旅のとちゅうで
空の色が、北国らしい薄い青色に変わってきている。初夏とはいえ、北へと向かう小さな街道には、かすかに雪解け水の匂いがする涼しい風が吹いていた。
「今日は晴れるわね」
トヨは、ななめ後ろを歩く姉の方へ振り向いた。旅用の編笠をかぶった、大柄でそこそこ整った顔立ちの女が頷き、呟くように言った。
「でも、風が強くなると思う。・・このあたりの言い伝えでは、こういう日には悪魔が悪戯をするんだってさ」
「へぇ。宿のあんちゃんから聞いたの?あの人、姉さんのこと気に入ってたみたいね」
姉は照れたように微笑み、顔を上げた。
「あの山を越えたら、フィアオルかぁ」
トヨと姉は、ここよりずっと西の国で生まれ育った。しかし、そこでの決められた将来に耐えかね、二人は五年ほど前に故郷を飛び出して旅を始めたのだ。隣国のダイト王国、シヤト帝国、シァグム皇国、東の大国・シン......様々な国を旅し、今、北のフィアオル王国へ向かっている。 トヨたちの一族の特性で、すこし未来の天気がわかる、というのがあり、だから旅の道中で天気に関して困ることはほぼ無かった。
二人が異変を感じたのは、道が山へ差しかかった時だ。トヨはふいに、視界に霧がかかっていくのを感じた。きな臭いような、いやな臭いがする。視界と共に頭にも霧がかかっていくようで、ぼんやりとしか考えられず、世界がしぼんでしまうような頼りなさを感じた。なんとか自分を保って、トヨは姉の衣の裾をつかんだ。そこで、白い闇に包まれた・・・
目を覚ますと、ぽつぽつと小雨が降っていた。どのくらい気を失っていたのだろう。地面に倒れた体に、落ち葉がすこし積もっていた。だんだんと考えられるようになった頭で、トヨは大切な人の名を思い浮かべた。
「・・・姉さん」
がばっと跳ね起き、トヨは自分の手を見つめた。手には何もつかまれていない。
「姉さん、姉さん?!」
辺りを見渡しても、そこには生気に満ちた木々と、初夏でも雪を抱いた険しい山が見えるだけだ。トヨは声の限り叫んだ。
「姉さん!ヒミコ姉さーん......」
目を覚ますと、暖かい湿気が、むわっと体に押し寄せた。トヨの姉ヒミコは、ゆっくりと体を起こした。悪酔いした後のように、気分が悪い。ヒミコは周囲を見回し、目を見張った。見たことのない植物たちが風に揺れている。ミーンミーンと、聞きなれない虫か何かの声がした。風に乗ってかすかに火のにおいと怒声が聞こえてくる。ヒミコは、それが聞こえてくる方へ歩き出した。
ヒミコが見たのは、男の王のもとで争いを繰り返す、質素な服を着た平らな顔の人々だった・・
弥生時代の日本に、男の王が治めていたが争いが絶えず、ある女を女王とするとピタリと争いがやんだ大きなクニがあったという。「占い」によって未来を予測し、クニを治めたその女王の名は・・・・・




