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プライマルデート ~前編~

 6月27日(日)

 1000時/駅前ロータリー


「よっす!」


 停留所で待ち受けていた俺へ、バスから降りるなりハイタッチをかましてくる我が彼女、日向薫が駅前にふわりと舞い降りた。

 薄赤色のチュニックブラウスに黒いタイトパンツにミュールといった出で立ちで小さなショルダーバッグを携える今日の日向はいつもより大人コーデに身をやつしている。小柄さとのギャップが愛らしい。


「よっす」


 白Tの上から前を開けた紫系チェックのコットンシャツを羽織り、チノパンにゴツめのブーツを履き、大きな中折れブリムハットとウェリントン系の伊達眼鏡を装着している俺は日向の小さな手に応え、デートの開始を実感する。


「さって、まずどこ行く?」


 早速我が彼女は本デートのイニシアティブを預けてきた。

 無論悪意などあろうはずがない。日向の持つ謙虚さ故の提案だ。


「あそこでプランを練ろう」


   ◇


 1010時/カフェ


 近場にあるチェーン店のカフェに入り、珈琲とバナナジュースを飲みながらスマホを向け合う。


「今日の門限は20時。夕食は済ませてきていいって。先に夕食のお店をネット予約しとこっか」

「このなんでも揃ってるビュッフェ系のレストランなんていいと思う」

「確かにココなら帰りはお互いバスで直帰できるし、イイね。でも駅周辺からだとちょっと遠いかも」

「もし日向が構わないなら間にあるこの美術館に行きたい」

「う~ん、美術館かぁ。わたしそっち系全然わかんないから行ったことないんだよね」


 意見と趣向が食い違った。ならばここはプレゼンだ。


「芸術のことは俺も全然わかってない。でもなんというか、空気が好きなんだ。とても心が安らいで、今まで感じたことのない種類の時間を過ごすことができる。あんなにも特殊で不思議な空間は俺たちの日常には絶対ないから、一度は体験しておくべきだと思う」

