第六話
未央に手を引かれてたどり着いたのは、病院の屋上だった。
端に腰丈ほどの柵ははあるものの、遮蔽物はなく見晴らしが良い。
「いいのか、こんなとこに入って」
「はい。葉月さん、先ほどの看護師さんに許可もらいましたので」
「そうなんだ」
僕が入り込んだことは、べつに怒っていないのか……少し安心する。
「でも、どうして祭り会場じゃなく、ここなんだ?」
「……先輩。実は、心臓に悪いから歩き回るのはまだダメだって、言われたんです。今日はすみません」
申し訳なさそうに、うつむいて教えてくれた。
「いや、未央が無事ならそれでいい」
僕は頭を撫でて、怒っていないことを伝える。
「せ~んぱい。大好き」
「ちょっ、落ち着けよ」
抱き着きながら言われて、焦る。
「あ、あっち。光りましたよ」
俺に抱きつきながらそう声を上げ、未央は空を見上げた。
「ん? ホントだ。綺麗だな」
未央を離して、振り向く。
遠くで、花火が花を咲かせる。
病院が山間に建っていることもあり、建造物に邪魔されることもなく綺麗に見えた。
「はい」
「未央……」
「ひゃぃ!?」
未央を、抱き寄せ、何も言わず顔を見つめる。
「先輩? 顔近いです……」
未央は顔を赤らめて、目を閉じる。それを合図に、口を重ねる。初めて触れた唇はとても柔らかく、かすかに漏れ聞こえる未央の吐息にますます愛おしくなる、
「僕も好きだ」
口を離し、目を見つめながら自然にそんな言葉が口から漏れる。
「ふふっ。こんなに愛されて、私は幸せ者です。私も好きですよ、先輩」
花火を背に、笑顔を向けてくれる。
「ありがとう。未央のおかげで、僕は変われた」
以前照れくさくなりはぐらかしたことを、目を見据えて伝えた。
「確かに変わりましたね? 以前はこんな強引に、キスをする人ではなかったです」
「ご……」
未央が背伸びをして、口付で僕の言葉をさえぎる。
「仕返しです。謝らないでください。すごく嬉しかったんですから」
自分でして照れたのか顔を真っ赤にし、そっぽを向きながら早口で言われる。
そのまま花火に集中し黙り込んだ未央を見ながら、 この先も未央と一緒に色々な体験をしていきたいと思った。
光り輝き散っていく花火に視線を戻して、遠い未来に思いをはせる。
「終わちゃいましたね」
「そうだな」
しばらくして花火が見えなくなり、ポツリと声を漏らす未央に短く返事を返す。
「少し冷えましたね」
「大丈夫か? 早く部屋に戻ろう」
「はい、戻りましょう。」
未央の手を握り、歩き出す。
「えへへへ」
未央が幸せそうに、笑ってくれた。
・・・・・・・・・・
「ただいま」
「おかえり~」
家に帰ると酒臭い母が抱きついてくる。
「飲んでたの?」
「はい、一人寂しく飲んでおりました」
敬礼をしながら言ってくる。
「水のむ?」
「のむのむ」
母に肩を貸してリビングに行き、椅子に座らせて水を渡す。
「珍しいね、お酒」
普段はお酒を飲んでる姿を見たことなくて、つい聞いてしまう。
「だって、嬉しかったから」
「嬉しい?」
「いつも一人で本を読んでばっかのあんたが、彼女作ったんだから嬉しいわよ」
「なっ、何で……」
慌てて言葉を飲み込む。
「はっはっは。母に隠し事は無駄なのだ~」
指をさしながら言ってくる。
「はいはい。もう寝るから、ほどほどにして、眠りなよ」
「は~い」
酔っぱらってるだけだろうし、たぶんバレたないはず。
悪いことをしているわけではないけど、恥ずかしい。
自分の部屋に入り、ベットにダイブする。
今日のことを思い出して、恥ずかしくなってきた。
「は~。本でも読むか……」
恥ずかしさを紛ららわせるために、本棚から文庫本を取り出して、本に集中していく。
「寝よ……」
小説の中にキスシーンが出てきて、未央の唇の感触を思い出し慌てて本を閉じる。
ブー、ブー。
スマホが鳴り、メッセを確認する。
『先輩のバカ~。恥ずかしくて寝れないじゃないですか~』
「未央もか……」
少し考えて、お休みとだけ書いたメッセを返信して、電気を消す。
ブー、ブー。
また携帯が鳴り、手探りで探し当てる。
『でも、嬉しかったので……またしてください』
そのメールには返信せず、スマホをベットから落とす。
掛布団を頭からかぶり、目を閉じる。
いくらか時間がたち、ようやく顔の火照りが覚め、眠ることができた。