第三話
お昼ご飯を食べ、ウインドウショッピングをしていると、十九時を過ぎてしまっていた。
「そろそろ、泊る場所決めないとな」
僕一人なら最悪マンガ喫茶でもいいが、未央がいるのでそうもいかない。
「そのことなんですが、実は予約してあるんで荷物を回収して向いましょう」
「そうなのか、ありがとう」
最初から泊まるつもりだったからか、ちゃんと用意してくれているようだ。
「いえ、いえ。お付き合いありがとうございます」
荷物を回収した駅に直結する形で、予約していたホテルはあった。
「なあ、未央。お前って、金持ちなのか?」
見るかに高そうなホテルのロビーに少し驚く。
「いえ、違いますよ。たまたま、キャンセルがでたみたいで安かったんですよ。受付してくるので、荷物お願いします」
「おう、頼む」
荷物を受け取って、未央の背中を見送る。
どうして僕を誘ったんだろう。ふとそんな疑問が、頭によぎった。
「どうした?」
考えを巡らせていると、浮かない顔で未央が戻ってきたので聞く。
「とりあえず、部屋に行きましょう」
「おう」
本当にどうしたんだ?
「ここです」
部屋に入る未央に続いて、僕も部屋に入る。
中はかなりの広さで、ユニットバスの他にソファーにテレビ、クイーンサイズのベットまでもあった。
「すごいなこれ、未央の部屋か?」
「いえ……」
「いや、僕が泊まるのは悪いよ」
「……実はこの一部屋なんです」
凄く申し訳なさそうだ。
「え?」
「ホテルのミスで予定の部屋がうまってしまって、代わりにこの部屋を同じ値段で貸してくれたんです」
「なるほど。なら僕は、マンガ喫茶にでも行くから気にしないでいいぞ?」
こればかりは仕方がないので、未央の荷物を置いて部屋から出ようと扉に向かう。
「ダメです! 先輩さえよければ一泊だけですし、ここにいてください」
「未央が良いならそうするか……」
強い語気で呼び止められ、僕はそう答える事しかできなかった。
「はい。とりあえず、お先にシャワーいただきますね?」
「ああ、疲れたしゆっくりしておくよ」
ソファーに座って、そう返事をする。
「あ、覗かないでくださいね?」
「しないよ!」
シャワーに行ってる間は本を読んで過ごし、聞こえてくるシャワーの音に意識がいかないようにする。
「お先です、先輩。隙間開けて、待ってたのに本当に覗きませんね」
「…………」
「どうしたんですか?」
ぼうっと、シャワー上がりの未央に見とれてしまっていたようで、不思議そうに聞かれた。
ホテルのシャンプーの匂いなのか、未央自身の匂いなのか分からないが、甘いミルクのような匂いに心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「いや、シャワー行ってくる」
早口でそう言って、シャワーの方に向かう。
「え? そうですか……」
どこか寂しそうな声だが、気にしている余裕はなかった。
・・・・・・・・・・
シャワーから戻ると未央がの姿がなく、仕方がないのでソファーに腰を下ろす。
「ただいまなのです」
ドアが勢いよく開き、凄く上機嫌な未央が入ってきた。
「どこに行ってたんだ? 危ないぞ」
旅先で浮かれるのは分かるけど、夜に出歩くのは良くないと思う。
「すみません、買い出しです!」
反省はやはりなさそうだ。
嬉しそうにビニールの手提げを見せてくる。
「買い出し?」
これ以上注意するのもしんどいし、話を進めることにした。
「はい」
手に持っていた袋からお菓子や飲み物を取り出して、テーブルに置く。
「すごい買ったな」
「さあ、先輩も」
レモンの絵の描かれた飲み物を、手渡してくれる。
「ありがとう」
「はい、カンパーイ」
缶を軽くぶつけて、一口飲む。
「げふぉ、げふ。これお酒じゃないか?」
苦みとのどが焼けるような違和感から、咽てしまった。
「はい、一度飲んでみたくって! 痛、何するんすか先輩?」
「没収だ」
軽く頭をこずいて、缶を奪う。
「えぇ、まじめですね~。これなら、いいですよね?」
