虚ろな街に風が吼えぬける
8月11日(木)
1752時/自宅玄関前
予てより計画していた夏の一大イベント、ぶらり九州ひとり旅を終えた俺はへとへとでありつつも五体満足で地元へと帰還した。
万感の思いを感じながら疲労に項垂れた身を玄関前へと差し入れたその時――、
「バカぁぁぁ‼」
想定外の衝撃が我が身を襲った。
玄関前に座り込んでいたとおぼしき、白地に赤い花があしらわれた浴衣を着た物体から限りなくタックルに近い抱擁を叩き込まれたのだ。
「バカバカバカバカバカバカバカぁ!」
じたばたと俺を殴打する可憐な物体、その名は日向薫。マイスイートハート。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ついでに何故か、尻もちをついた俺の後頭部をゴスゴスと蹴り入れてくる黒地に桃色の花が意匠された浴衣を着た月代由美もいる。下駄だからかなり痛い。
そう、今日は山の日。祝日。地元では夏祭りと花火大会が催されている。
デートする予定になっていたこともあって日向はバッチリ着飾ってくれていて、織姫様の妹かと見紛うほどのプリティーさを発揮している。
ちなみに月代の参加は当人たちの意思であり、決して俺の本意ではない。
「ただいま」
「バカ‼」「死ね」
◇
1811時/自宅内リビング
「誰が足を崩していいって言った?」
怒りの頂点といった様相を表す日向は、二人掛けソファーに腰かけながら床に正座する俺を見下ろしている。
彼女の怒りはご尤もだ。なにせ俺は帰還予定日を超えてしまっている。しかも音信不通状態、何かトラブルがあったと思うが必定。かなり心配をさせたようだ。
しかし泣いたり怒ったりする姿もいちいち可愛いから始末に困る。お陰で反省しなければという気がどんどん削がれていく。
「…………」
そんな日向の隣に座る月代も不機嫌マックスといった風で俺を睨みつけている。
本来月代から険を浴びせられる筋合いはないが、親友を傷つけられたという事実が大義名分を生んでいる。
ちなみに彼氏を心配して慌てふためく日向に俺の家の場所を教えたのは月代だ。
日向からの、何故知っているのか、という疑問には偶然の一点張りで通していることだろう。上手い理由を考える脳も能も月代にはない。
「それじゃ聞きましょうか、バカ椎名くんの土産話を」
「時系列順に細かく、全部正直に話せし。てかなによりもまず――」
「「その人誰⁉」」
振られたのであれば是非もない。求めるというのならば応えよう。
長々と語ろうじゃないか、此度のぶらり旅の全容を。
そして俺の傍らに座する現況の元凶――、
「はじめまして」
下劣にして不遜。
横柄にして無精。
破天荒にして壊滅的。
そんな狂人にまつわる与太話を。
ーー
ーーーー
ーーーーーー
遡ること10日前、8月1日に我が旅行は開始された。
地元空港から飛行機で福岡へと降り立った俺は、手配しておいたレンタルバイク(CB400)を駆ってまずは大分県へと向かった。
十日間を費やして九州を時計回りに巡るこの旅は、一切の情報機器に頼らず、書き込みと付箋紙だらけのガイドブックのみで行なうという制約を自ら設けたものである。
奇天烈と蔑みたくばご自由に。我ながら神経質な性だとは思うが、行楽を目的とした旅行においては風情こそが最も大事というのが我が持論。
不確定要素をできるだけ排した予定調和の中にいたいのならば旅行などする必要はない。エアコンの効いた部屋でモニターを眺めていればいいのだ。
◇
8月9日(火)
0700時/福岡県内某ホテル
大分県:別府温泉巡り 宇佐神宮
宮崎県:高千穂神社 天安河原
鹿児島県:屋久島 霧島神宮 曽木の滝
熊本県:熊本城 五木村バンジージャンプ 阿蘇ミルク牧場
長崎県:原爆資料館 軍艦島 亀山社中記念館
佐賀県:忍者村
数日をかけて以上の観光地を経た俺は、昨夜のうちに佐賀県から福岡県某市へと入り、全国展開している格安ホテルへチェックインした。