「そ、そんなになの? ちょっと行ってみたくなったかも」


 これでも関心を示さなければ案は切り捨てだったが、素直な子でなによりだ。


「じゃあ後半の流れは決まったね。ランチ前後はどーしよっか?」

「お互い朝食は済ませてきてるし、ランチはスイーツに絞るって手もある。日向のオススメがあれば味わいたい」


 美術館の件よろしく、何かを人に薦めたいという願望は誰しもにあるはず。


「ならココ! 数十種類の映えるプチケーキが所狭しと攻め立ててくるステキなお店♪」

「OK。なら次は――」


 なんだかんだとプランを練った後、話がまとまったところで会計に赴く。

 レジでスマホ決済を試みようとしたその時、日向は五百円玉を渡してきた。


「むやみに奢ったりせず割り勘でいいんだからね」


 最近は奢られるのを嫌う女性が増えたと聞く。日向もその例に漏れないようだ。


「ありがとう。でもごめん、俺は電子決済が主だから小銭はあまり持たないんだ」


 キャッシュカードやデビットカードを始めとした数枚のカードと十数枚のお札が挟まれたマネークリップを取り出す。もちろん小銭は入れられない。


「ちっちゃ! 財布それだけ⁉」

「最近はアプリばっかりでカードの類を携帯しなくてよくなったから財布持つのやめたんだ。旅行とかする時は別だけど」

「まぁ確かに財布って嵩張るもんね。でもそれじゃ割り勘しにくいし小銭のやり取りも難しくない?」

「ああ。だからちょっとした会計で都度小銭の計算や交換をするのもあれだから、もっとラフに出し合えないかと思う」

「ラフにって、例えば?」

「この店は俺が持つから次の店では日向が出す、みたいな感じで。もちろん金額が大きい時はちゃんと話し合う」

「そのフリーキーさが椎名くんだもんね。しょうがない、納得してやるぜぃ」

「ありがとう」


 多少我を通させてもらったが、決済ルールの策定は最優先で行なうべきこと。

 そして男とは、女とは、と決めつけず、ちゃんと相手の価値観と照らし合わせることが肝要だ。


 使用金額

 椎名:¥1,000 計:¥1,000

 日向:¥0   計:¥0


   ◇


 1100時/裏通り


 筋道が立ったところでカフェを退店した俺たちは裏通りを歩いていた。

 ここはアパレル・雑貨系の店が並ぶ、いわゆる若者のファッションストリートだ。


「椎名くんていつもどこで服買ってるの?」

「半分はネットで、もう半分は隣町にある贔屓のセレクトショップで買ってる」

「そっかぁ。わたし色々見て回る派なんだよね」

「遠慮無用。全然苦じゃない」

「ありがと。あ、あそこずっと内装工事してたとこだ。オープンしたんだぁ。入っていい?」

「ああ」


 俺たちは真新しくも古着屋感のあるショップへ入った。


「いらっしゃいませ」


 出迎えたのは二十代後半くらいのボーイッシュな女性店員。


「オープンしたてだから現在はレディースのみなんですけど、今後はメンズも扱っていく予定です。気になったのがあれば手に取ってみてください」

「はぁい。わぁ、カワイイ」


 日向は本格的な夏に向けて清涼感のある服を物色し始めた。

 俺も別のラックにかかっている服を一枚一枚吟味し、日向に似合いそうな逸品を探していく。


「ねぇ椎名くん、これとこれどっちがいいと思う?」


 日向は紺色と白色のトップスを掲げてそう問うてきた。細部はともかく二着はほぼほぼ同型だ。

 どちらでもいいというのが率直な意見であるが、それは本人も同じこと。求めているのは新たな解釈だ。


「この辺のパンツやスカートと合わせて試着してみたらいい。ついでにこの辺のサンダルも試してみよう」

「トップス一枚選ぶだけでそんなに試着していいのかなぁ。なんか買わないのにアレコレ試着するのって抵抗あるんだよね」

「気持ちはわかるけど、店からすれば試着は販促活動なんだから節度を守れば迷惑行為にはならない。それに服は遠慮があるといい買い物ができない」

「わかる! 納得して買ったやつじゃないと家帰ってからやっぱあっちの方がよかったなぁとか思ちゃったりするし、合わせきれなくて放置しちゃったりだとか、あるあるだもんね」

「というわけで試着します」

「どうぞ」

「えっ? わっ!」


 日向の背後からやりとりをしっかり聞いていた女性店員は微笑みながら快諾してくれた。


「もともとユーズドのリメイク物ですから、トップスでも物によっては試着できますよ。彼氏さんの言う通り、遠慮なくバンバン着ちゃってください」

「あ、あはは、すいません。もう椎名くんっ」

「あとこれは単純に俺の好みで選んだやつだから、試しに」

「っっ、もうっ」


 照れに頬を染めながら日向はフィッティングルームへ入った。

 着替え終わるまで俺と女性店員は並んで会話を行なう。


「可愛い彼女さんですね」

「はい。しかも謙虚で素直で性格もいいんです」


 ガタガタッとフィッティングルームが揺れた。

 その時、キラリンと女性店員の目が光る。


「あ~あ。私も高校時代、レディースショップでも物怖じせずちゃんと付き合ってくれて、ちゃんと一緒に選んでくれて、ちゃんと意見もくれて、ちゃんといいところを言葉にしてくれるステキな彼氏が欲しかったぁ~。いいなぁ彼女ちゃん、めっちゃ愛されてて羨まし~。彼氏さんも幸せでしょ~、こんなに可愛い彼女がいて」

「ええ。彼女はこんな陰気臭い俺でも受け入れてくれる天使のような女の子、いや生きた天使そのものです。この世に二人といません」

「ちょっと椎名くんっっ、聴こえてるんですけどっ!」


 精神攻撃はばっちり効いているようだ。


「ちなみにどんな感じで二人は付き合い始めたんですかぁ~? 超気になる~」

「っ!? そっそそそれはナイショで――」

「学校中に既成事実を拡散する目的でわざわざクラスメイト全員が見ている中を狙って告白してきました」

「ちょーーーーーーーー‼ 言い方ぁー------‼」

「マジで⁉ それってほぼ脅迫じゃん! この子怖っっ‼ てか今の話店のブログにあげていい? #マジキチJK来店、っと」

「ダメ~~~~‼」


 履きかけのパンツにつんのめり、ピンク色に統一された下着が露わになっている日向が真っ赤な顔してフィッティングルームから飛び出してきた時の可愛さは……まぁ語るまでもないだろう。


 使用金額

 椎名:¥0   計:¥1,000

 日向:¥4,000 計:¥4,000 


   ◇


 1200時/スイーツショップ


「もう二度と椎名くんとは服買いに行かない!」


 セレクトショップを出てからずっとお冠の日向は、ズコォォとストローを鳴らしながら豆乳ラテを飲み干した。

 傍らには先ほどの店の袋が置いてあり、自分と俺が選んだトップスが一枚ずつ、そして試着したサンダルが一つ購入されている。


「このベイク美味しい」

「聞けよっっ」


 原因にもよるが、彼女が怒ってるからといって必ずしも宥める必要はないと思う。


「はぁ、当分あの店行けないよもぉ」

「いい買い物ができたし会員にもなったし店員さんから名刺も貰ってたと思うけど」

「ほとぼりが冷めたら行くのっ! 安くていい店だし、利用はしたいもん」


 しかしトップス二枚とサンダルで4,000円とは、なんでレディースはこんなに安いんだ。そしてなんでメンズはあんなに高いんだ。


「さっきの店員さんパキ(あぶら)さんていうんだけど、必ず毎回椎名くんと来てくれだって。絶対行かないっちゅーの」

「パキ(あぶら)


