純潔たる極光で青春を燻らせて
7月21日(水)
1630時/喫茶店
「おかえりなさいませご主人様♡」
「薫ちゃーん、ここメイド喫茶じゃないよー」
入店するなり抜群のハッピースマイルで俺を出迎えてくれる、襟のない白いブラウスにワインレッドのエプロンを着た日向は今日も世界一可愛い。
ちなみに日向へ緩やかなツッコミを入れたロマンスグレーな老紳士は、オーロラと名付けられたこの純喫茶の店長である。その名は――、
「もう泥水啜出店長てばぁ、ジョーダンなのにー」
「泥水啜出」
人類史最も喫茶店を開いてはいけない人がどうして開業に踏み切れたんだろう。
「あ、由美ちょびんもいらっしゃい」
「もう違和感ないねウェイトレス姿」
「へへっ♪ でしょー」
俺とほぼ同時に月代も来店してきた。双方屈託のない笑顔を向け合っている。
思い返せば、俺は二人が笑顔で語り合っているところを最近まで見たことがなかった。理由は鏡を見れば映り込むだろう。
「本日も『Aurora』へようこそ。ではこちらの席にどーぞ」
日向がオープニングスタッフ募集の求人に応募し、一発で採用を決めてきたこの店【オーロラ】は、言わば純喫茶と呼ばれる類の店である。
レトロでモダンな内装と家具、古き良きモータウンサウンドが演出する雰囲気はとても落ち着く。
「またこの二人席? なんか毎回じゃない?」
「日当たりいいし店内を一望できるし誰が入ってきてもすぐ対応できるし、もうこの席はわたしたちの指定席だよ」
「またあんたは勝手にそんなこと決めて。いいんですかマスター? 新人がこんなこと言ってますけど」
「由美ちゃんと椎名くんは当店最初の常連さんだからね、構わないよ」
日向がここに勤め始め、慣れるまで通おうと示し合わせて早二週間。俺と月代は本来の目的を覚えていつつも居心地の良さから自発的にこの店を贔屓にしていた。
日向が勤務している時は当然として、仮にいなくても全然行くし月代か日向と鉢合わせることも数回あったほど。というか俺個人はほぼ毎日来ている。
各人の座り位置もほぼほぼ固定されてきており、今まさに日向から指定席の御墨付もいただけた。
「ま、確かにここ以外に通されても違和感あるけど」
キャップに黒縁メガネ、ずらした首元から片方の肩を露出させているダボついた白Tシャツの下に黒キャミ、迷彩ショートパンツに生足白バッシュといった私服に着替えてきている月代は、奥の壁側に着座して早速スマホいじりを開始。
その対面に腰を下ろして単車のメットを置いたのは、マンバン風に髪を括り、袖を七分にまくった紺色のロンTにベージュのカーゴパンツに黒いスリッポンという出で立ちの俺で、日向が持ってきてくれたお冷で喉を濡らしている。
余談だが、この座り位置にはバリエーションが存在する。
この席に月代が座るのは変わらずだが、人がギリギリすれ違える程度の細い通路を挟んだ向こう側にあるカウンター席に俺が座ることがたまにある。
理由は単に俺の都合だ。ノートPCを開いて長時間何かの作業する時はカウンター席でないとコンセントがない。長時間の作業がない時はこうして月代の対面に座っていることがほとんどだ。
加えてもうひとパターンは日向が加わる場合だ。
バイト終わりのバス待ちや、バイト自体が休みの日に集まった時なんかは二人席に月代と日向が座り、駄弁っている姿をカウンター席から俺が眺めたり加わったり脊中で感じたりしている。
「あはっ、また聴き入ってる。音響機器の販売会社に勤めてた店長てば、自分でスピーカー自作するくらいこだわってるらしくて、椎名くんここでかかる音楽ならずっと聴いてられるんだって」
「じゃああんたも働けばって話だけどね」
「流石に二人は厳しいってさ。待遇いいからしょうがないや」
日向の労働条件は月水金の16:00~20:00(緊急出勤の可能性あり)、賄い付きで時給900円となっている。
月に五万ほど稼げる計算となっており、店の傍にあるバス停と日向家最寄りのそれは同じ路線上にあることから門限は少々緩和されている。
料理を覚える環境もあるなかなか好条件が整ったおいしいバイトだ。こういった掘り出し物と出会えるかどうかは縁。もっと言えば人徳に尽きると俺は考える。
「ではではご注文をお伺いします」