明けての本日は滞りなく順調な旅路を進んでの8月9日、明日は本旅行における最終日である。午前11時の飛行機で我が町へと帰還する。
残された時間は正味26時間。思い残しのないよう、楽しまねば。
Tシャツの上からデニムシャツ(運転中以外は腰に巻く)を羽織り、ハイカットスニーカーに細身のチノパンといったラフな格好に着替えた俺は、部屋に置いていく大きなバックパックから小さなバックパックを取り出し、これにガイドブックと着替え用Tシャツとタオルと飲料水を入れて旅支度を整えた。
単車のヘルメットを小脇に抱えながらあてがわれていた部屋を出た後、『Don't Disturb』の札をかけてホテルの廊下を軽い歩調で行く。
まずは柳川の清流で心体を清めよう。そして太宰府天満宮で梅ヶ枝餅と甘酒と梅ひじきを堪能し、博多で水炊きとうどんをいただくのだ。
「あ、人来ちった」
高鳴る期待とは裏腹に、ホテルの玄関を出たところで珍妙な光景と出会う。
鮮やかに染められた赤い髪に、これまた真っ赤なジャージを着た二十歳半ばと思しき男性は、残念そうな視線をこちらへ送ってきた。
「撮り直しですね」
そしてもう一人、日向と同じくらい小柄な中学生と思しき若い女性もいる。
インナーカラーを白に染めたおかっぱボブで、これまた真っ白な半袖半パンのジャージセットアップとスニーカーという出で立ちの彼女も、赤い男と同様に若干の肩透かし感を出しており、その手には頑丈かつ防水の小型軽量デジタルビデオカメラが構えられている。
画角がこちらを向いていることから察するに、なにがしかの撮影を行なっていたのだろう。最近では珍しくない光景だ。
「ごめんねー、ちょっと撮影してたもんだから」
「すいません。どうぞ」
軽薄な謝辞を述べながら男性は半歩脇に逸れ、敬語で会釈した女性もまた道を開けた。
言われんでも、と思いつつ軽い会釈を返し、男女の間を通り抜ける。
「キミ、高校生?」
なんか男性から話しかけられた。
「一人で旅行してんの? バックパッカーってやつか」
「国内旅行者をバックパッカーとは言いませんよ、魑魅魍魎丸武論尊ムキ蔵さん」
「魑魅魍魎丸武論尊ムキ蔵」
どこからがどこまでが名前なのかとか、氏名欄足りねーだろとか、病院の待合室で呼ばれた時どんな顔して立ち上がるのかとか、もろもろどうでもよくなるほどのインパクトだ。
しかし待て、ここは俺の地元じゃない。彼らのいかにもキャラ付けしてますって奇抜なファッションから察するに、きっとクリエイター名や芸名の類だ。
「本名で呼ぶなって。俺は今売り出し中のチューバ―、豆太郎だぜ」
芸名弱っっっっっっ。
「ん? なんで急に顔隠したんキミ」
「い、いえっ、あまり映りたくっ、ないもんでっ」
腹筋が壊れる前に退散しよう。そう決意した俺は男女に別れを告げ、足早にその場を立ち去った。
「はいどーも豆太郎でぇす! 押忍押忍!」
ひときわ陽気でうすら寒いどなりを背中で感じつつ、単車を発進させた俺はナニカを振り払うようにアクセルを開けた。
◇
2234時/ホテル内ロビー
「どーすんだよこの支出‼」
県内の名所を満喫した俺を出迎えたのは朝に遭遇した男女だった。
彼らはロビーのソファーで向かい合い、何事かを会議している。というより、何事かを男性がまくしたて、女性がそれを諫めているという感じだ。
「不幸な事故です。誰のせいでもありません」
「だからってなかったことにできるかよ……!」
朝の陽気なテンションとのギャップが腹筋を刺激する中、旅の余韻を壊されてはたまらんとなるべく気配を消しつつエレベータへと向かうが――、
「あ、帰ってきた! ちょっとキミ!」
またも俺は魑魅魍魎丸武論尊ムキ蔵、もとい豆太郎氏に声をかけられた。あまつさえ駆け寄られた。何故だか俺を待っていたらしい。
「キミってバイク乗ってるよね? ちょっと頼みがあんだけど」
