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人を呪わば穴二つ

 賑わうクラスの昼休み




 衆人環視の下




 人生初告白を受けた俺こと




 椎名みづき 17歳に




 彼女 できました




   ◇




 6月20日(月)

 昼休み/業者用搬入口


「いや受け入れてんじゃねーよてめえっっ‼」


 キレた月代に胸ぐらを以下略。


「あんたもなにとち狂ったことやってんのぉぉ‼」

「いだだだだだだっっ‼」


 キレた月代は俺の彼女、日向の胸ぐらも略。


「おおお落ち着いて由美ちょびんっ、これには深い」

「あァ⁉」

「深~いラブしかなくて」

「ああああああああああああああああああああああああッ‼」


 獣の咆哮を吠え上げる月代の傍に置いてある俺の鼓膜が心配だ……お。

 ふと、この場に現れた新たな来客を目で追っていると、気づいた月代も己の足元に視線を落とした。


「てめどこ見ッッ⁉ ぎゃああああああああああああああああ‼」


 カサカサと這い寄ってきている■の猛威に月代の理性は崩壊した。

 無理な体勢で身を捩ったせいですっ転んだ月代は黒いショーツを丸出しにしている。

 俺のせいではない。何故なら俺も結局は鼓膜に深刻なダメージを負ってしまったのだから。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっっ! ムリムリムリムリムリムリムリっっ!」


 血の気を捨てた日向はこれでもかと俺に抱き着いてきた。

 むしろ登ろうとすらしてくるものだから小柄なボディラインの全てを触覚で捉えられる。

 頬が触れ合った。すごい、羊毛などとは比較にならない柔らかで温かで優しい感触だ。


「もう行った」


「「はぁぁぁぁぁぁ」」


 ■は去り、冷静さを取り戻した両名は深く、深く安堵の息を吐いて姿勢を正す。


「……説明、あんでしょーね」

「説明っていうか、告って、OKもらって、付き合い始めましたって感じなんだけど」

「コイツが好きだなんてウソ信じるかっての! もっとイケメンから告白されてるのに断ってきたくせして!」

「いやホントだよっ! 嘘や遊びで好きです付き合ってくださいなんて言うわけないじゃんっ!」

「コイツと絡んだのなんてほんのちょっとでしょ! それでなんでそんなことになんの⁉」

「恋はいつでもタービュランスなんだよっ! それに由美ってば最近休んでたから知らないだけでちゃんと気持ち育ててたんだから!」

「ぐッ」


 そう、あんなにも息巻いていた月代は翌日、何故か学校に来なかった。

 日向曰く、家族全員を巻き込んだインフルエンザの猛威にぶちのめされ、隔離されながら寝込んでいたらしい。


『薫は、あたしが守る』


「なに吹き出してんだよてめえッ」

「失礼、お構いなく」


 それを知った時、今みたく腹筋が壊れそうになった俺を誰が責められよう。


「この一週間でなにがあったの……!」

「あ、聞く? 聞いちゃう? わたしと椎名くんのラブコメ劇場の第一話はね~」


 長くなるのでここは俺が箇条書き的にまとめよう。


 13日(月)

 日向家所有の旅行系ガイドブックを持参した日向と昼休みに二人で熟読。


 14日(火)

 月頭に行なわれた体育祭の写真が行政から委託された民間の写真屋運営のサイト上にて販売開始。

 学校から配布されたIDとPWを用いて共に閲覧。日向は数枚購入。


 15日(水)

 生徒会からのお達しを受け、中庭の花壇清掃を行なうための人員募集をかけた日向学級委員長は、何故かクラス内に意見を求めることなく俺を指名。

 受け持ち区画の清掃に二人きりで従事。この日含め三日間行われる予定。


 16日(木)

 昨日に引き続き花壇清掃。やはり二人きりで従事。


 17日(金)

 放課後、清掃作業の打ち上げと称して二人で制服のまま街を闊歩。

 コーヒーとハンバーガーに舌鼓を打った後、バスロータリーにて解散。


 18日(土)

 この日は会わず。


 19日(日)