「キャラメルマキアートにシナモンとチョコソースをちょっと足して氷は多めで」
「ブラック」
「いつもの由美カスタムにミルク砂糖なしのブレンドね。かしこまりました。オーダー入ります。キャラメルマキアートワン、ブレンドワン、プリーズヘルプミー」
「サンドイッチ屋さんでもないよー」
流石は対人コミュニケーション業界の鬼才。既にマスターとの関係性をきっちり作り上げている。
「あんたには百年経っても無理だろうね」
「振られてない自虐は凍えるし分かりにくいからせめて鏡を用意した方がキャッチーだと思う」
「は?? あんたなに言って…………あ、ふん!」
痛っ、脛を蹴られた。そして遅っ。
「ちっ、ムカつく」
この態度からはわかりにくいかもしれないが、俺と月代の関係性は6月に比べて激変していた。
俺を陥れんとする暗躍は鳴りを潜め、汚い言葉も四割減といったところだ。
ただ俺への敵意を全て捨て切っているわけではないようで、基本日向と仲良くしているのが面白くないらしく――、
「で、いつ別れんのあんたら。明日?」
三日に一回はこんなことを聞いてくる始末だ。すこぶるうざい。
「別れませ~ん。ずっとラブラブですぅ~。ヘイお待ち」
「ちぇっ」
「いただきます」
日向の持ってきたマスターオリジナルブレンドをいただく。
うん、美味い。名前さえ知らなければもっと美味しく飲めたと思うと実に歯痒い。記憶を改竄したい。
「あ、先輩からだ。もしもし」
「でさでさ椎名くん、夏休み旅行の日程って決まった?」
電話をし始めた月代を尻目に、予てより計画していた旅行の日程を日向に伝える。
行先は九州。単車で各所を回る予定で、8月1日にこちらを出て帰ってくるのは10日になる。
「やっぱし十日間も会えないなんて寂しー。夏祭りと花火大会の日は絶対だからね」
「旅行先でトラブルがないかぎり大丈夫だと思う」
「フラグ! それフラグだよ! やっぱスマホもPCも置いてくの? トラさんも?」
「九州までは飛行機で行くから、あっちでレンタルバイクを借りる」
「浮気者。あ~あ、トラさんかわいそ」
SRじゃタフな長距離高速走行は心許ない。
きっとトラさんは安堵の息をマフラーから吐き出すだろう。
「まぁとりあえず、大事なのは今月末の海だね。トラさんにはしっかりわたしたちを恋のスタービーチに連れて行ってもらわないと。水着買った?」
「ラッシュガードもしっかり」
「なら……あ、お客さん入ってくる。またね」
入店前の客の気配に気づくようになったか。慣れるのが早いな日向は。
「サダオ」
ふと月代が電話をこちらへ差し向けてきた。というかサダオじゃない。
「ミホ先輩が代わってって」
先日の一件以来だな、と思いつつ電話を受け取る。
「お電話代わりました、椎名です」
『やっほ椎名くん、久しぶり。相変わらず痴女ってる?』
「痴女ってたのはむしろそちらかと。あと今は初期のマジックミラー号に傾倒しています」
「二言目にそんな単語出る会話ってなに⁉ どんな話してんのあんたら!」
『wwwwやっぱおもろいねキミ』
またも余談だが、アゲハさんとミホさんとヨーコさんはケンの店を辞めて今はまともなキャバクラで働いているらしい。
月代曰く、ケンは国税局の調査により悪質な脱税が発覚したそうで、逮捕されないようあの手この手で奮闘中とのことだ。
アゲハさんは未だ恋人として関係を持っているらしいが、その感情が理解できないと月代は言っていた。
アゲハさんは男に依存するようなタイプではないと思うので、きっと若造の俺たちにはわからない男女の機微があるのだろうと思う。ケンは幸せ者だ。
『由美とも仲良くやってるみたいじゃ~ん』
「いえ全く。後先考えないおバカの分際も弁えず他人の不幸を願うさげマン女にいつも気分を害しています」
「誰のッ、ことだしッ、誰のッ」
痛っ痛っ痛っ。
『うんうん、それで充分。でさ、椎名くん8月の第三土曜って空いてる?』
「彼女となにかしらするかもしれませんが、今のところこれといった予定はありません」
『じゃさ、彼女と一緒にわたしたちが出演するダンスイベントに来てみない?』
「行きます。彼女にも聞いてみます」
『ためらわないその姿勢、好きだわ~。じゃあ時間と場所は由美から聞いといて。もし彼女ちゃんが無理でも椎名くんには絶対来て欲しいなぁ。久しぶりに会いたいし』
