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TWO PUNKS 逃げられない

 8月10日(水)

 0819時/コンビニ


 住宅街を抜けた先にあったコンビニのイートインコーナーにて、俺たちは店で借りたゼンリン地図で現在地を確認し、空港への行き道を確認していた。

 購入したバッテリーでの赤星スマホの充電と併せ、食料品による補給もつつがなく行なえている。費用は全て俺持ちなのが解せないが。


「なんとなくの方向は合ってたけど、あまり距離は稼げてないな」

「もう先回りされちゃってますよねー。でも福岡空港は広いしルートもいくつかあるし基本混雑もしてるから、そうそう簡単には見つけられないと思うんです。だからいっそ地下鉄で行きません? 言ったって相手はたかだか五人、そんなあちこち見張れませんよ」

「五人だけならな」

「増員されてるかもと?」

「非合法な外国人コミュニティの陰湿さは深くて濃いと聞く。現に電話でどこかとやり取りしていたし、ましてここは奴らの地元、包囲網は形成されてるとみるべきだ」

「陰キャ野郎だけあってネガティブな思考ですね。流石にそこまでは――」

「待て。あれは……」


 ふと店の外へ視線をやると、CB400にスマホを掲げながら近づくポロシャツ姿の中年男性の背中が見えた。


「ほれ見ろ」

「マジですかもうッ」


 荷物を抱えてすぐに店の外へと駆け出す。通話している中年の声は……あっちの言語だ。

 押しのけてでもバイクに跨ってなんとか逃げないと――、


「よいっ」

「아ッ⁉」


 ゴヅンッと厳つい音が響いて男はスマホを地面に落とした。その画面には俺のCB400が映し出されている。やはり手配が回ったか。


「よいしょ。ほらハリーハリー」


 コンビニで借りたゼンリン地図の角をフルスイングで男の頭部へ叩きつけた赤星は、落ちたスマホを踏み割り、颯爽と単車に跨って俺を手招いた。

 頭から血を流しながら蹲り悶える中年を見下ろしつつ、ためらわないなこの子、と嘆息しながらバイクに搭乗、発進。逃避行は再開された。

 しかし面倒なことになった。とっとと空港へ行きたいがやはり全てのルートは張られているらしい。


「あーだる。でもまぁ無法者なら警察には頼らないでしょうし、あいつらにナニしても法的な罪にはならなそうで、そこはラッキーかもですね」


 なるほど、言われてみればそうだ。となれば……あそこがいいな。

 工事現場の資材置き場と思しき場所で単車を停める。


「なんです?」

「武装、しておこう」




ーーーーーー

ーーーー

ーー




 8月11日(木)

 2026時/平和荘103号


「いやー武装してからの椎名さん、吹っ切れましたよねー。襲撃も侵入も破壊もガンガン行くし、実に頼りになりました」

「俺以上に最初から吹っ切れていた赤星ほどじゃない。俺には戦闘不能に陥っている相手の顔面をロングレンチでフルスイングできる度胸なんてない」

「いや追ってきたバイクの車輪に鉄パイプ突っ込んで吹っ飛ばしたり、一瞬捕まった時に相手の指を噛み千切ってた人に言われたくありませんし。どう考えてもあなたがヤバいです」