 リペアが完了した靴屋へ赴く。木曜の時点でそのことを話していた日向と合流し、映画観賞。

 月代の見舞いを持ちかけられるも感染拡大阻止の観点から断固却下&絶対阻止。バスロータリーにて解散。


「って感じ♪」

「………………」


 茫然自失。月代は口をパクパクとしつつ立ち尽くしている。

 また腹筋が揺れ始めるがここで吹いたらまた面倒だ。我慢我慢。


「……アンタはなんで薫の告白を受けたわけ」


 あたしは関わるなと言ったはずだ。お前は狙ってないと言ったはずだ。

 鋭く差し向けられる月代の眼は言外にそう訴えてくるが、俺が告白を受け入れた理由は明瞭にして簡潔だ。


「彼女が欲しかったから」


 そう、俺は元々彼女が欲しかった。


「クソ陰キャの分際で夢見てんじゃねーよ……!」

「だからこそだ。日向は俺のような陰気で協調性もない男でも友好的に接する優しさを持っていて、抜群の愛嬌もある、とても可愛い女の子だ。そんな子から好きだ、付き合ってほしいと言われて断る理由なんてどこにもない」

「ししし椎名くんっ、でででできればその日向はカワなんとかってとこ、目を見ながらもっかい言ってほしい的なウワサが~」

「日向は可愛い。日向は可愛い」

「必殺の二枚刃⁉ うぅ~こうなったらラブラッシュ! キャモン!」


 むんずと日向の肩を掴んでしっかりと目を見つめ、大きく息をひゅるるるるるるるるるるるるる。


「日向は可愛い日向は可愛い日向は可愛い「ぁ」日向は可愛い日向は「ぇと」可愛い日向は可愛い日向は可愛い日向は可愛い日向は可愛い日「もぅぃぃ」向は可愛い日向は可愛い日向は可愛い日向「っっ」は可愛い日向は可愛い日向は可愛い日向は「ぇと」可愛い日向は可愛い日向は可愛い「ダメっ」日向は可愛い日向は可愛い日向「足元! ほら足元ヤバいよ! ■が来た! ねぇ、ちょ」は可愛い日向は可愛「しぃなくん♡」い日向は可愛い日向は――「ぎゃふ⁉」」


 あ、俺の彼女が拳骨された。かわいそうに。


「はぁはぁはぁ、コイツらマジッ」

「うぅ……天国から地獄、ぐすん」


 気を取り直し、再び俺たちは三角形を描きつつ向かい合う。


「んん、ま、まぁラブラッシュはさておき、絶対月一でやってもらう決意はさておき、まだなにか納得できないことある?」

「あるに決まってんじゃん! なんでわざわざ昼休みのクラス内なんて人目のあるとこで告白なんてしたの! それが一番意味わかんないんだよ!」


 クラス内に響いたあの絶叫と熱狂はちょっと忘れられそうにない。

 外にも届いていた驚天動地のラブコメスクリームは一瞬で学年内に、そして学校中に波及しただろう。


「緊張しすぎて内心超テンパってたけど、もちろんわたしなりに考えがあってのことだよ」

「考えって、なに」

「椎名くんの悪評、なんとかしたかったんだ」


 ――月代(黒幕)絶句。場の空気は一発で変質した。


「この一週間、椎名くんと過ごしてみてわかった。椎名くんは噂みたいなことする人じゃない。本人もちゃんと否定してくれた。クラスメイトも先生も信じないなら、わたしが信じる。好きになった人が悪く言われるの、ヤダもん」


 可憐な微笑の日向と違い、月代は酷い顔だ。お察しします。


「い、いつから、コイツを」

「いつからかはわかんないけど、三人で日曜にお茶した時、流れてる空気が心地よかったんだぁ。"この人が彼氏だったらいいなぁ"って思ったから、その時カクテーだったと思う。な、なんか恥ずいなぁ」


 照れる日向はごめんねとでも言いたげに視線を寄こしてきた。可愛い。


「こいつがどんな奴か、去年なにしたか、知ってても……?」

「どんな人かは今までも、これからも知っていくつもり。去年のことは噂でしかないし」

「じゃあ本人に聞くし。サダオ、正直に答えな」

「ああ」

「アンタ去年……人、殺しかけたでしょ」

「ああ」


 またも場の空気は変異した。冷たく、重く、静かに。

 これは噂などという不確かなものでは生まれない淀みだ。


「ッ、聞いたでしょ薫! コイツはマジでダメなんだって!」

「……椎名くん、よかったら事情を」

「関係ない! 事情なんて関係ない! 理由があるからってあんな酷いことしていいわけない‼」

「由美、あんな、って」

「……あたしは、見たんだよ現場を」


 ――ろうそくの灯が揺れる。


「コイツの振るった暴力が、痛めつけられた人の叫び声が、ずっと目と耳にこびりついてる。そんな屑野郎に、薫を関わらせたくなかった……!」

「それって、いつのことなの?」


 日向の態度は毅然としており、そして冷静でもある。責めるような口調では決してない。


「去年の、入学式の日だよ」

「確かに入学式の日、なんらかの事件が起きたって、それに椎名くんが関わってるって噂は聞いたことあるけど、それって全部後から聞いた話だよね? 入学式当日だってわたしと由美ずっと一緒にいたけど、そんな事件めいたこと起こってなかったよ?」