僕が本当に怒っているのを察したのか、医者ペッパーマンと書かれた飲み物を取り出して、見せてきたのでアルコールの文字がないか確認して許可だす。
「はい、どうぞ」
紙コップに注いで渡してくれる。
「ありがとう」
「杏仁豆腐みたいな味ですね?」
「そうだな」
不思議な味の飲み物を飲みながら、スナック菓子をつまむ。
「トランプしませんか?」
「いいぞ」
「六回勝負で負けたら一回ごとに何でも言うことを聞くことで、いいですか」
「……ああ分った」
「あ、エッチなのはダメですよ?」
にやにやと言ってきた。
「しないよ」
未央はにししと笑って、トランプを切っていく。
一回目は未央の提案で、ババ抜きで勝負して未央が勝った。
「負けか」
罰ゲームが不安で仕方ない。
「では、先輩。嘘なしで言ってください。今日は楽しかったですか?」
「ああ、……うん、面白かったよ」
毒気を抜かれてしまいながら、答えた。
「それは良かったです」
ホッとした、表情を浮かべる。
二回戦は僕が、ババ抜きで勝った。
「なあ、未央。何で僕と旅行に行こうと思ったんだ?」
未央が質問だったので、僕それにならううことにする。
「それは、行きたいからじゃダメですか?」
「そうか……」
「どうしたんですか?」
「いや、誘ってくれてありがとな」
何か他の理由がありそうだったが、聞かないでおく。
「はい」
三回戦は神経衰弱にゲームを変更して、まさかの未央の勝利。
「そうですね~。あ、学園に気になる子いますか?」
「いや、いないな。未央以外と話しすらしないし……」
「未だに、ボッチなんですね?」
「未だにって、僕は一人が好きなんだ」
「寂しくないですか?」
「いや、べつに」
「そうですか……」
どこか寂しそうな表情だ。
その後もゲームは続き、二回とも負けて最後の勝負。
「ラスト、だな」
「はい。最後も勝たしてもらいますよ」
勝敗は山札から一枚とって、数字がでかいほうが勝ちというシンプルなものにした。
「よし、十一だ」
これは勝っただろう。
「私は……十二です。やった勝ちました勝ちました」
「……で、罰ゲームは?」
投げやりになって聞く。
「そうですね~。今度、夏祭りについてきてください」
「そんなことで、いいの?」
最後の勝負なので、凄いことを言われると思っていたため、驚いてしまう。
「はい」
「分かった。行こうか、夏祭り」
「ありがとうございます」
僕なんかと出かけられてそんなに嬉しいか疑問だが、未央の幸せそうな顔は忘れられそうにない。
・・・・・・・・・・
ゲームが終わり眠くなってきたので、眠ることにする。
眠る場所は未央の提案で、じゃんけん決めた。
僕が勝ったので有無を言わさずに僕がソファーで眠り、未央にはベットで眠ってもらう。
その日は不思議な夢を見ていた。
学園の入学式の日、未央抱えて保健室に行く夢を……
「……な、なんだこれ」
寝ぼけながら、自分の体にまとわりついたものを触る。
フニフニと柔らかい。
「あふぅ。くすぐったいですよ先輩……」
その声にビックリして、意識が覚醒する。
「未央? 何で……いや、そうか僕は寝ぼけ……」
僕はトイレで起きた時に寝ぼけて、ベットで寝てしまったようだ。
「まずいな……今、未央が起きたら言い訳できない」
体を動かそうとしたが、抱き枕のように抱き着かれて身動きが取れない。
「なんて、力だ」
凄い力で僕の胸に自分の胸を押し当ててくる。
未央がからまた甘いミルク匂いがしてきて、心音が上がっていくのが分かる。
この匂いは完全に未央自身の物だと、昨日同じシャンプーを使って分かった。
「うん~」
今だ!
寝返りをした隙に、何とか離脱する。
顔を洗って冷静さを取り戻し、戻ると未央が起きていた。
「あ、先輩おはようございます」
「お、おはよう。ごめん……」
「? どうしたんですか?」
つい謝ってしまった僕を不思議そうに見てくる。
「いや、そうだ。今日はどこ行くんだ?」
「?? 水族館に行きましょう」
適当にはぐらかしてしまったが、お互いのために黙っておくことにした。