第五話
自分の部屋のベットに倒れこんで、未央が落とした本の内容を思い出す。
病院で拡張型心筋症と告げられ、残された時間が少ないかもしれない事。
そのうえでやってみたいことが書かれていた。
そう、文庫サイズの日記だったのだ。
細かくは読んでいないが、最初の一文の部分を読んで気が付いたら走り出していた。
「ご飯、できたわよ」
ドア越しに母が、声をかけてくる。
「今日はいらない」
起き上がる気力が残っていない。
「そう……何があったか知らないけど、元気を出しなさいよ」
母の足音が遠ざかっていくのを、聞きながら目をつぶる。
走って疲れたのか、すぐに意識が沈んでいく。
次の日の朝、何もする気が起きなくて、自分の部屋のベットを背に座っていた。
本を読む気にもなれず、ただ未央のことを考える。
いつの間にか未央に振り回される生活が、当たり前になっていたんだな。
「はぁ、僕にできることはないのかな」
そう自分に聞いても答えは出ずに、時間はただ過ぎていく。
ブー、ブー。
床に落ちていたスマホが、震えている。
「メッセ……未央からだ」
『 ひまだよ~。先輩、今、何してますか?』
「はぁ、調子が狂うな……」
そのメッセを見て、先ほどまでの無気力感が無くなり、外に行く支度を手早く済ませて病院に向かう事にした。
・・・・・・・・・・
「は~い、どうぞ」
ノックをすると、元気な声が中から帰ってくる。
「おはよう」
未央が座っている、ベットの前に行く。
「先輩! どうしたんですか?」
「未央が暇って、メッセくれたから」
「先輩の方こそ、どんだけ暇なんですか?」
良かった、何時もの生意気な未央だ。
ニヤニヤと笑う姿を見て、安心する。
「なあ、未央。僕にできることないか」
「私の病気を知って、同情してるんですか?」
今までと違い、真剣な声音で聞いてきた。
「違う、そんなんじゃない」
「じゃあ何ですか? そんなことを言うなんて、先輩らしくないです」
「僕だって、そう思う。だけど、ここ最近ずっと頭の中に未央がいた」
俯いて、こぶしを握りながら、思ったままを伝える。
「本当に。未央、未央になりましたね」
未央の顔を窺うと、苦笑いをして冗談を返してきた。
「そうかもしれない」
「フフ、冗談なのにマジで返さないでくださいよ」
「でも、事実だし。ワガママ言っていいか?」
「何ですか?」
頬を少し赤らめて、掛布団で口元を隠しながら、僕を見てくる。
「僕は未央といたい。もっと未央と過ごしたい」
たぶん僕の顔は未央よりも赤いだろう。
人生初のプロポーズ。
「本当にワガママですね~。けど、ありがとうございます」
笑みのはしに涙を浮かべて、そう返事をくれる。
「なんで、泣くんだよ」
「仕方ないじゃないですか、嬉しいんですから」
未央が泣き止むまで、僕は近くにあった丸椅子に座って待ち続けた。
・・・・・・・・・・
「そう言えば、もう明日が祭りだな」
「そうですね。初デートです」
「……そうだな」
少し照れてしまう。
「あれ~、照れてるんすか? 先輩」
「仕方ないだろ、こういのは初めてなんだから」
「そうですよね。私も初めてです」
「そうか」
「ですです」
照れくさい空気が漂う。
「なあ、未央。ありがとな」
「何がですか?」
不思議そうに聞いてくる。
「いや、忘れてくれ」
「え~。気になります」
いまさら言うのが照れ臭くなって、はぐらかす。
「そろそろ帰ろうかな」
「え~、もう帰るんですか?」
「明日も会えるんだし、いいだろ」
「まあ、そうですけど」
布団に視線を落として、どこか寂しげだ。
「じゃ、また明日」
未央の頭を撫でて、そう言葉をかける。
「はにゃ? にゃにするんですか」
顔を赤くして、半目で睨んできた。
俺はそれに答えず後ろを向き、手を上げて病室を出ていく。
・・・・・・・・
祭りばやしを聞きながら、未央の到着を待つ。
自分から人にかかわろうとするなんて、昔なら考えられないことだった。
ブー、ブー。
スマホがポケットで震える。
「未央?」
メッセで、『 すみません、先輩。病院に来てくれませんか?』とだけ書かれていた。
「どうしたんだ……まさか……」
嫌な予感がして、返事をせずに病院に向かうことにする。
「未央――」
流れていく人込みを逆走して、走っていく。
駅は祭りの影響か凄く混んでいたので、たまたま乗客が下りたばかりのたタクシーが見えたので、それで病院に向かう。
病院に着いたものの、院内は暗く、面会時間は終わっているようだった。
僕は見つからないように気をつけながら、未央の病室に向かう。
無事に病室にたどり着き、未央のいる部屋のドアを勢い良く開ける
「ふぇ……」
「え……」
ドアの先にいた、白色のパンツ以外を身につけていない未央と目が合う。
「きゃぁぁぁ! 先輩の変態!!!!!」
「わ、ご、ごめん」
ピシャ。
「何事ですか?」
いつの間にか後ろにいた、若い女性の看護師に話しかけられる。
「え、ええと」
「病院では、静かにしてくださいね? 後、面会は終わってますよ」
「あ、すみませんでした。すぐに帰ります」
「はい、素直ないい子ですね。でも、少し待っててください。」
「え? 分かりました」
もしかしたら、怒られるのかな。
その看護師は、何故か未央の病室に入っていった。
「悪い子はここかな~」
「ひぇ、葉月さん(はづき)」
中から声が漏れ聞こえる。
「も~。彼氏さんに裸で迫ろうなんて、ダメですよ」
「ちっ違いますよ。ただ着替えてただけですよ」
「彼氏の前でですか、未央ちゃん大胆です」
「じゃなくって、急に入ってきたんですよ」
「フフフ。あ、そうそう。今から一時間くらいは、使っていいですよ」
「さすが、葉月さん。ありがとうございます」
「いえいえ。彼氏さんももう、入っていいですよ?」
呼ばれて、中に入る。
「未央、すまんさっきは……」
未央の服装を見て声を詰まらせる。
「じゃあ、私はこれで……」
看護師さんが部屋から出ていく。
「先輩?」
「か……」
「蚊?」
「似合ってる、その浴衣」
白地に金魚が泳ぐデザインで、よく見ると薄い水色で水の波紋も描かれている。
「本当ですか? マジですか」
俺の側に寄ってきて、手を握りながら聞いてきた。
「ああ、うん。可愛いぞ」
その反応にあっけにとられながらも、もう一度伝える。
「く~~。着て良かった~」
「でも、元気そうでよかった」
「え? どういうことですか?」
「病院に呼ばれたからさ、悪化したかと思った」
「それは、心配かけてすみません。どうしても、花火が見たかったので」
「え? どういう意味だ」
「時間が迫ってますし、行きますよ」
僕の質問に答えずに、未央は僕の手を引いて歩きだした