第七話
夏祭りから数日が立ち、暑さが増す八月。僕の通う学園には、夏休みにも登校日が1度あり今年もその日がやってきた。
うるさいくらいのセミの鳴き声と暑さから逃げるように足早に、学園に向かう。
学園の正門まで来るとにぎやかに挨拶を交わす生徒達が目に入る。
それを横目に下駄箱に行き、靴を履き替えていると、下聞き覚えのある声に呼びかけられた。
「あ、待ってくださいよ。旦那」
「……」
振り向くとスポーツ刈りの男子がいた。
「この前言ってたカワイ子ちゃん、まだ紹介してくれませんか?」
「えっと、何のこと?」
「酷い!」
「酷いのはどっちかな~、荻」
「? ひぃ、先輩。旦那、助けて~」
後ろから来たガタイのいい男に荻? は連れ去られていった。
何だったんだろう。
とりあえず、教室にいこう。
特に話し相手もいないので、自分の席にカバンをおいて、体育館に行く。
全校集会で、最近の部活などの成果発表などが終わり、学園長が締めの挨拶に壇上に立つ。
「え~。近頃、この街で物騒なことが多い事から、残りの夏休みは学園への立ち入りを禁止し、皆様も暗くなる前に帰るようにしてください。ではまた、夏休み明けに皆様の元気な姿を見せて下さい」
学園長の話が終わり、解散になった。
僕は最後にやり残した本のデータを、整理をするため図書室に向う。
「ようやく話せますね、旦那」
先ほどの、荻? が廊下で声をかけてきた。
「えっと、何か用なのか?」
「やだな~、ほら、何時も一緒にいる女の子。紹介してって」
ニコニコとそう言ってくる。
「あ~、ごめん。紹介できない」
「え~。まあ、何となく脈がないのは分かってたんすけどね」
何が言いたいんだろう。
「じゃぁ、何が用なの?」
「はぁ。クラスメートと話したいって、そんなに変か?」
先ほどまでのふざけた喋り方ではなく、普通の喋り方で言われる。
「まあ、変じゃないのかな?」
「ずっと喋りたかったんだけど、いつも一人で本を読んでるからさ、きっかけが欲しかったんだ」
「そうなんだ。何かごめん」
「いや、良いんだって。時間できたら、また遊ぼうぜ」
「……分かった」
僕は少し迷って、そう返事をする。
「おう、俺はこの後部活の話し合いだから行くな!」
荻? はそう言って走っていった。
・・・・・・・・・・
「フー」
作業を終えて、息を吐き伸びをする。
何か読んで帰るか……
まだ昼過ぎだったので、少しくらいならと本棚のほうに歩いて行く。
「あ~。いけないんだ~」
本棚の陰から、未央が顔を出した。
「未央?」
「は~い。今日から部活禁止ですよ?」
「これは、部活じゃないよ」
「う~ん。そう言われるとそうですね」
「未央は何でここに?」
「勿論、先輩に会いにですよ」
「はぁ、何時からいたんだ」
「え~っと、2時間前くらいですかね?」
時計を見ながら、あっけらかんと言う。
「声掛けたらよかったのに……」
「いや~。いつにもまして、真剣な顔をしてましたので」
そう言いながら、手に持っていた本を棚に戻した。
「銀河鉄道の夜……読んでたのか?」
棚に直した本を見て、聞く。
「はい。以前、先輩が読んでいたな~て」」
「面白かったか?」
「はい。全部読みましたが、なかなか良かったです」
「何様だよ」
笑いながら、ツッコミを入れる。
「そう言えば、先輩と会うのは花火の日以来ですね」
「……そうだな」
キスのことを思い出して、言葉が詰まる。
「初めて会った時には恋人になるなんて、想像してなかったです」
「誰だって、そんなふうに考えないじゃないかな。そう言えば、初めて会ったのも図書室だったな」
「う~ん、やっぱり。先輩、それは勘違いですよ」
苦笑いをしながら、そう言ってきた。
「勘違い?」
「はい」
「じゃあ何時だっけ、会ったの?」
「ホントに……仕方ないですね、教えてあげます。そう。あれは、二年前の入学式……」
寸劇を交えながら、教えてくれる。
「そうだったのか……」
未央の話を聞いて、当時のことを思い出す。
「思い出しましたか?」
「確かに僕は入学式の日に、女子生徒を保健室に運んだよ。未央だったのか……」
入学式の日の前日、僕は遅くまで本を読んでいて寝坊し、遅刻寸前だった。校門の近くまで来たが人ひとりおらず遅刻を確信して、走るのをやめて、門の前まで歩くことにした。
ふと門の前に女子生徒が倒れていることに気が付き、駆け寄ったのだ。
無視するのも寝覚めが悪いと思い、声をかけたのを覚えている。「大丈夫ですか?」それが僕が未央に初めてかけた言葉。
保健室に連れていき、養護教諭に事情を説明して、体育館に向かったのだった。
「あの日、目を覚ましたら保健室で寝ていて驚きましたよ。で、お礼が言いたくて誰が運んでくれたのか先生に聞いても名前を聞きそびれたって、言われて仕方なく帰ったんです」
「そう言えば言ってなかったな」
「次の日また体調が悪くなって、一週間ほど検査入院してようやく学園に行けたんです――」
そこまで話して、未央は胸に手を当て思い出しているようだ。
「聞いてた特徴の人を探そうとしたら、クラスにいたんです。顔立ちはいいのに目が暗く他人を寄せ付けないオーラを持つ先輩が――」
思い出し笑いをするように、小さく笑う。
「でも私は話かけれないまま、放課後になってしまったんです。外は凄い雨で傘がない私は時間をつぶそうと図書室に行きました。そこに先輩もいたんですが、結局話せないまま一日が終わり、次の日また入院でそのまま留年したんですよ」
「だからか……」
「なにがです?」
不思議そうに、聞いてくる。
「ここで会った時、なんて僕に言ったか覚えてるか?」
「え? 確か、名前を教えて逃げるように帰っちゃいました」
「覚えてないならいいよ」
「え~、きになります~。でも、あの日はホントにありがとうございました。ようやくお礼が言えました」
満面の笑みを浮かべて、頭を下げてきた。
「いや、こっちこそありがとう」
「?」
不思議そうに見てくる未央を見て、図書室での出会いを思い出す。
「こんちは、先輩。あの時はありがととうございました。私は忍野未央っていいます。今日から先輩の未来を明るく楽しいものにするので、覚悟してください」
無邪気な笑顔でそう言って、図書室を走って出て行ってしまったのだ。
次の日から毎日放課後に、僕に付きまとってきた。
あの時のありがとうは、あの時の事だったのか……
「なあ、未央」
「? 私の顔をじろじろ見てどうしたんですか?」
少し顔を赤らめて見つめ返してくる。
「未央……本当に死ぬのか……」
聞くのが怖い。でも、聞かなくちゃいけないことをようやく口にできた。
「ノート見たんでしたね……はい、死にます。でも、それは移植ができない場合です。私は、普通に……普通の女の子として、日常生活を先輩と過ごして暮らしていきたいんです。ダメですか?」
真剣な顔つきだ。
「いや、ごめん。分かった、もう聞かない」
「ふふ、そんな捨てられた子犬みたいな顔をして、そんなに私がいないと寂しいんですか?」
「ああ、こんな感覚は、初めてで良く分からない……でも未央がいなくなるのは寂し」
おどけた口調で言う未央に僕は素直な気持ちを伝える。
「愛されてますな~」
「なんだよそれ」
僕たちの笑い声が、図書室に響く。どうか、こんな当たり前でありふれている日常が続きますようにそう願うのだった