第四話
「先輩、ジンベエザメですよ」
「おお、デカいな」
「はい、でも可愛いです」
水族館に着いたので、早速目玉のジンベエザメの泳ぐ水槽に来ていた。
「写真撮りましょう」
「え? 分かった」
未央のスマホで、自撮りのように写真を撮る。
かなりくっつくので、恥ずかしい。
写真を撮り終えて、移動する。
「わ~先輩、先輩。トンネルですよ」
「凄い光景だな綺麗だ」
エリア移動の時に、透明のトンネルを通ると周りが水槽になっていて、まるで水の中を歩いているような気持になった。
館内をt時計回りに一周見て回り、最後にお土産コーナーに入る。
「先輩、このストラップ可愛くないですか?」
ジンベエザメがたこ焼きを持ったストラップを、手に持って見せてきた。
「欲しいのか?」
「え? う~ん。軍資金が厳しいので、我慢ですかね~」
値札を見てそう言ったので、
「買ってあげるぞ」
自然とそんなことを言うことができた。
「え、いいんですか?」
「ああ、旅行のお礼だ。何だかんだ、全部出してくれているだろ?」
移動の時に、ホテルと新幹線のチケット代を払うと言ったのだが、すべて断られたのだ。
「気にしないでくださいよ~。でも、ありがとございます」
会計を済ませて、水族館を出る。
来た道を戻って、新幹線の乗り場を目指す。
新幹線の乗り場につくまでの間、未央はスキップしそうなくらいに浮かれていた。
到着した新新幹線に乗り込み、座席に向かう。
「先輩、先輩」
新幹線の座席につくと、声をはずまして呼ばれる。
「どうした?」
「開けて、いいですか?」
先ほどの水族館の手提げを見せてきた。
「ああ、もちろん良いけど」
手提げから紙袋を取り出し、丁重に開ける。
その中から、ストラップを取り出して自分のスマホに付ける。
「ありがとうございます。大切にしますね」
幸せそうに笑う未央を見て、僕も嬉しくなった。
「――せ――ぱい」
「……未央?」
「あ、起きましたね? 駅に着きましたよ」
「ああ、悪い」
どうやら、寝てしまったようだ。
荷物を持って、新幹線を降りる。
そこから地元に帰る電車に乗り換えた。
「先輩は、やぱり一人でいたいですか?」
座席に座ると、未央が様子を窺うように聞いてくる。
「どいう意味だ?」
「こうやって付き合ってくれますが、本当は迷惑だったり?」
「迷惑じゃないよ。最近は、こういうのも良いと思えてる」
素直な言葉が、口から出てしまう。
照れくさくなったので、目をそらす。
「本当ですか? 良かったです。先輩はもっと人と接すればいいと思いますよ」
「……気が向いたらな」
どうしてそんなことを言うんだ?
「はい。あ、駅に着いちゃいましたね」
「そうだな」
電車を降りて、広場にゆっくりと向かう
「そうだ、先輩。夏祭り、絶対に行きましょうね?」
駅の掲示板に貼られたポスターを指さしながら、そう言ってきた。
「分ってる。約束だし」
もう目の前に広場が見えている。
ここからは方向が違う。
「じゃぁ、先輩。また夏祭りで」
未央はそう言って、笑みを浮かべる
「ああ、また夏祭りで」
そう返して、帰路につく。
自分の日常にこうやって約束が増えていくことが不思議に思えた。
・・・・・・・・・・
「ただいま」
「おかえり、やっと友達出来たのね」
「え、どういう……」
家に着くなり、母に話しかけられる。
「今までいなかったでしょ?」
「知ってたの?」
「当り前じゃない。心配かけないように気を使って、架空の友達の話をしてた事もね」
その言葉に、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてきた。
「ごめん」
「? 何で、あやまるのよ。今度連れてきてね」
女の子と一泊したなんて、恥ずかしくて言えそうにないな。
「……気が向いたら」
それだけ言って、自室に向かう。
部屋に入り、鞄と荷物を置いてベットにダイブする。
ポケットに入れていたスマホが、震えた。
取り出して確認すると、未央からメッセがとどいている。
『先輩~。旅行楽しかったですね? これ、水族館の時の写真です』
付属されていた画像を開くと、照れた自分の姿と腕に抱きつく未央の姿が表示された。
『ありがとう』
僕は短くそう返信して、少し眠る事にした。
・・・・・・・・・・
