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「あ、これ死んだわ」
人は死ぬ時走馬燈を見るというが、僕の場合は腑抜けた悲鳴をあげるだけだった。
死因、交通事故による頸椎損傷。学校の帰りに、友達とふざけた拍子に車道に飛び出し、そのまま後方から走ってきたトラックに跳ねられて終わり。自業自得な死に方である。
死後意識はどこに行くのかという謎は、生きている人間には永遠に解明することは出来ないだろう。僕は死ぬことによって、その謎を追求する資格が与えられたと言える。しかし、死後自分の置かれた状況を冷静に分析できる者などいるのだろうか?
僕は無理だった。
死んでから5分ほどは混乱して、何を考えても思考がこぼれ落ちるだけだだった。かろうじて、今の自分は透明で、輪郭しか見えないことだけが理解できた。
それから少し落ち着いて、目の前の無残な死体は自分のものだと理解した瞬間、理性が蒸発した。
「死にたくない死にたくない死にたくない違うこれは違うんだ死にたくない死にたくない死にたくないまだ生きていたい死にたくない生きたいどうして僕がこんな目に生きたい生きたい死にたくない」
頭を支配し、口からついて出てくるのは「死の拒絶」、そして「生への執着」。
もう死んでいて、自分の体がないのだから噛む舌も疲れる筋肉もない。頭を掻きむしって、顔から液体という液体を垂れ流しながら呪詛のように「生きたい」「死にたくない」と唱え続けた。
その間に救急車と警察車両が到着し、自分の死体を回収していったことにも気がつかなかった。夜が明けるまでずっとそうしていた。
事故現場に朝日が差す。アスファルトの上でのたうち回って発狂していた僕の腕に、不意にとてもあたたかい何かが触れた。
はっとして、見上げるとそこには幼児がいた。その子は心配そうに僕を見つめて、頭を掻きむしりすぎて血まみれになった手を慈しむように撫でていた。
辺りを見渡そうとしたとき、右目が見えなくなっていることに気が付く。頭部を掻きむしった拍子に右目を潰してしまったらしい。残った左目で、今も手を握ってくれている子以外にも、三人の幼児が僕を囲んでいることを確認した。
四人共、白い大きな羽と、頭の上に浮かぶ輪があった。
(この子たちは天使で、僕を迎えに来たってこと……?)
今度は僕が彼らを見つめる番だった。
その様子を見た幼児たちは、何やら僕には分からない言葉で相談し始めた。
話がまとまったようで、四人の天使が近づいてきた。
「えっ、何?! うわああああああ?!」
天使達は僕の手足を掴んで空に飛んだ。
尋常ではない速度で雲を突き抜け、宇宙空間へ。なんとか首を動かして後ろを見ると、地球がもう遠くにあって、なんだか寂しい気持ちになった。
逝くのが天国なのか、地獄なのか、はたまたそのどちらでもないとしても、いつか絶対帰りたいと思った。
再び前を向くと、まばゆい光が降ってきた。いや、ここは宇宙だ。上下はないはず。光が降ってきたのではなく、光に突っ込んだのだ。
眩しくないように配慮してくれたのか、天使が目を隠してくれた。それと同時にとろとろとした微睡みが僕を包む。
(もう次目覚めなくてもいいかな、不思議な体験させてもらってるし。いや、でもやっぱ帰りたいなあ……)
先程まで発狂していたとは思えないほどに頭が澄んでいた。
眠気に抗わず、そのまま僕は目を閉じて永遠の眠りに落ちたのだった。