流れ星の種
――おこづかい、全部使っちゃった――
夏祭りの屋台で、あゆは「はぁーっ」と、力が抜けたようなため息をつきました。わたあめにりんごあめ、金魚すくいに的あてと、いろいろ楽しんだのですが、これでもう八月分のおこづかいは三十円しか残っていません。
――金魚も、よく考えたらママ、ペット飼っちゃダメっていってたから、うちじゃ飼えないし――
的あても結局当てられず、わたあめとりんごあめはもう全部食べてしまいました。手元にあるのは、弱々しい金魚が一匹入ったビニール袋だけです。
――夏休み、まだまだあるのに、もうおこづかいなくなるなんて――
今日は八月一日です。夏祭りに行く前に、ママから「無駄づかいするとすぐになくなるわよ」といわれたのが、今ごろになって思い出されます。
「でも、もうちょっとおこづかいくれたっていいのに。ママのけち」
「おや、おじょうさん、もしかしてお困りかな?」
あゆのぐちに、男の人の声が答えました。びっくりしてとなりを見ると、屋台にもじゃっとしたひげを生やし、シルクハットをかぶったおじいさんがいました。あゆに手を振っています。
「あの……」
「あぁ、うちは『手品の館』だよ」
おじいさんが、ひょいっと手を上にあげます。看板には確かに、『手品の館』と書かれていますが、なんだかうさんくさそうです。第一あゆには、もうおこづかいはありません。申し訳なさそうに首を振るあゆに、おじいさんは続けました。
「お代はその金魚でいいよ。おじょうさんちは飼えないんだろう?」
「えっ、うん、そうだけど……」
あゆは首をかしげました。どうしておじいさんが知っているのでしょうか? 知らないうちに独り言でもいっていたのかなぁ? そう思うあゆに、おじいさんは手を出します。
「さぁさぁ、ほら、金魚を渡して。素敵な手品をお見せするよ! それに今なら、手品の『種』を差し上げよう」
なんだかお芝居みたいないいかたに、あゆは思わずくすりと笑ってしまいました。なんだかおじいさんが昔からの知り合いのように思えます。あゆはおじいさんに金魚を差し出しました。
「それじゃあお待ちかね、魔法のショーの始まりだ! おじょうさん、うまくいったら拍手喝采してくださいよ」
おじいさんがシルクハットを脱いで一礼すると、あゆは「あっ」と声をあげました。シルクハットの中から、ぽろりと星が落ちてきたのです。おじいさんの前の机でバウンドする星を、おじいさんがパシッとつかみました。そのとたん、星があとかたもなく消えてしまったのです。目を丸くするあゆの目の前で、おじいさんはにぎっていた手を開きました。
「あっ、種!」
おじいさんの手のひらには、まるでひまわりのような種が乗っていたのです。さっきの星はどこに行ったのでしょうか? おじいさんは気にせず、シルクハットを逆さに置きます。またまたあゆが驚きの声をあげます。
「えっ、植木鉢?」
そうです、シルクハットの中には、土がびっしり入っていたのです。もちろんおじいさんの頭には、土なんて残っていません。ぽかんと口を開けたままのあゆに、おじいさんはさぁさぁと手招きします。
「おじょうさんの手で、この種を植えてごらんなさい。そうすれば、わたしの手品が完成するんだ」
おじいさんが、先ほどの種を指先に持っています。あゆは種を受けとりました。つるんとした、なんの変哲もない種です。シルクハットの植木鉢に、指でぎゅっと押しいれます。
「でも、いったいなにが咲くの?」
あゆの質問に、おじいさんは人差し指を口の前にあてて、「シーッ」とやりました。あゆはあわてて口を押さえます。
「ほら、ごらんなさい、種が空に根付いて、今花を咲かせて散っていきますよ」
おじいさんが空に向かって指を向けました。つられてあゆも空を見あげます。そして……。
「うわっ! すごい、流れ星だ! 流れ星の大群だ!」
天の川から、流れ星がまるで雨のようにいくつもいくつも落ちてきたのです。あゆの声を聞いて、夏祭りを楽しんでいたまわりの人たちも、いっせいに空を見あげます。
「ホントだ、すげぇや!」
「流星群だ、こんなたくさん落ちてくるなんて!」
「あっちも、こっちも、うわぁ、すごいすごい!」
みんな口々に喜びの声をあげます。もちろんあゆもです。夢中になって流れ星の数を数えていきますが、あとからあとから落ちてくるので、数えきれません。そんなあゆの様子を見ながら、おじいさんがふふふと笑いました。
「さぁ、おじょうさん、花が散ったあと、種が土に戻ってきましたよ」
おじいさんの言葉に、あゆはふりむき、そして「わっ!」と声をあげてしまいました。シルクハットから、いつの間にか花が咲いていたのです。白くて小さな、星のような花びらをした素敵な花でした。
「おじょうさん、ありがとうございます。これで手品は完成しました。さぁ、この『流れ星の種』を差し上げましょう」
おじいさんが、先ほど植えた種をあゆに渡してくれました。「お金持ってないわ」といおうとするあゆに、おじいさんは金魚の入った袋を見せて笑ったのです。あゆはしばらく迷ったあと、ぺこっとおじいさんにおじぎしました。
「ペットは飼えなくても、花はママも好きだろう? 大事に育てておくれ」
おじいさんにもう一度おじぎして、あゆは種を大切にポケットにしまいこみました。そしてもう一度顔をあげると、そこにはもう手品の館はなくなっていて、ただ古ぼけたベンチがあるだけでした。空を見あげると、フッと流れ星が一つ落ちて消えていきました。
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ご意見、ご感想などお待ちしております(*^_^*)