 俺も行かない。そんな名前の人とまともに会話できる気がしない。


「なんでむせてるの?」

「いや、変わった名前だなと思って」

「そう? そんな気しないけどなぁ」


 この土地に来たのは高校からだし長くぼっちだったから気付かなかったが、変わった苗字の人が多いな。


「じゃあここはわたしが払うね」

「ありがとう。ごちそうさま」


 腑に落ちないナニカを感じながらスイーツを堪能した俺たちは店を出て次の目的地へと向かった。


 使用金額

 椎名:¥0   計:¥1,000

 日向:¥1,800 計:¥5,800


   ◇


 1300時/バイクショップ


「へぇ~、ここが椎名くんがお世話になってるっていうバイク屋さんなんだぁ」


 初めて訪れた男の城、バイクショップに日向は目を白黒させている。

 本来であれば女子高生には無縁な場所だが、日向を連れてきたのには理由がある。


「ここに並んでる中から好きな形やデザインがあったら選んでくれ」

「これ……ヘルメット? え⁉ まさかわたし用⁉」


 先日、普通二輪免許の取得から一年が経った。これで後ろに人を乗せることができる。


「タンデムする時用に買っておきたいんだ。もちろんバイクが怖くて抵抗があるなら無理にとは――」

「乗るっっ! ぜっったい乗るっっ‼」


 日向は出会って最輝度の光を瞳に灯した。想像以上に喜んでくれているようだ。


「おすすめはメイクの崩れにくいジェットタイプ。フルフェイスの方が安全性と雨風への耐性は高いんだけど、そもそも天気の悪い日に乗せる気はないし、スピードも出さないからジェットタイプでいいと思う。俺も圧迫感が不快だからジェットタイプにゴーグルをつけて使ってる」

「うん、わたしもこっちの方がかっこいいと思う。ばっちりピンクもいいしスポーティーなのも捨て難いなぁ。う~~~ん、悩むっ」


 熟考すること10分。日向が出した結論は――、


「ギブ。椎名くんが選んで」


 とのことだったので俺は一つのメットを取り、日向に被せてみる。


「これがいい」


 俺が選んだのは、大きな星を丸く囲ったロゴとラインが入っているスモールロージェットだった。

 コンバースのオールスターを彷彿とさせるデザインと褪せたホワイトは汎用性が高く、実にカジュアルだ。


「これにオレンジ色のシールドをつけて、入ってるロゴとマークとラインの色をパープルに変えてポップな感じにすれば、もっと日向に似合ってくると思う」

「な、なんかわかんないけどかっこいい気がするっ。あれ? でも学校ってバイク禁止じゃなかったっけ?」

「ああ」

「ああて。やっぱ気にしないんだ」


 そもそもこちらが学費を払って通っているだけの教育機関から移動手段を制限される筋合いがない。


「出来上がりは来週になるそうだから、また日曜に取りに来よう。その時単車も出すから、都合がつけば試乗もしよう」

「隕石が降ってきても必ず行くっ!」


 諸々のカスタムを店長に発注し、俺たちはバスに乗って美術館を目指した。


 使用金額

 椎名:¥13,000 計:¥14,000

 日向:¥0    計:¥5,800


   ◇


 1330時/バス内


 美術館へ向かう行きしな、最後尾のベンチシートに隣り合って座る俺と日向は声を落としながら会話しつつ美術館を目指している。

 先ほどのバイクショップでのやり取りが刺激的だったのか、日向のテンションは高めだ。


「来週が待ち遠しいなぁ。もしかして海にもバイクで行ける?」

「そのつもり」

「うひっ♡ 絶対楽しいねそれ。あ、ただね椎名くん」

「ああ」

「今月のお小遣いは今日で使い切っちゃうから、支払いは来月でいいかなぁ?」


 少々誤解があるな。


「あれはプレゼントだから日向が出す必要はない。そのまま受け取ってくれ」

「いやいやいやそれはムリだよあんな高いの! それに誕生日でもなんでもないし!」

「前科者の俺を信じてくれた」


 何故俺が日向にプレゼントを贈りたいと思ったのか、その理由を列挙していく。


「悪評を拭おうとしてくれた。窮地を助けてくれた。なにより俺を彼氏に選んでくれた」


 まさかこんな出会いが俺の人生に起こるなんて思っていなかった。


「さっき店でも言ったけど、日向はこの世に二人といない、俺にとって奇跡みたいな存在なんだ。だから大事にしたい。そして、できる限りの感謝を贈りたい」


 みるみる紅潮していく日向の揺れる瞳は感極まり、瞼を下ろさせた。


「わたしだって、椎名くんと出会えて、よかったって思ってるもん」


 そうつぶやきながらぎゅうと俺の腕に抱き着き、LJラヴァーズジョイントする日向は――、


「大好き」


 とても温かかった。

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