「わかりました。必ず伺います」
『待ってるよ。じゃね椎名くん』
「はい。失礼しま――」
『は? ミホ今しーなっつった? 電話してんの⁉ ちょっとあーしにも代わってよ! おいしーな! ひさしb――プッ』
切電ボタンをタップし、スマホを月代へ返す。
「聴こえたwwヨーコ先輩wwwあんた今の絶対わざとでしょww」
「冤罪は悲劇しか生まない」
それにしてもミホさん、本質的な部分で誤解があります。俺と月代は全くもって仲良しなどではありません。
確かにあの一件から数日、月代は俺とどう接すればいいかわからず、迷走していたのは事実です。
らしくなくしおらしく、『サダオ、あたしどうすればいいかな……』なんて意見を求められたこともありました。
しかし月代はあろうことか、悩める女性に対し率直な意見感想で以て誠実に応えたこの俺を――、
『大前提として、そもそも月代は賢くない。月代は自分がまっっっっっっったく賢くないんだってことを早く知らなければならないんだ。排泄物の付着した己の肛門から漂う栄養素の匂いを追いかけてその場をくるくる回っている犬の行動よりもう2ランクほど劣るレベルのおバカだってことを思い知ろう。こうして生きていること自体がミラクルなんだって気付こう。悩む機能のない脳で悩むなんていうのは矛盾を表すことわざの如き滑稽な――』
『あああああああああああああああああああッ‼』
おもくそ殴りました。フルスイングでビンタしたんです。
今まで威圧やフリやポーズだけだったくせして――、"月代は俺を殴ることができた"んです。
「あっははっ、あとでめんどくせーことになっても知んないから」
その時の月代のびっくりした顔、そして倒れ伏せる俺を見下ろしながら咲かせた笑顔は、今俺の目の前にあるそれとは比較にならないほど小憎たらしいものでした。
まぁ要するに――、"月代はよく笑顔を見せるようになった"、ただそれだけのことなんです。
「で、ミホ先輩なんだって? つっても想像はつくけど」
「ああ。8月の第三土曜にイベントが――」
「シ イナ ク ン」
「きゃっ⁉」「っおぉ」
あぁびっくりした。てっきり天井から腐乱死体が吊り下げられているのかと思いきや、俺の彼女じゃないか。
「イ マノ オン ナノヒ ト ダ レ?」
おや、いつの間に日向はダークウェブで拾った音声ファイルみたいな喋り方になったんだろう。あと目がビー玉みたいに無機質だ。
しかし解せない。接客中だった日向がどうして対面に座る月代にすら聞こえない通話内容を把握できたんだろう。
「あ、あたしの通ってるスタジオの先輩だよ。一緒にいる時サダオとばったり会ってさ、そん時に顔見知りになったってわけ」
「カ オミ シリテイ ドデス キ トカイ ワ ナク ナ イ?」
しっかり聴こえていたのか。この子の聴覚は異常だ。
「え、えと、そんな重い意味じゃないって。8月の第三土曜にイベントあるからあんたとサダオでおいでって。なんもやましいことはないんだよ」
「ワタ シガコレ ナ クテ モシ イナ クン ハキテ ッテイッ テタ。 シ イ ナ クンモ ワカリマ シタカナ ラズウカガ イマスッ テイッ タ」
「そ、それはあくまで都合がつかなかった時の話でっ、やっぱイベントって人呼んでなんぼだしっっ」
「マスター、おかわりください」
「いやてめえが弁解しろよっっ! なんであたしがフォローしてんだよっっ‼」
知らんがな。
「シ イナク ン ウ ワ キ ?」
メンヘラは普段分かりにくいって聞いたけどほんとだな。全然気づかなかった。
「タビ デル ズット トワニ イッショニ ズット イッショニ」
「あわわわわわわわわわわっ、薫落ち着いてっっ」
「お待たせ、ブレンドね」
「ありがとうございます」
「どう椎名くん、今日のセッティング」
「感動です。まさか耳をすませばペダルの音まで聴こえるとは思いませんでした。今までの解釈が全部吹っ飛びます」
「最高の誉め言葉をありがとう。今お客さんいないし、リクエストがあるならかけてあげるよ」
「この音響で『狂気』が聴いてみたいです」
「尖ったチョイスだなぁ。若者はそうでなくちゃ。週末の夜は二階でシガーバーもやってるから、早く二十歳になって利用してくれたまえ。君に男のダンディズムというものを教えてあげたい」