「申し訳ありませんが、お力にはなれません」
華麗にいなし以てエレベータのボタンを押す。しかし案の定、豆太郎氏は食い下がってくる。
「い、いや、まずは話を聞いてくれよ」
「すいませんが長時間の長距離運転で疲れてます。他をあたってください」
「だから内容聞けって!」
ぐいと肩を掴まれた。強引にも程がある。
「俺チューバ―なんだよ。豆太郎、知らない?」
「存じあげません」
「ま、まぁいいや、とにかく手を貸してほしいんだ。謝礼は出すし、なんなら企画にも出演させてあげら――」
「結構です」
チン、とエレベータの扉が開いた。早速乗り込むも、やはり豆太郎氏も乗り込んできた。
「いやいやいやちょっと待てって。キミは知らないのかもしれないけど、俺って登録者数180万人越えのチューバ―なんだよ。しかもメインの視聴者層は高校生、クラスの奴らとかは普通に知ってるって」
「出てください。上がれません」
「ッ、だから話だけでも聞けって言ってんだろてめ――、げャ!?」
イラつき迫る豆太郎氏の奥襟をか細く白い手が背後から掴んだ。
捕らえられた豆太郎氏はエレベータから引きずり出され、足をかけられてすっ転び、関節を極められながら地面に拘束される。
「申し訳ありません。ご覧の通りこの人バカでして」
「いだだだだッッ、誰がバカだッ、ぐぁ!」
柔道の有段者と思しき白ジャージの女性は豆太郎氏を抑え込みながら呆れている。毎度のことなのだろうか。
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
「オイ待てって! せめて話聞いてから判断――」
エレベータの閉めるボタンを押し、上階へ。
これでやっと休める。ベッドの上で消えてしまった余韻を取り返そう。
◇
2240時/ホテル自室
自室に戻った俺は荷物を下ろし、シャワーでも浴びるかと服を脱ごうとした。
しかしその時、ポケットからピーピーピーとアラーム音が鳴り響いた。
「……ちッ」
◇
2243時/ホテル駐車場
「触らないでください」
「――ッ⁉」
我が旅の友であるCB400をガチャガチャやっていた男、豆太郎氏は驚愕に慄いてこちらを振り返った。
「お、お前、なんで」
「今日びバイクにもセキュリティはついています」
鳴っていたのはレンタルバイク屋で借りたセキュリティツール、盗難防止用振動感知器だった。
如何に情報機器の使用を拒んだ旅をしているとはいえ、借り物を粗雑に扱うほどモラルが無いわけではない。もちろんGPSオプションも付帯させている。
故に彼の"話"とやらがバイクに係る内容であるならば、俺が聞く耳を持つ必要は全くないということだ。
「べ、別に盗もうとしたわけじゃ」
「監視カメラの見守る中、指紋をべたべたとつけては窃盗を疑われても言い逃れは不可能。見つけたのがホテル側の人間でなく、俺でよかったですね」
「……頼む、このバイクを少しだけ貸してほしい」
これ以上はしゃげばどうなっても知らないぞ、という暗喩をくれてやったつもりだが、鈍い男だ。
「このままだと100万近い赤が出る。180万人のフォロワーが俺を待ってるんだ。今からでもまだ間に合う! だから!」
「それ以上囀るなら通報します」
この一言がトドメとなり、豆太郎氏はうなだれた。
忌々し気に観念した豆太郎氏はうつむいたまま俺へと肩を当て、一言残して去って行く。
「クソ陰キャ野郎が」
◇
2307時/ホテル内ロビー
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
去っていった豆太郎を捨て置き、バイクに異常がないかを確認した後ホテル内へ戻ると、深々と頭を下げたジャージ女子が俺を待ち構えていた。
「彼はお金で人を雇っているだけなのに己は偉いと勘違いし、顔が知られてるからといってタレントぶる類のバカでして、たまに突拍子もないことを言ったりやったりするんです」