「でも事実だよ! 関わってたなんてもんじゃない! 主犯はコイツ! 加害者はコイツだけ!」 

「具体的に、何時ごろ由美はその現場を目撃したの?」

「っ、何時かは、覚えてないけど」

「じゃあ場所は?」

「場所は、その、ショッキング過ぎて、覚えてなくて」

「入学式の前か後かもわからない? 校舎内か校舎外かも? 由美がその現場にいた理由は?」

「や、やめてよ。思い出したくないんだから。てかさっきからなに⁉ あたしが嘘ついてるっての⁉」


 そう、月代は明確な嘘をついている。だから日向の放つ痛烈なボディーブローが効いているのだ。


「……由美は、椎名くんが怖いんだね」

「誰がこんな奴。あたしが怖いのは、あんたがコイツにッ」

「わたしが証明する」


 日向は徐に俺の手を取り、指を絡ませた。

 これが噂のラヴァーズジョイント(俺製スラング)か。


「椎名くんは、わたしの彼氏は悪い人じゃない。きっとみんなにも、由美にもわかってもらう。だから由美、いつか椎名くんを信じることができた時は、おめでとうって言ってね。親友に祝福されない恋って、辛いよ」


 まっすぐな眼。綺麗な瞳。

 他を思いやれる抜群の愛嬌。

 己の信ずる道を行く行動力。

 己の直感に従う素直さ。

 やっぱり日向は犬みたいに素直で可愛い。

 そして――、強い子だ。


「わたしも全力を尽くす。だから椎名くん」


 バカップルになろうね♡


 という囁きを耳元で拾いつつ、その後めちゃくちゃ下校した。




   ◆




 6月21日(火)

 翌朝/下駄箱


「おーはよ」


 ローファーを拾おうと屈んだその時、ぎゅむっと背中に伸し掛かられた。

 そんな可愛いことができる子は世界広しといえど一人しかいない。俺の彼女だ。


「んー、髪の毛いい匂ひ♡ ねね、やっぱしメッセアプリ入れない? "にのさん"用じゃなくてわたし用に」

「入れない」

「ぶれねーなちきしょうっ。でも連絡ツールないの不便だよ」

「これなら入れてもいい」


 想定していたやり取りに対し、スマホを操作してとある画面を表示させ、日向に差し出す。


「んん? コレなーに?」

「イギリスのとあるシンクタンクで作られたメッセアプリのベータ版がダウンロードできるQRコード。セキュリティも強固だしデベロッパも信頼できる人たちだから、これなら利用してもいい」

「一から十までイミフなんだけど、要するにわたしたちだけのラブツール! まさに恋のクラッキングリゾート!」


 一から十まで日向の言っていることが理解できない。


「【Steam(スチーム) Nett(ネット)】っていうのかぁ。いよしっと、英語だらけだけどこれでインスコできたん、だよね? あ、HOSTってとこにもう"mizuki_shiina"の名前がある。あれ? GUESTってとこに"kaoru_hinata"ってあるけどあと三件しか空きなくない?」 

「あくまで仲間内で利用するためだけのアプリだから機能にかなり制限があるんだ。アドレスは親機である俺の端末含め、五件だけしか登録できない。クレジットカードの国際ブランドや国内サービスとの連携もできない」

「じゃあスタンプ関連もなしかぁ。でも通話や画像・動画の送受信はできそうだね。アプリ自体はさっきのQRコードで誰でもダウンロードできるの?」

「ダウンロード自体はできるけど、利用するためのアカウント登録は認証を取った親機からでないとできない。俺はバイト関連の伝手で認証を取ってるけど日向は取れないから、たとえば日向が月代なんかにスチームネットへ勧誘したりはできない」