「是非お願いします」
「て、め、え、え、え、え、え」
見たか月代、俺だってマスターとはこれくらいの関係性は築けているのだ。
「あ、薫ちゃん。今入ってくるおじさん出資者の一人だから、接客ついでに自己紹介して」
「ハ イ」
「あと正気も忘れずに持ってきてね」
狂気は去った。苦いのは珈琲だけでいい。
「ったく……でもまぁ、内緒にさせてるのはあたしだもんね。ごめん」
今のやり取りが証明するように、先日の一件は日向の耳に一切入れていない。
俺と月代はあの夜、いくつもの法を超えている。月代は心配をかけたくない、俺はリスクヘッジしたいという利害の一致から、隠し事を抱えることとした。
先日の件を話すことは日向にとってもリスクになる。誰も得しない馬鹿正直さなんてなんの意味もない。だから月代の謝罪はお門違いだ。
「俺は同意も納得もしてるから謝られても困る」
「ふん、じゃあもう言わない。なら薫の機嫌はあんたが治せし。まぁこじれて別れてくれれば御の字だけど」
「夜にメッセで奮闘してみる」
「メッセ? あんたその手のやつ使わないじゃん。ご丁寧にSMSすら未契約だし」
「日向との連絡用だったけど使ってはいる」
「へぇ……ん? なんで過去形?」
「これがそのメッセアプリ」
日向にも見せたQRコードを開示する。
「Steam Nettねぇ。どれどれ」
物は試しとばかりに月代は己のスマホにスチームネットをダウンロード、インストール、起動していく。
その間に俺はこのメッセアプリの仕様を月代に解説していく。
「はぁ? あんたが認めた奴同士でしか使えないしサービス提携も一切ない?」
「ちゃんとトークルームは作れる。個別のトークまで共有されるわけじゃないし、俺に筒抜けになるわけでもないからプライバシーは守られてる」
「それ以前にマジいらねー。アンスコどっからすんのコレ」
「EXITを二度押せば出てくる」
「てかこれって言わば薫との専用ツールじゃん。入れる前に止めろっての。女心がわかってな――」
「月代をスチームネットに加えたいというのは日向の意思だ。だからもともと今日、俺は月代を誘うつもりだった」
これでもかというぱちくり顔の月代。大きな黒縁メガネも手伝ってまるでアラレちゃんのほよよだ。
「余人を交えない、三人だけの特別なコミュニケーションメディアを作りたいんだそうだ」
「……それ先言えし」
月代はスチームネットを受け入れることにしたようだ。
「てか、あんたはいいわけ? あたし入って」
「ああ」
「あ、そ」
そこでつまらなそうな顔をする理由がわからない。
「……うん、機能は大体わかった。てかなんもねーし。じゃああたしそろそろ行くわ」
月代は件のイベントの打ち合わせに行くらしい。
「あ、由美もう行く?」
「うん、またね。あとスチームネット入ったよ」
「にしし♪ 今度からこっちでやりとりしようね」
「いいけどさ、あたし入っちゃってよかったん? それにスタンプもないとか不便じゃない?」
「確かに不便なんだけど、その分ひと文字ひと文字ていねいに打つようになるんだよ。相手のこと大事だなぁって改めて知ることができる。だから由美もっ」
「はいはいわかったよ」
「む~~」
月代は日向の鼻をつまんでほほ笑んでいる。
されるがままを愉しむ日向はとても、とても可愛い。
「あれ? でも由美の用事って17時半って言ってなかった? ここから近いの?」
「いや、隣町のファミレスだから電車で……って、え⁉ あと10分しかないじゃん! そんな時間経ってたん⁉」
どうやら月代のスマホには時刻を表示する機能がない、もしくは月代の脳に時間表示を解読する機能が備わっていないようだ。後者が濃厚だな。
「やっべどーしよっ! 先輩待たせちゃうっ! 怒られるっ!」
因果応報。自業自得。
「椎名くん&トラさん! 出撃準備!」
……いや、珈琲も残っているから丁重にお断りさせていただ――、
「由美送ってくれたら浮気の件チャラにしてイベントにも行ってあげる」
「マスターすいません、また戻ってくるんで勘定はまとめてその時に」
「構わないよ。くれぐれも安全運転でね」
「わたしのメット使っていいからね由美! 気をつけて!」
