第二話
その日から、約束の日まで未央とは会うことはなく、どこか落ち着かない日常が続き迎えた約束の日。
「よし、行くか……」
「あら、こんな早くにどこに行くの? 学校はまだ休みでしょ?」
家を出ようとして、母親に呼び止められた。
「友達と待ち合わせしてるんだ」
「そう……最近物騒だから、気を付けてね」
何か言いたげだったが、それ以上は言わないで送り出してくれる。
「ありがとう、行ってきます」
・・・・・・・・・・
「おはようございます! 先輩」
待ち合わせ場所に行くと、笑顔で未央が手を振って声をかけてきた。
「悪い、待たせたか?」
「いえいえ、時間ピッタシですよ。それよりも、言うことないですか?」
未央がくるりとその場で、ターンをする。
「? そのリュックはなんだ?」
「はぁ、本当に朴念仁ですね~。先輩」
そう言って、やれやれと言いたげなしぐさをして見せてきた。
「どういう意味だ?」
「服ですよ、服」
よく服装を見ると、以前よりもお洒落な気がする。
茶色のチェック柄のトップスに、白いワイシャツ。下は薄い緑色で確か、フレアスカートとかいうやつだ。
「制服じゃないんだな」
凄く似合っていると思ったが、照れ隠しでついそう言ってしまう。
「もういいです」
未央は口を膨らまして、ホームに一人で歩いて行く。
「どうしたんだよ?」
「早く来ないと、おいていきますよ」
途中で一度立ち止まって、ツンとした声でそれだけ言って、また歩き出してしまう。
未央に追いつき、ICカードでホームに入り、電車に乗り込む。
なんとか機嫌を直してもらうまでに、気が付けば住んでいる町から3駅離れた町にある新幹線の券売所にいた。
「どこに行く気だ。言っとくが、お金はそんなにないぞ」
「ああ、安心して下さい。はい、これ」
カバンから切符を取り出して、差し出してくる。
「そう言えば、どこに行く気なんだ?」
道中、すっかり聞き忘れていた。
「本当に先輩って、面白ですね。今まで聞かれないから、どうしたのかと思いましたよ。阪神ですよ、阪神」
「え、阪神って日帰りで行けるのか?」
「う~ん。行けなくないと思いますが、今回は一泊ですよ?」
「ちょ。俺、何の用意もないんだが……」
「服なら向こうで買えますし、電車来てるので行きますよ」
背中を文字どうり押されて、改札を抜ける。
未央の荷物が多いのはそのせいか……
「あ、あの車両ですよ」
「ああ、分った。家に電話するから先に行っててくれ」
「は~い」
三度目のコールで、繋がった。
「あ、母さん。いや、泊りになったから。うん、ありがとう」
あっさりと、許してくれる。
電話を終えて、未央のところに行く。
「先輩。お帰りなさい」
渡してもらっていた切符の席に行くと、未央がニコニコと笑顔を向けてくれた。
「ああ、お待たせ」
「あ、動くみたいですね」
アナウンスに反応して、そう言ってくる。
「そうだな」
「その~先輩、怒ってますか?」
「何が?」
不思議に思いながら、そう聞く。
「急に泊りのお出かけになったことです……」
「え、ああ。驚いたが、怒ってはないぞ。むしろ納得したしな」
「納得ですか?」
「未央がそのリュックを持って、可愛いい服を着てるから何かあるとは思っていが、こういう事だったんだなって」
「~~~今更言うとか、ふいうちです」
「え? なんだ?」
うつむいて何かを言った気がしたが、聞き返しても無視をされた。
阪神に着く時間は三時間後なので、持ち歩いている本を読むことにした。未央は窓から、外を見ている。
「……」
「……」
本のきりがいいところで、横に座る未央に視線を向けた。
「はにゃ!?」
「どうした?」
何時からか、こっちを見ていたらしく目が合った。
「え、え~と。何を読んでるんですか?」
「? 銀河鉄道の夜だけど」
「へ~。あのあの、先輩……」
「気分悪いのか?」
珍しく歯切れが悪い感じで心配になる。
「いえ、あの……スマホの番号教えてもらえますか……」
