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(あれ……僕は……死んだはずじゃ……)
覚醒した直後でも、自分自身の死という人生の一大イベントのことは忘れていなかった。
目の前は真っ暗で何も見えない。死後の世界には何もなく、意識だけが漂う状態になるのだろうか。これからこの黒い中をひとりで、ずっと、永遠に。
恐ろしい考えに僕はぞっとしてしまった。
(それでも、死ぬよりマシなんてことないしな)
自分が死んだことを認識した直後の発狂は、もう二度と味わいたくない。
それでもやはり、寂しいものは寂しい。どれだけこの空間にいることになるのか分からないため、できる限りの覚悟はしなければ。
ふう、と軽く息をつく。半分溜め息だ。自業自得な事故で死んだ自分自身に対して、呆れても呆れ足りない。確実にトラックの運転手にも迷惑をかけただろうし、何より目の前で僕が死んだ友達に謝りたい。
再び、溜め息をつこうとしたが、今度は上手く出来なかった。今まで意識していなかったが、なぜか呼吸がとてもしにくい。大きく息を吸うことも、吐くこともできない。
何かがおかしい、と思った瞬間に辺りに光が立ちこめた。
(ま、眩しい……)
しばらくホワイトアウトしたが、目が徐々に光に慣れてきたようで、知らない天井と照明器具が目に映った。
それでもやはり眩しくて、しばらく薄目の状態でいると不意に誰かが僕の顔を覗き込んだ。
「あ! め、さめた! どくたーよばないと!」
白髪で、どこまでも色味のない肌。人形のように可愛らしい顔をした幼児と目が合った。例のごとく、頭の上には輪が浮かんでいた。
どこかに行ってしまった天使を追いかけようとしたが、体が全く動かないことに気付いた。起き上がることも、指一本動かすことさえできない。
「まッ、ケホッ……まっ、て……」
呼び止めようとしても、声を満足に出すこともできない。なんとか絞り出した声も、天使の駆け足気味な足音にかき消されてしまった。
息も絶え絶えに、なんとか体を動かそうと悪戦苦闘していたところ、再び足音が聞こえてきた。先程の天使が帰ってきたのだろうか。
よくよく聞いてみれば、足音は二人分だということに気付いた。
「お目覚めかな、サミュエル君」
サミュエル? 誰だそいつ?
今度、僕の顔を覗き込んできたのは先程の天使ではなかった。それでもやはり、天使の輪が浮かんでいるので天使ではあるのだろうが。
「無理に体を動かさない方がいい。この病院に運ばれてきたとき、君は本当に危うい状態だった。出来る限りの処置を施して容態は安定したが、それでもまだまだ安心はできない」
天使は、その幼い見た目に似つかわない口調で言葉を淡々と述べていった。
「聞きたいことが山ほどあることは察する。まずは発声のリハビリからだ。それから話をしよう。アラン、後は任せたぞ」
「わかった! こえだせるようになったら、またどくたーよぶね!」」
ドクターと呼ばれた天使の足音が遠ざかっていく。代わりに、アランという名の天使は近寄ってきて、何かしていると思ったら、不意に背中から上体が押し上げられた。僕が今寝ているものは、病院のベッドのようなものらしい。
「そうだ! まずじこしょうかいしないとね! ぼくはあらんっていうんだ! さみゅえるさんの、おてつだいするようにいわれてるから、これからよろしくね! それじゃあ、はっせいくんれんはじめるよ!」
顎の運動から始められた発声訓練は、なぜかアランがやたらと上機嫌なまま進められていった。