「てことは、椎名くんが認めた人しか加入できないってことなんだぁ。んで登録者はわたしだけ。トクベツ感が気持ちいい~♪ それでこそわたしのダーリン♡」


 ぽむぽむと俺の肩を叩く日向は今日もいい香りがする。

 そんな彼女の笑顔はずっと眼下で(身長差)輝いている。


「加えて、ホストがゲストとして登録した者同士のアドレスは共有されることにもなる。だから俺を含め、登録者は全員が既知であり、交流を行なうのに抵抗のない者同士である必要もある」


 つまりこのメッセアプリ【Steam(スチーム) Nett(ネット)】は、今説明した諸々に対するコンセンサスが得られている者同士のみで利用するプライベートコミュニティメディア。要するにどこまでも身内用なのだ。


「登録できる数が限られてて、キモチを装飾する機能もない。まるで本当に大事で信頼してる人同士でしか使えないアプリみたいで、ステキかも。……ねぇ椎名くん」

「ああ」

「わたし、椎名くんの彼女、なんだよね?」

「ああ。日向は俺の彼女で、俺は日向の彼氏だ」

「うひっ♡」


 今まで見た中で最も可憐な笑顔が輝いたその時、SHR前のチャイムが鳴った。


「やば! 急ご!」


 俺の手をラヴァーズジョイントする日向は今日も元気いっぱいに駆けていく。

 その小ぶりなお尻に尻尾が生えて見えるのは俺の眼がおかしいのだろう。


 そういえば、いつもはワイワイガヤガヤと喧しい下駄箱周辺が今日は静かだったな。

 などととぼけてみたが日向の意図は明確だ。バカップル活動の効果は覿面らしい。


「七十五日も要らねーぜ♪」


 辣腕お見事。


   ◇


 昼休み/教室内


「お客さん痒いところはありませんかぁ?」


 昼食後の教室内、何故か日向は俺の髪をいじっていた。


「ありません」

「キモ」


 されるがままの俺の視界には、相変わらず居酒屋のカウンターで酒の肴を注文しているようなことしか言わない月代もいる。


 日向の采配により、今俺たちは三角を表す形で席をくっつけ合っている。

 この光景をクラスメイト全員が凝視していることから、これもバカップル作戦の一環なのだろうと察せれる。


「家ではどんな感じにしてるの?」

「前髪ごと全部括ってる」

「じゃあ今回はフロント縛らないでやや七三で流して、刈り上げとのアクセントを活かすためにトップ寄りで括ってっと、よし! ポニテ侍参上!」


 ご満悦を絵にかいた様子で日向はやりきった感を発散している。そんなに楽しかったんだろうか。


「かっこいー♡ 写真に収められないのが残念。はい、次は由美ちょびんね」

「もう……」


 日向は月代の髪までいじり始めた。

 改めて客観的に見ると、至極滑らかな動きだ。実に手慣れている。


「今日も抜群のキューティクル♪ やっぱし一日一回は由美の髪触らないとねー。そういえば最近めっきり抵抗しなくなったね」

「しつこいんだよあんた……髪フェチも大概にしとかないと変態臭いよ」

「趣味と実益を兼ねての美容師志望だよん」


 日向は美容師を目指しているのか。これまでに表れていた髪への異常な食いつきに納得だ。


「最近ダンスの調子はどう?」

「長く休んでたから調子戻すのに奮闘中。しばらく朝はウォーキングと筋トレ、放課後はスタジオ通いだね」


 月代はダンサーだったのか。しかもトレーニングもしているとは、洗練されたプロ―ポーションには相応の根拠があったらしい。


「ほんと気をつけなきゃねインフル」

「絶対ハゲが持ち込んでんだし。しばらく口利いてやんない」

「ハゲて。わたしはパパさんがかわいそーだよ」


 俺はこんな娘を持ったことがかわいそうだと思う。


「つーわけだから、あたしのいないとこであんまはしゃぐなって話」


 ギロリと睨んでくる月代に頷きを返し、コーヒー牛乳を啜る。

 放課後がいつもの二割増しで楽しみだ。


「よしできた!」


 ……うん、俺と同じ髪型だな。


「うししし♪ カワイーよ由美ちょびん」

「はいはい」


 よほどの数の実例と信頼性の高さからなのか、月代は己の頭がどうなっているか確認しようとしない。

 日向的にはそれを踏まえての行動。確信犯だ。やはりこの彼女、強かである。


「みんな仲良く。それがサイコー♪」

「ったくもう」


 こういう場合に使われる慣用句はなんだろうか。

 親しき中にも礼儀あり。木乃伊取りが木乃伊になる。


 もしくは――、


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