気付いたが、この天使は表情が全くと言って良いほどにない。カラカラニコニコと笑っていたアランとは正反対だ。

 もう少し笑ってみてもいいのにな、と思う。

 

「『天使』と呼ばれる生命体が、向こうの世界からこちらの世界に魂を運ぶ。運んできた魂を器に入れるとき、今までの記憶が消されるのだが、君はそこで色々と事故があったらしい」

「らしいって、何か詳しく知らないんですか?」

「その工程は私の管轄じゃないからな、私はただの魂修復屋だ」


 説明のために挟まれた紙をクリップボードから外し、再びカルテに何か書き込んでいくドクターは、後は蛇足だと言わんばかりのながら作業でこの話を締めくくろうとした。

 

「まあ、だから前世の記憶があるだなんて言っても馬鹿にされるだけだし、最悪世界機関に処理されるだけだ。大人しく、サミュエルという名で生きろ」

「処理……?!」

「そこは詳しく知らない方がいいし、教えるつもりもない。ちなみにアランは何も知らないから聞くだけ無駄だ。それでは、これまでの説明を『サミュエルとは何か?』という答えにさせてもらおう。先程も伝えたように、この話は他言無用で頼む」


 仏頂面に似合わないナイショのポーズが異様に浮いていた。そのことをドクターに直接言えるほど僕は肝が据わっていないので、素直に頷くだけに留めた。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

「そうですね……なんか、ちょっとあんまり言葉にまとめにくいっていうか、そんなことなんですけど……」

「構わない、意図はくみ取ろう」

「それじゃあ……」


 先程までの説明で感じた、なんとも言い様のないモヤモヤとした感覚をなんとか言葉に起こす。

 

「えーと、死んだら魂が体から離れて天使に運ばれるって言ったじゃないですか。それで、その運んだ魂は新しい体に入れられて、こっちの世界でまた生きる……いわゆる転生? ってヤツになるんですよね?」

「その認識で大丈夫だ」

「それじゃあ、なんかこう、人の生死に何か、というか誰かの意図があるような……?」

「サミュエル君」

「えっ、はい何ですか」


 途切れ途切れに、散らばった思考の雲を掻き集めてなんとか文章にしていた僕は、名前を呼ばれてドクターに目線を戻した。


「その質問には答えられない」


 ドクターは心なしか、険しい表情をしているような気がした。

お読みいただきありがとうございます!

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