ホワイトアウト ウィズ レディオ
あ
ああ
あああ、まっしろだ。
→◇◇◇ENTER◇◇◇←
ふと気がついたら、真っ白な四角い天井が見えた。
全く見覚えの無い部屋だと思う。というか、何故こんなところに寝ているのか。
そう考えた途端、全身が粟立ち背筋に冷たい物が流れ、意識がはっきりと覚醒した。
慌てて身を起こそうとしたが、ぐん、と強い反発力が働いた。首、手首、腰、足首が固定されて寝かされているらしい。それだけじゃない。全身が気だるく、鉛のようだ。
それでもなんとか首と目の動きだけで左右をできる限り見回してみる。見たことのない真っ白の部屋だ。真四角で、右手には白い扉。後は自分が寝かされているベッドの他には家具も見当たらず、冴え冴えとしていた。
焦りながらも鈍く痛む頭で直近の記憶を呼びさます。
確か……大学からの帰り道、自宅マンションのすぐ近くで後ろから名前を呼ばれて、立ち止まった瞬間に口と鼻に何かを押し付けられた。
ツンとした薬品臭を嗅いで「ヤバい」と思った後、視界が真っ暗になった。……あれで意識を失ったのか。
つまり。今、自分は何者かに誘拐され見知らぬ部屋に連れてこられ、拘束されている。そう理解した瞬間。
『漸くお目覚めだね♪』
聞き馴染みのある声が足の方から聞こえてドキリとした。ギリギリまで頭を起こして足元を見ると、足側のベッドサイドにラジオが置いてあった。声はそこから聞こえてきているのだ。
『じゃあ始めま~す。【soonaのミッドナイトレディオ】! リスナーの皆さんこんばんは。今夜も楽しいひとときを一緒に過ごしてくださいね♪』
その台詞もひどく聞き馴染みのあるものだが、ほんのわずかなイントネーションの違いに気づく。
「……違う。soonaさんじゃない! ニセモノ!?」
『……へえ、よくわかったね』
当たり前だ。こっちはsoonaさんのラジオをずっと聴いていて、メールも何度か読まれたことがある熱心なリスナーなのだ。鼻息を荒くしたが、それを嘲笑うかのような声がラジオから流れてくる。
『その注意力をもう少し耳以外にも使うべきだったね、山田さん。何も疑わないで住所も名前も応募フォームに書きこむんだもんなぁ』
「……え?」
応募? 何のこと!?……とは言えない。だってポイントサイトとか、懸賞サイトとかちょっとしたスキマ時間に幾つかは応募している記憶がある。SNSの「♯お金あげます」タグも幾つかフォローとかリプライはした。
だけど名前と住所までは晒していない!! 懸賞サイトも現物を送るから、と住所を入れるようなのは応募を避けていた。
「……あ!」
違う。最近、ここは大丈夫と信用して応募したページがある。【soonaのミッドナイトレディオ】公式サイトの、公開録音の抽選申し込み。
SNSから『公式アカウントをフォローの皆さまだけにお知らせ!』とDMで送られてきたURLを押したら公式のページに飛んだ。
ただ、「応募フォームはこちら」というリンクを押しても、表示されるページは真っ白だった。
最初は何が起きたのかはわからなかった。意外とアクセスが殺到してサーバーエラーなんかでページが表示されないのだと思ったんだ。
時間を空けてもう一度アクセスして、いや、これは仕掛けかもと気づいた。
真っ白のページをドラッグして文字を反転させると白い背景に白い文字で隠されていたリンクが表示された。
「→◇◇◇ENTER◇◇◇←」と。
古い手だが、古いために逆に気づく人も少ないかもしれない。イタズラやジョークが好きなsoonaさんらしいなという思いと、これならここにたどり着いた人は少ないから抽選に当たるんじゃないか? 生のsoonaさんに会える! という期待に思わず口の端がにやりと持ち上がった。
あのとき。期待に逸る気持ちで「→◇◇◇ENTER◇◇◇←」のリンクを押し、応募規約もいつものお約束だろうとよく読まずにチェックをつけ、自分の名前や住所年齢など個人情報をフォームに入力してしまった。まず真っ白な画面に疑問を抱くべきだったのだ。
今このラジオから聞こえてきたsoonaさんの声はニセモノだ。だから、あの応募フォームも公式ページそっくりに作られたニセモノだったのだ。
……いや、そもそもあのURLを送ってきたDMのSNSアカウントもニセモノ!? でもDMはフォローしている相手からしか届かないはず。どういう事なのか……。
がちゃり。と右手から鈍い音がした。首をなんとか回して見ると数人の、全く同じ衣服を身に着けた人間がこの部屋に入ってくるところだった。帽子、メガネ、マスク、白衣。まるで給食の調理師か、手術医のような恰好だ。
―――――手術!?!?
『“応募規約に同意する”のチェックも押してもらったから、もう言い訳は聞かないよ♪』
これから何が行われるのかわからないが、ろくでもないことなのはわかる。
どこかの拘束が外れないか望みをかけ、全身の力を振り絞って身をよじるがびくともしない。歩いて近づいてきたうちの一人が、暴れる自分の肩を抑えつける。他の一人が、自分の蟀谷の辺りに何かヒヤリとした物を圧し当てた。
『では、実験を始めま~す。この薬にどこまで耐えられるか脳波データも取りたいんだけど……あ~山田さんカタいなぁ。リラックスしてぇ(笑)』
リラックスなぞできるものか!! 助けて! 誰か!!
白衣の人間は自分が叫ぼうとしたのを察知したのか、プラスチックのマスクを素早くつけさせられる。変な匂いだ。……マスクに繋がれた管から何か気化した薬品を吸わされている!?
『じゃあせめて本物の【soonaのミッドナイトレディオ】でも聞いて貰えばユルーくなるかな? 録音だけどね』
足元からは聞き慣れた本物のsoonaさんの声と愉快な音楽が流れてくる。そして今まで見えなかった頭の先の方向から巨大なライトが引き出され、ピタリと顔の真上に据えられた。幾つもの丸いまばゆい光が目を刺す。
眩しくて殆ど何も見えないが、白衣の人間が……何か持って……近づいて……く…………る…………。
あ
ああ
あああ、まっしろだ。
そのまま意識がまっしろなまま消えた。
※種明かしです。
SNSで企業の公式アカウントではなく、あくまでも個人アカウントを使い、「#お金あげます」「#フォローとリプでプレゼント応募」タグなどでフォローをさせる→ほとぼりが覚めた頃に、公式アカウントそっくりになりすまし、DMで応募フォームやログインページそっくりのフィッシングサイトへ誘導するという詐欺が一時期あったそうです。
これはそれにヒントを得、怪しい治験(人体実験)に応募させるというストーリーにしてみました。
※追記
以前のなろうは背景や文字の色をHTMLで変更で来たので、敢えて背景も文字真っ白にして、ドラッグアンドドロップしないとこの小説を見られないようにしていましたが、なろうのリニューアルで色の変更が出来なくなってしまったので今はただのライトホラー小説になってしまいましたw
お読み頂き、ありがとうございました!