個人事業主や家内工業、ひとり親方などに多い人種か。
「再犯がないよう、責任を持って止めてください」
「努力します」
確約してくれよ、と脳内でツッコみつつエレベータへ向かう。
「……あの」
今度はジャージ女子の方から語りかけてきた。
「少し話しませんか?」
「結構です。おやすみなさい」
これ以上蛇足に縛られたくない。本気で勘弁だ。
「もしかしてあなたって」
懲りずにジャージ女子は我が背に向けて言葉を投げてきている。
だが去り行く俺に何を言おうと無駄だ。どんな進言も提案も勧誘も誘惑も受け入れない。
俺は彼女の都合でどうこうならないし、その理由がない――、
「自殺とかするつもりです?」
腹を決めていたはずの俺の足はこの意味不明な問いによって止められてしまう。
「……普通に旅行です」
「旅の目的は?」
「思い出作りとリフレッシュ」
他になにがある。
「それらを楽しめるような人間にはとても観えません」
ほっとけ。
「豆とミーはある場所へ行く予定だったのですが足がなくなってしまいました。お手伝いいただけませんか?」
おぉ、テクニカルに事情説明を差し込んできた。あと豆て。そしてミーて。
「お断りします」
「これ観てください」
即答する俺へ差し出されたスマホの画面、そこには英語日本語カタカナ問わず、あらゆる単語が高速で描写されるフラッシュムービーが映し出されていた。
なんのこっちゃと思いながら動画を眺めること約10秒。突然ジャージ女子は動画を止めてスマホを操作しだした。コマ戻ししているようだ。
「じゃあ豆のことは忘れていいです。今からミーと"デート"しませんか?」
「結構です」
「これじゃないとなると……」
なにをぶつぶつ言ってるんだか。
「じゃあミーと二人で、"肝試し"に行きませんか?」
"肝試し"
「行きましょう」
◆
8月10日(水)
0000時/山道
日付が変わった深夜0時、俺は外灯も少ない真っ暗な道をバイクで走っていた。
後部座席には先のジャージ女子が乗っている。彼女の頭にはどこから用意したのかちゃんとヘルメットが被せられているので道交法違反ではない。まぁ深夜徘徊ではあるけども。
「そこを左に入ってあとは道なりです」
ジャージ女子のマップアプリで指し示されている目的地はホテルからほど近い場所にある、とあるダムだった。
県内において有名な心霊スポットとして名高い場所、という認識しかない俺にとっては未踏の地。そこへこんな深夜に名も知らぬ男を誘って行くあたり、中々はっちゃけた性格の女性だ。
◇
0020時/某ダム駐車場
駐車場にて下車した俺とジャージ女子は真っ暗な周囲を見回した。
夏休みだからか無人というわけではない。数台の車が停まっているし、不規則に揺れている車両もある。星が綺麗だ。
「動画配信者とチャンネル登録者、SNSにおけるフォロイーとフォロワー、現代社会を席巻するこのリレーションシップをあなたはどう考えますか?」
ジャージ女子はやや先を歩きながら世間話を始めた。
色々と唐突な子だ。独特の雰囲気で独特な間を行使してくる。
「宗教につけ政治につけ、古来より数を集めれば幸福度が上がるとされていますから、特別だとか、過剰だとか、高尚だとか、下劣だとかは思いません」
たとえ金だろうと、票だろうと、人だろうと、兵器だろうと、視聴率だろうと、イイねだろうと、ヘイトだろうと、たくさん持ってる奴がエライ。――幸福とはそういうことだと人はずっと昔から定義している。
「つまり関心がないと。配信者やフォロイーにとって、数になってくれない無関心が最も怖いんですけどね。まぁミーも大して関心ないんですけど」
チューバーに与する者としては意外な意見だ。
「もちろんごく少数とは言え、現代社会に即したアナリティクスの結果として成功を勝ち取っている方々はとても素晴らしいです。そんなトップ配信者やインフルエンサーおよび成功者たちは、成功に相応しい社会貢献をしている。生まれた利益はあらゆる事業へと投資され、更なる雇用を生み出して経済を回している」