阪神に行ってから二週間ほどたったある日、僕はまた学園にきていた。
「よう、旦那。今日はカワイ子ちゃんと、一緒じゃないのか?」
上履きに履き替えていると、スポーツ刈りの男子が話しかけてきた。
「えっ……」
「同じクラスなのにさすがだな。で、あの子は?」
そう言われて、ようやく言いたいことを理解する。
「さあ? いつも一緒にいるわけじゃないし」
「え、彼女じゃないのか?」
「うん、違うけど」
「おい、何サボってる。早く戻れ」
「うす! 良かったら今度、紹介してくれよ?」
先輩らしき人に呼ばれて、男子は去っていった。
何故だか紹介したくないって、思ってしまった。
何時ものように、鍵を開けて図書室入る。
司書の仕事仕事をするようになって、先生にスペアキーをもらっているのだ。
本の整理を始めて一時間がたち、だいぶ古いデータもようやく片付いてきた。
「後は、落とし物の確認だな」
夏休みなので、ほとんど生徒が寄り付かない図書室の落し物はたかが知れていた。
「うん? このブックカバーどこかで……」
届け物の中にどこか見覚えのあるもの見つけて、手に取る。
「……」
本の ページをめくり、後悔した気持ちと謝りたい気持ちがあふれてきた。
「おはよう、何時もありがとうね」
背後から年配の女性の声がして、驚きながら振り向く。
「先生……すみません。戸締りお願いします」
思った通り、司書係の文乃先生だった。
僕は早口でそう言って、走り出す。
「え? あ、走ったら危ないわよ。あの子があんなに急ぐなんて、何かあったのかしら?」
文乃先生の声を背に、わき目もふらずに、靴を履き替え学校を飛びだした。
「未央――」
肩で息をしながら、改札を抜ける。
来ていた電車に飛び乗り、目的の駅まで焦る気持ちで過ごした。
三駅目の駅で降りて、道沿いに坂を上っていく。
「ここに……未央が……」
息を整えて前を見据た、中央病院と書かれた看板が見える。
久しく病院何て、来ていないな。
「あのすみません――」
受付で、未央のお見舞いに来たことを伝えると、親切に部屋までの道を教えてくれた。
エレベーターで三階まで上がり、一番奥の角部屋の前に行く。
「ここか……」
扉につけられている、名前のプレートを確認する。
コンコン。
ノックをするも返事がない。
仕方がないので、とりあえず中に入ることにする。
「あ、ママ。待ってたよ~。えっ」
ピシャ。
見えた光景の異様さに、慌ててドアを閉めた。
「……」
何故かヘッドホンをして、ベットの上に立って、体をそらした未央が見えたのだ。
「何で、先輩が……」
ドアの奥からそう声が聞こえてきた。
「入っていいか?」
改めて、ドア越しに聴く。
「……はい、どうぞ」
許可を得て、再度入る。
「なんか、ごめんな」
「いえ、お見苦しい所をお見せして……すみません」
今の未央はベットの上で座り、枕を抱きしめて顔を押し当てている。
「これ、未央のだよな? ごめん、中読んでしまったんだ」
「ふぇ、あのどこにあったんですか?」
鞄から取り出して見せた本を見て、不思議そうに聞いてきた。
「図書室の落とし物ボックスに……」
「何で、中を見たんですか?」
怒っているというよりも、僕が見た事が不思議だという感じで聞いてくる。
「旅行に行ったときに未央が持っていた本のカバーだったから、何を読んでるのか気になって……ごめん」
「先輩のエッチ」
「エッチって、お前。いや、ごめん」
ジト目で見られて、謝る。
「で、先輩はもう、私と一緒にいるのは嫌になりましたか?」
「え? どうして」
「いえ、……ありがとうございます」
僕が何も気にしていないことが分かったのか、お礼を言ってきた。
「お礼を言われるようなことは、言ってない気がするんだけど」
「先輩って、先輩ですよね」
訳が分からない。
「そう言えば、祭りは行けそうか?」
話題を変えることにする。
「はい。その頃には、退院予定です」
「そうか。長居しても悪いし、そろそろ帰るよ」
「はい。また祭りの日に」
病室を出てエレベーターを待っている間、頬を生暖かいものが垂れていく。
こらえていたはずなのに、あふれて止まらくなってくる。
未央の前で泣かずにすんでよかった。
到着したエレベータにのり込んで、重い足取りのまま帰宅した。