「いいぞ? はぐれた時にに便利だしな」
「ありがとうございいます」
嬉しそうに声をはずまして、元気になる未央をみて何故か安心した。
『阪神、阪神』
車内アナウンスがなり、ホームに到着する。
「今からどうするんだ?」
新幹線から降りて、未央にそう聞く。
「まずは地下鉄に乗って、移動ですよ」
未央に案内を頼み、十五分ほど電車で移動し、駅に着いた。
「着きましたね! ソースの香りがします」
「いや、べつにしないが」
「え~。先輩は本をたくさん読むのに、情緒ってのがないんですか?」
「いや、それはこの街の人にに失礼だろ?」
未央が言うことを肯定するなら、豚骨発祥の地は豚骨匂いということになってしまうので、僕は適当に流す。
「まあ、いいです。服屋に行ってからお昼にしましょう」
「荷物になるし、服屋は後でいいんじゃないか?」
「いやいや、先輩は着替えるべきです」
「なんで?」
別に汚れてはいないけどな。
「だって、制服じゃないですか! 今まであえてツッコミを入れませんでしたが、私がコーデするので行きますよ」
未央は俺の腕を引っ張って、目の前にあった建物に入っていく。
「こんなのがいいのか?」
「いや~。我ながら見事なセンスです~」
「お客様。もしかして、俳優ですか? 凄く似合ってます」
やり手の店員さんなのか、おだてて勧めてくれる。
「このまま着ていきたいので、お会計お願いします」
未央も気に入っているので、このまま会計することにした。
鏡に浮かぶ自分は、普段気もしないような無地の栗色シャツの上からグレーのパーカを着ていて、下は制服のスラックスのままだが、お洒落というものをしている気がする。
「はい、ありがとうございます。良かったですね、こんな素敵な彼氏がいて」
「ふぇ! 違います。先輩です、先輩」
「そうです、ただの後輩です。いてぇ」
何故か未央が店員さんに見えないように足を蹴ってきた。
「いや~、いいもの見せてもらったので、割引しますね。後、荷物は駅にあるロッカーに預けるといいですよ」
店を出るときに、親切に店員さんが近くのコインロッカーの場所を教えてくれた。
ロッカーの場所は地下鉄の切符売り場の近くなので、分からなくなる心配はなさそうだ。
二人分の荷物を預けて、地上にもう一度上がる。
「どこで、食べるんだ?」
買い物の後はお昼と言っていたので、そう聞いてみた。
「そうですね~」
機嫌よさそうにあたりを見て未央が――
「ここにしましょう」
指さしたのは、オヤジの人形が入口に置かれた派手な串カツ屋さんだ。
「いらしゃいませ、何名様ですか?」
「二人です」
「では、こちらにどうぞ」
すぐにカウンター席に、案内してもらえた。
「昔、テレビで見て来たかったですよ」
「僕も、見たことあるよ」
「有名ですもんねこれ」
そう言って、二度付け禁止のソースを指さす。
「そう、そう独特だよな。にしてもすぐに入れて、ラッキーだったな」
「はい、私の日ごろの行いが良いおかげですね」
凄く上機嫌なので、そういう事にしておくか……
「とりあえず、ペアセットでいいか?」
メニューにあったお勧めを提案する。
「はい、って、今流しましたよね?」
俺はそれを無視して、注文を店員さんに伝えた。
「お待たせしました。左からの豚、牛、鳥、チーズ、エビ、たこ焼きになってます」
若い女性の店員さんが料理を運んできて、そう説明してくれる。
「あの、もし二度付けしたらどうなるんですか?」
未央が目を輝かせ好奇心旺盛に、そう質問をした。
「え? そうですね……二十年はタダ働きを覚悟してくださいね」
少し考えた後、優しい声でそう言ってくれる。
「了解です。絶対にしません」
「フフ、そうしてください。では、ごゆっくりどうぞ」
ノリのいい店員さんはそう言って、厨房に戻っていた。
「「いただきます」」
手を合わせて、串カツを食べる。
具材もそうだが、ソースが今まで食べ事のない深い味で、すごく美味しかった。