すぐ店を出てトラさんを駆り、店前へ。
備え付けておいた日向のメットを月代に渡し、ケツに乗せる。
「足はココに乗せて。あとこの辺は熱いから生足だと火傷する、気を付けて。キャップは俺の胴に回した手で持って落とさないように」
「う、うん。マスターすいませんっ。薫もごめ~んっ」
「いいよいいよ。いってらっしゃいませご主人様♡」
「またおいで由美ちゃん。あと薫ちゃん、店の外ではマジでやめて」
できた人たちの温情を受け取りつつ、月代を乗せた俺とトラさんは発進。
目指すは隣町のファミレス。すり抜けを駆使すれば10分かからないだろう。
「ごめんサダオ、遅刻とかに超怒る先輩いてさ」
「夜の面倒が軽くなるならお安い御用だ」
「あんたってどこまでも人間的に性格悪いよね」
「月代に言われたくない」
交差点を左折。あとは直進するのみ。
道行く車の間をすり抜けながらびゅうびゅうと鳴く風の音は、自然と月代の声量を上げさせた。
「イベントさぁ!」
月代は声を風に攫われないよう全身で俺の背にくっついて耳元で声を張り上げた。
どことは言わないが、日向の倍はあるのではないかという肉感が我が背を覆っている。どことは言わないが。
「ダンスとか生で観たことある!?」
「ない」
「あたしも踊るんだ!」
「そうか」
「……そんだけ!」
なんじゃそら。
◇
1728時/隣町ファミレス前
「う~わ、もう全員来てるし」
大急ぎで単車を滑り込ませ、エンジンを切ってシートから下りた俺は先に下りていた月代からメットを受け取り、トラさんに取り付ける作業を行なおうとした。すると――、
「っっとと」
ふらついた月代は己の靴紐を踏んで蹴躓いた。
「っっ、あ」
なんとかギリギリ月代の腰を抱き込むことで転倒を回避できた。
ナイス反射神経椎名くんの声(CV:日向薫)が脳内に響く。
「ご、ごめん、なんかふらついちゃって」
「バイクに乗り慣れてないから平衡感覚が狂ってるんだ、仕方ない。このまま支えとくから靴紐結んでくれ」
「うん。キャップ持ってて」
今更だが、俺に腰を抱かれたまま前屈してバッシュの靴紐を結ぶ月代の格好は端的に言ってエロい。
ショートパンツがTシャツに隠れているから下は何も履いてないように見える。このファッションを考えた奴はつくづくドスケベだと思う。
「よし、サンキュ、わ」
「アゲハさんによろしく」
体勢を整え終えた月代の頭にキャップを被せ、トラさんに跨る。
「あ、お茶代」
「後でいい。時間になるぞ」
「ほんとごめん。ありがとね。あたしも夜メッセする」
「ああ」
エンジンを始動し、手を振る月代に応え、公道に出てオーロラを目指す。
最後にサイドミラーで捉えた光景は……なぜかとある女性に胸倉を掴まれている半べその月代と、数人の女性と並ぶアゲハさんが微笑まし気にこちらへ投げキッスしているものだった。
間に合ったのか間に合わなかったのか解釈に困る光景だな。
とりあえずアゲハさん、ご無沙汰してます。カジュアルも美人ですね。
あと月代よ、ありがとうとごめんなさいを一切怠らなくなったのは偉いぞ。
ただおバカはほどほどに頼む。ほとんどのしわ寄せが俺に来ている。だからサゲマンと言われるんだ。
◇
1731時/隣町ファミレス前
「てめー先輩待たせて遅刻しといて男とイチャつきながらご登場とかナメてんの? もう二年彼氏いないウチに喧嘩売ってんの? 令和ってあんたが主人公なの? この世界ってあんた主演の月9なの? ウチら時給500円のエキストラなの?」
「いたたたたッ! 違いますって先輩! アレは友達の彼氏でここまで送ってくれただけでッッたいたいたいたいたいたいたいッ!」
「なに由美、あんた友達の彼氏とヤったん? まぁチョー燃えるけどね実際」
「あたしも彼氏の寝てる横でした時はヤバかったなぁ。てかあんた彼氏いらないのにセフレは欲しいんだ」
「棒にも足にもなるとか使い勝手よさそうじゃん。紹介してよ由美。年いくつ? エッチ上手い? イケメン? 金と車持ってる?」
「違いますぅぅぅぅぅぅぅっっ‼」
てかなんであたしの先輩ってみんな男や性にめっちゃルーズなん⁉
これが普通なの⁉ あたしがおかしいの⁉ 誰か教えてよぉぉっ‼
「ふふっ、よかったね由美。またね椎名くん♡」