「あんなにも懐いていて、時には助けてすらくれたポギーを時間稼ぎに使う赤星のヤバさには劣る」

「秒で賛成したくせに善人ぶらないでください。そんなんだからあの店員さんは椎名さんに刃を向けたんですよ」

「赤星が彼に肉体関係を迫るからだ。あんな直接的なハニートラップに振り回されたんじゃ彼も浮かばれない」

「いいじゃないですか。どのみち一生童貞だったでしょうし、いい思い出になったでしょ。今頃ベッドの中でアハンウフンしたミーと一戦交えてますよ」

「その処理は全部あの看護師さんがするんだ。あんな良い人ざらにいないんだから、少しは悪びれた方がいい」

「いやいやいや、そんな白衣の天使からモルヒネくすねて、しかもあんな大量に投与するとか頭沸いてるのはどう考えても椎名さ――」

「ただいまー」


「「おかえりなさい」」


 雑談もそこそこに日向と月代が帰ってきた。そろそろ掃除の手を止めよう。

 二人が買ってきてくれた生活必需品を受け取り、謝意を述べる。


「ありがとう。清算は後で必ず」

「いいよ、大した買い物でもないし」

「ありがとうございました薫殿。好きです、ミーと付き合ってください」

「告られて交際を申し込まれた⁉ ぐぅ、ちょっとときめくっっ♡」


 見た目には愛らしい赤星は速攻で日向を誘惑し、日向もぎゅむんと赤星を抱きしめた。 

 ちょろいぜ顔を覗かせている赤星のウザさは言葉にできない。


「でたよ、すぐ年下甘やかすんだから薫は」

「由美ちょびん先輩もわざわざすいません。これはせめてもの御礼です」

「てめーが由美ちょびんて言うなし! てかこれただの糸くずだろーが!」


 姦しくなった空気にどうしたものかと困惑していると、学級委員長ならではのリーダーシップを日向が発揮しだした。


「とにかく時間もないし、とりあえず行こうよみんな」

「え? どっか行くんですか? ミーも?」

「うん! だって今日は――」


   ◇


 2100時/夏祭り会場 


 ドン、と打ち上がった一縷の火は大気を震わせながら大輪の花を咲かせた。

 連発される怒涛の火輪爆撃は耳に心地よく、心の臓に逞しく響き、内臓全てに夏の風情を叩き込んでくる。


「よかったぁ間に合って」

「ああ。間に合ってよかった」


 一緒に夏祭りで花火を観よう。――LJする俺と日向は予てより交わしていたこの約束を果たすことができた。


「あーうざ。この人混みに撃ち込んでくれたらもっと綺麗なのに。あ、ミー花火職人になろ」


 事の真相はお互い墓まで持って行こう。――なぜかLJしてくる赤星と俺はそんな約束を交わしている。


「ちょ、ちひろアンタなにしてッ! くそこのッ、サダオあんたもふざけッッ」


 特に何の約束もしていない月代は、日向にバレないよう必死に俺と赤星を引き離そうと奮闘している。

 しかし赤星は柔道家の杵柄から握力に秀でており、あまつさえ俺の指を極めているから全く離れない。むしろ月代のせいで超痛い。折れる折れる折れるっっ。


「たーまやー♪」

「うわ、今日び」

「離せってのッ」


 夏も折り返し。残り半月、存分にはしゃぎ回ろう。




   ◆




 8月12日(金)

 1015時/自宅


「ぅぃすー」

「ちッ」


 20分前からずっと我が家の玄関を蹴り続けていた白ジャージ姿の赤星を招き入れた俺は思わず舌を打ってしまう。


「うわ、飲み物水しかないし。クソですね」


 冷蔵庫を勝手に開ける赤星の振る舞いは実に腹立たしい。本気で叩き出したい。――しかしそれができない理由がある。


「なんですかその顔、学校や薫殿にチクられたいんですか?」


 此度の旅行の実状をバラされては退学は免れない。故に俺も強く出られないのだ。


「ほらさっさとWi-FiのPW教える。あと直LANできるようにもしといてくださいね」


 ソファーにどかりと腰かけ、かなりの高機能ノートPCを開く赤星の滞在する平和荘にネット環境はない。そして流石に滞在費の全てを俺が負担するなんて不平等条約は締結していない。

