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偽龍の寵姫  作者: 射剱
第一章 旅路
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宿舎

 「勝手なことをしてくれるな」とその日泊まった宿で彼は吐き捨てるようにそうもらした。はじめは何のことかわからずだまって米を口に運んでいたら、彼にむんずと箸を取り上げられた。


「あの娘のことだ。目立つことをするんじゃない。少しは自分がどういう立場なのか考えたらどうだ?」


腹が立った。久しぶりの小さないらだたしさは揲の心を針のようにつつく。


「人助けが悪いって言うわけ?」


「ああ」とこともあろうに彼はうなずいた。膳にならんだ汁をぶっかけてやろうかと思ったがやめた。そんなことをしたら彼に短気すぎると馬鹿にされるのが目に見えていた。


「あなただってあのの足を治してあげたくせに。あれは人助けじゃないの?」


「人助けは見返りをもとめない、俺とは違う」


なんなのこの人、と揲は心のうちで毒づいた。

 彼はそういった意味深な言葉をポツリとつぶやくことが多い。まるで彼自身のようにもやもやとして正体がつかめない。そう、例えるのなら雲のような。それも雷雨をもたらす灰色の雲。

 ふん、と揲は鼻をならした。その直後、子供っぽい仕草をしてしまったと急にはずかしくなって顔が赤くなる。それを誤魔化すように揲は下をむいた。


「あのは可愛かったからね、そういうことでしょ?」


口からするする言葉がでてくる。揲の悪い癖だ。すぐに人を攻撃するような発言をしてしまう。

 もういい、と男が呆れたように揲の箸を元に戻した。これでは本当にわがままなお姫様のようだ。しかし、そんなことを考えること自体幼いような気がして揲は黙って芋の煮物に箸をつきさした。

味付けが濃くて揲の好みではない。好みはもっと優しくて口触りの良いふるさとの味。

 そこであの乱暴な兵士たちを見かけた時と同じ、妙な気分になる。みなれているはずの森の木の種類が微妙に違っているようなそんな違和感。

いたって普通の芋だ、宿もこれと言って珍しいわけではない。強いて言うならこの中で最も異質なのはまぎれもなく目の前にいる鳥面男だ。顔は膳にむけたまま恐る恐る瞳だけを上に動かした。

 面に描かれた無機質な目は同じ大きさ、同じ線上で仲良くならんでいて兄弟のようだった。

 面の目と視線をあわせても彼の本当の瞳はまったく別のところをみているかもしれない、そう思うと気味が悪かったし悲しくもあった。

 揲はそっと彼の面から目をそらした。そこでふと男の右袖のほつれに気がつく。


「そこ、ほつれてる」


さきほどとは違う意味でするっと言葉がでた。うまく言えた、と安心している自分を少し意外に思った。こんなことを気にするなど今まではなかった。

男は揲の指さした右袖に目をやってほつれを確認した後、「またか」と苦笑して頭をかいた。

「よくあるんだよ、森で遊んだガキでもないのに」


「かして」


今度はいきなりすぎたかもしれない。それでも彼はいぶかしげな顔をしながらも烏のように黒い羽織をわたしてくれた。

 手触りは悪くない、けして良くもないが。町人の羽織といったところだろう。初めて会った時に感じた土と草の匂いも静かに鼻孔をくすぐった。

 ほつれというものは切ってもさほど意味がない。すぐにまたほどけてもとに戻ってしまうだけだ。そのためもう一度縫い直すことにした。

 針を懐からとりだし、特殊な縫い方でほつれを直す。


「驚いた、あんたがそんなものを持っているなんて」


「針はいつでも持ち歩いてる。熱すれば傷の菌も殺せるし、戦をしてれば怪我もするから」


「いいや、あんたのその技術だよ。ただの縫い方じゃないだろ」


「ああ、これ……」よみがえる幼き日の記憶。


「昔、母に教えてもらった。私が4つの頃に死んじゃってあんまり覚えてないけどこのことだけはしっかり思い出せる」


母のことを思い出すと暖かい気持ちになる。白くて長い指が頬を優しくなでてくれた感触も今でも大切に心の宝箱にしまっている。

「4つ……」彼がそう小さく呟いた。

 重い話をしてしまったと揲は慌てて笑顔をつくった。


「でも私はほとんど人質として稀珀きはくの屋敷にいたから御潴みづまの家にはめったに帰らなかったし寂しくなんて全然なかった」


「そうか……」


その呟きは安心しているように聞こえた。自分のことを案じてくれている、と揲はなんだか嬉しい気分になった。そんなこともあって揲は羽織におまけをつけることにした。羽の模様を背に小さく刺繍したのだ。


「できた」


揲は羽織を返しながら「これは人助けじゃないけど」と付け加えた。


「見返りでも求めているのか?」


面の下では笑みを浮かべているであろう彼の言葉に揲はうなずいた。


「人の食べてる姿をジロジロ見るのはやめて。出ていくか、一緒に食べてほしい」


そう言ってやると男は腹を抱えて笑い出した。


「面白いなあんた」


彼は羽織に腕を通してゆっくりと立ち上がった。寝坊するなよ、といつもの数倍柔らかい声を残して揲に背をむける。一緒に鍋でもつつきたかったがそう簡単にはいかないようだ。カラカラという障子の閉まる音が寂しく聞こえた。忘れ物でもしてればいいのに、とさっきまで彼が座っていた座布団を黙って見つめた。

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