しかしミーは思うのです、と彼女は区切る。
「なんやかんやみんな、トクベツになりたくてなりたくて仕方ないんだなって。何らかのトクベツになれないと死んじゃうんだなって。トクベツになるためならなんでもするんだなって。トクベツになりさえすればシアワセが手に入るって甘言を疑いもせず真に受けてるんだなって」
数を支配するということは大衆を動かす力を得るということ。
このお先真っ暗な不経済大国において、数を集められない者に未来はない。
ただ食い散らかされたまま長生きだけして、最期には骨も残らず肥やしにもならず孤独な人生を終える。
きっと誰しもがそれを感覚的に理解しているのではないだろうか、というのが俺の考えではあるが、彼女にとっては違うらしい。
「ミーには彼らの姿が観えないんです。エネルギッシュでありつつも人間味のない、まるで宗教やネズミ講にのめり込んでいる者達みたく不気味で気持ち悪いんです。"0と1"という数字に支配されたロジックで社会の役割を果たすだけの人形――、"NPC"にしか観えません」
些か以上に穿った物の見方だが、ほんの少しだけ共感できなくはない。
実際俺も、今勢いのある大物配信者やフォロイー、起業を促すコンサルタントや経営者たちが皆、同じ顔同じ声同じ喋り方をしているように感じることが多々ある。いつのまに政府はそんなマニュアルテンプレートを流布したのだろう。
「NPCの分際でトクベツになりたいなんて夢を見て、世の中に向かって喚き散らしてイキり倒す。そーいうのってバリダサくないですか?」
成功の影には破滅があり、敗残兵は多く生まれる。それでも成功者に憧れて夢を見る者は絶えない。
どうやら彼女は明確に中指を立てているらしい。そんな古今不滅の永久機関へ。
「ハードやパッケージが違うだけで、ずっっっっっと同じソフトで同じ遊びを繰り返してるだけなのになんで飽きないんでしょう。ゲームなんて一度クリアしたら終いでしょうに。ま、きっとミーは一辺倒な物の見方しかできていないんでしょうけどね」
彼女は弁舌を締めくくった。
容姿や体格から見ておそらく彼女は中学生、これが社会への反抗期というやつなのだろう。
「痛いですかねミーって」
なにかを期待する眼差しで彼女は我が双眸を射抜いてくる。
気の利いた台詞のひとつも言ってみろ、と試されているようだ。
とりあえず率直に思ったことを言ってみよう。
「あまり人に話さない方がいいと思います。正直、共感性羞恥もあって見ていられません」
この物言いに対してジャージ女子はぷっと吹き出し、肩を揺らしながらこちらに背を向けた。
「うぇひっうぇひっうぇひっ、うぇひっうぇひっうぇひっ」
笑い方キモ。
「んん、申し遅れました」
態勢を立て直したジャージ女子は俺の目を真っすぐ見つめ、名乗りをあげる。
「ミーは赤星ちとせと申します。くれぐれもあかぼしと濁点はつけず、あかほしと――、わ」
思わずがしんとジャージ女子改め、赤星さんの肩を掴んで強く双眸を見つめてしまう。
普通の名前。普通の名前。普通の名前。普通の名前。普通の名前。普通の名前。
「地面、コンクリですけど」
やばい、投げ飛ばされる。受け身を取っても骨折は免れない。
「失礼、名前に感動してつい。ごめんなさい。悪意はありません」
深々と頭を下げるも、赤星さんはわけわからんといった風に首を傾げている。
「特徴のない普通の名前に感動されるとは、変な人ですねあなた」
どう転んでも俺が変なのか……。
「こちらこそ申し遅れました。俺は椎名みづきといいます。17歳の高校二年生です」
「やっぱり年上でしたか。ミーは16歳の高校一年生ですので敬語は結構です」
高校生だったのか。というかミーって一人称の説明はしてくれないんだな。
「あと非処女です」
……知らんがな。
『人物』
赤星ちとせ(女)