 以上のことから、後ほど滞在費を徴収する必要があるので赤星には仕事をしてもらわねばならない。故に我が家での作業を余儀なくされてしまう。


「作業するのはいいけど、あまりあちこちいじらないでくれ赤星。特にPCと寝室にはノータッチで頼む」

「ふぁ、必じゅ」


 適当で曖昧な活舌……絶対嘘だ。どこまでも俺をナメている。

 そろそろ俺と赤星は対等なのだということを思い知らせる必要があるな。


「とりあえずミーの口が滑っちゃう前にスタバ的なところでシナモン的ドリンク買ってきてください。ソッコー10分でしくよろー」

「わかった。じゃあそのドリンク代は『――――――――』に請求すればいいか」


 ピタ、とPCをいじる赤星の手が止まった。


「……なんでミーんちの住所知ってんですか」


 お、かなり驚いているようだ。初めて呆けた顔が見れた。 


「赤星がホテルで荷物の郵送手配をしている時、豆に話しかけられてたろう。その時伝票を盗み見て念のため覚えておいた」

「キっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっモ」


 心底気持ちが悪そうに赤星は表情を歪めた。正直、小気味良い。


「じゃあいってきます。ついでに今回何があったか赤星の親御さんにはきちんとお知らせする旨の手紙を書いて送ろ――」

「はいはいわかりましたよネクラ野郎死ねマジで」


 すくと立ち上がった赤星は俺と共に行くようだ。

 これで多少の首輪はかけられたかな、と少し胸を撫で下ろすことができた。


   ◇


 1140時/喫茶オーロラ 


「いらっしゃいちひろちゃん!」

「そいや!」


 入店するなり向日葵スマイルで俺と赤星を出迎えた日向は秒で赤星からスカートをめくられた。

 ひやぁ! と仰け反った日向をがしりと受け止め、腕に収める。ちなみにパンツは白地に花柄でした。店内に数多いる男性客的には良いサービスになったろう。


「こんにちはー。てか薫殿、めっちゃウェイトレス似合ってますね」

「なななななななんでスカートめくるの⁉ なんでなかったことにするのぉ⁉」


 俺にハグされながら恥ずかしがる日向は今日も太陽系を代表できるレベルで可愛い。


「…………」


 おや、いつもの席に月代もいる。今日もナニカを睨んでいるようだ。


「ちわっす由美ちょびん先輩。今日もエロいすね」

「アンタ、マジで年上に対する態度なってねーんだけど」


 この二人の相性は最悪と言っていい。既に険悪な雰囲気(月代→赤星)が渦巻いている。

 無用な軋轢を生まないため、ここは落し所を作っておこう。


「月代、ちょっと」


 赤星を指定席に座らせ、月代を二人で奥へと行く。


「マジでなんなんあの子。喧嘩売ってるとしか思えないんだけど」

「赤星はいわゆる精神障害持ちで、10歳ごろからずっと病院に隔離されていたらしい」

「はぁ⁉ 10歳からって、じゃあ学校にもまともに行けてないわけ⁉」

「ああ。集団行動はおろか碌に義務教育すらこなせていない。そんな赤星を両親も少々見放してる節もある」

「中学生を長期外泊させるとかありえないとか思ってたけど、まさか、そういうことなん?」

「察しがいいな。とはいえ、俺たちはしょせん他人。赤星の事情に深入りする気はない」

「親が子を見放すなんて……クソだね」


 俺の吐いた嘘は月代のナニカに障ったらしい。


「つまり赤星は壊滅的に人馴れしてないってことだ。癇に障る物言いや態度はあるが、俺は堪えていくつもりだ」

「……はぁ、ったく。要するに10歳児のクソガキと思って接すりゃいいってことでしょ」


 渋々ながらに月代は納得してくれたようだ。

 もちろんこれらは大嘘である。赤星が学校に行っていないのは単なる無精から来る不登校であって、当人のみの責任だ。

 親云々はよく知らないが、赤星の口ぶりから察するにまともな愛情などないらしいから裏を読めば説得力はあるだろう。


「夏休みの間だけ、よろしく頼む」

「わかったよもう。ただし二つだけ」


 ずいと月代は俺に顏を近づけ、鼻先で囁く。


「薫を悲しませるようなことしたらマジでぶっ殺すかんね」

「心配はいらない。赤星に手を出すくらいならマスターとベッドインする方が一億倍マシだってくらい対象外だ」

「例えがキモい! あともう一つ」

「ああ」

「来週のイベントには連れて来ないこと。それは薫と、あんただけだから」


 何故か言葉を尻すぼみにしながら月代はついと目を逸らし、席に戻っていった。

 とりあえず了解だ月代。あとは今の話を日向にもしておけば盤石だろう。赤星がおかしい以上、こちらが大人にならねば。


「へー、由美ちょびん先輩って彼氏いないんですねー」

「ま、ね」


 俺が席に戻った時、月代と赤星は会話を行なっていた。

 ほう、"由美ちょびん先輩"を受け入れたか。いいぞ月代。


「え、じゃあおま〇こしたい時どうしてるんですか?」


 ――時間が止まった。

 ――店内が静まり返った。

 ――今日は天気がいい。

 ――ミサイル降って来ないかな。


「サダオ、あたし、無理かも……」


 しばらくオーロラには来れない、か。ごめんなさいマスター。


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